猫のいる町
ソラノ ヒナ
俺がこの町にいる理由
誰だって、好きなものに囲まれて暮らしたいって気持ちはあるはずだ。
俺だってそうだ。
俺の場合は猫。猫が大好き。名字が
しかし、飼う勇気はない。仕事で留守の時間が多い。彼女とデートすれば、一日中いないことだってある。逆の立場で考えれば、出歩けもせず狭い部屋の中に閉じ込められるなんて、辛すぎる。
だから俺は、猫のいる町を選んだ。
***
世界中に、好きなものであふれる町が存在する。
猫であったり、犬であったり、もちろん、人であったり。中には機械だったり、食べ物だったりと、生き物以外も幅広く存在する。
申請、間に合うか?
運悪く残業する羽目になった俺は、猫を避けながら目的地を目指す。スーツ、走りにくすぎ。
明日からの連休は、彼女の家で過ごす。いや、彼女がいる『人が多く暮らす町』に泊まる。その場合、前日の23:59までに外泊申請書を提出し、カードタイプの証明書を発行してもらわなければならない。
あっぶね、間に合った。
役所の夜間窓口へ声をかけたのが、ギリギリ日付が変わる前。思わず安堵の息を吐く。
泊まれなくなったなんて言ったら、泣かれるもんな。
なかなか休みが合わない俺達の、急きょ決まった一緒の連休。しかも外泊。ただのデートなら申請はいらない。
ただし、その日のうちに自分の住む町へ戻らないといけない。
「楽しんでおいでよ」
「ありがとうございます」
人の良さそうな役所のおじさんに頭を下げ、俺は帰路につこうとした。
「あ。知ってると思うけど、これから猫達が活発に動き始める時間だから、気を付けてね。可愛くても追いかけられても、絶対に部屋の中には入れないように。自宅に着く前にはマタタビをしっかり撒いて、住んでいる場所がバレないようにするんだよ?」
おじさんの言う通り、どの町にも、住むための決まりがある。
生き物の場合、部屋に入れることは禁じられている。みんなが飼ってしまうと、外で触れ合える数が減るからだ。人の場合はない。そりゃそうだ。飼うわけじゃないもんな。
そしてもう1つ。町の外へは連れ出さないこと。どうも数が管理されているようで、決まりを破ると厳しい罰があるようだが、それが何かは破った奴にしかわからない。
人の場合は生まれてすぐにナノチップが埋め込まれているから、町の外へ出るのは問題ない。その後ちゃんと自分の町へ帰ればいいだけ。
これらは生後すぐに行われる幼児教育の視覚絵本から教わるものだ。教育機関にいる間はこの絵本の時間がある。
それ以外の奴は自分で読む。最低でも週に1度。文字に虹彩を読み取る機能が付いているから、サボるとバレる。ま、そんな奴いないだろうけど。あれを読まなきゃ1日が終わった気がしないからな。
だから、改めて気遣ってくれるおじさんの厚意に笑顔で応える。
「猫は好きですけど、飼う気はないんです。外にいる猫といつでも触れ合えるだけで充分ですから。だから俺はこの町を選びました。でも、気を付けておきますね」
「うんうん。猫はその人ならではの方法で愛でるのがいいよね。引き止めて悪かったね」
俺の言葉に頭をポリポリ掻いて、おじさんは見送ってくれた。
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