後悔の音色

完成された欠陥品

第1話

「暇だ。」

僕の口が言葉を紡いだ。特に意味のない言葉だ。

何かをしたいわけではない。しかし、何かをしなければならない気がする。

束の間、僕は思考を巡らせた。


「出かけよう。」

どこに?自分に問いかける。

どこかに。


僕は、とりあえず上着を羽織り、冬へと急降下している季節の中を歩き出した。肌寒い風が体に纏わりつき、家で得た温もりはもう既にない。

もう少し暖かい上着を着てくれば良かったとすぐに後悔したが、面倒くさいので家には帰らなかった。帰ってしまえば、もう一度出てくることはないと思ったからでもある。


「仕方がない。カイロでも買おう。」

少し前までは、僕はこんな風ではなかった。


半年前、彼女ができた。


半年前、幼馴染を泣かせた。


半年前、親友と喧嘩した。


半年前、母が死んだ。


半年前、母の後を父が追いかけた。


半年前、妹が自殺をはかった。


半年前、半年前、半年前...。

半年前に全てが変わった。

親友は他者という漢字に変わり果てたし。幼馴染とは会話すらしなくなった。妹はもう家にはおらず、病院で厄介になっていた。


彼女とはその後に、すぐに別れた。

俺が離れざる負えなくなってしまった。


ふと、公園に足を止めた。懐かしい景色に目を細める。


どれほどそうしていたのか、自分にとっては一瞬の出来事だった。

ふと、足下でミィーミィーと鳴いている子猫が視界に入る。

一人ぼっちで寂しそうに鳴く姿が、自分と重なった。


「お前も、一人なのか?

少し待ってろ。今、餌を買って来てやるから。」


猫にそれだけを告げ、すぐ近くのコンビニへと足を向けた。

コンビニの中は、少しばかり混んでいた。


猫のごはんとカイロ、ホットコーヒーを持って僕はレジに並んだ。

前に並んでいたのは、幼馴染の少女だった。


だが、僕から話しかけることはない。

話しかける理由も無ければ、話しかけたところで話が弾む筈がないのだ。

しかし、幼馴染がふと振り返り、彼女と目が合った。


「カイロと飲み物と猫の餌?猫飼い始めたの?」


なんでもないように、僕の葛藤など知らぬように、幼馴染は話しかけてきた。

幼馴染は心底疑問そうだった。


「お前は、餌を買ったとしたら何に使うんだ?自分で食べるのか?」


自分でも、嫌な奴だなと思った。

昔はこんな風に幼馴染を貶したりはしなかった。

でも、あの日から俺は変わり、幼馴染はこんな俺を受け容れなかった。


「そうだよね...。

猫、飼い始めたの?見てみたいなぁー。」


幼馴染に「あの時の事を後悔しているか?」と聞けば、「後悔している」と答えるだろう。


「猫が見たいなら、ペットショップにでも行け。

そこなら、お前の大好きな猫がわんさかいるぞ。」


幼馴染も、僕を受け容れようとしてくれている。

そう感じていた。


しかし、僕は頑なに拒否をしていた。


「ごめん、あの日の事怒ってる?」


あの日の出来事、それが僕の人生を変えた一端であると、僕も幼馴染も思っていた。

だからどうだというわけでもないし、幼馴染に何の責任もないことは自分自身わかっていた。


「怒ってるのかもしれないし、怒っていないのかもしれない。

僕にはわからないんだ。僕自身がどう思っているのかを。」


僕の初恋は幼馴染で、幼馴染の初恋は僕であった。これは、幼馴染から聞いたので間違いないだろう。

話しているうちに、僕も幼馴染もレジを済ませていた。


「…猫、見たいならついて来い。

公園で捨てられてたから、拾おうかと思ってたんだ。」


僕の口から出た言葉は、思いのほか優しかった。

怒っていると言われたからではない。

多分、自分もまた、一歩踏み出したかったのだ。


気付けば雪が降っていた。

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