第4話 AEDどうすんだ?
なんか少し前のニュースだったと思うんだけど、男性が駅で体調不良の女性がおりAEDを取りに行っている間に調子が良くなったそうだ。ああ、大事にならなくて良かったねで終わりそうなのだが、その後男性は何を思ったのかAEDをTwitterで検索したときにその女性と思われる呟きで「さっきAEDされそうになった。キモい」的なことを呟かれていてもう俺はAEDなんて、人助けなんてしないとなったらしい。
また、ある会社ではAEDを男性にされたいかどうかを聞いたときに8割がされたくないとなったらしく、男性側は自分達からAEDはしませんという著名をしたらしい。どうしても男性がしなければいけない時は、まず女性を呼んでから行う形にしますとなり、女性側は、えー責任重大じゃんとかもやもやな話があったそうだ。
とある県では人助けの為とはいえ、訴訟される場合があるのでその時のお金を無利子で出すので、男性にも安心して使って欲しいと訴えていたそうだ。
私がまず率直に思ったことは「もうこの女性達は死んでも良いんじゃないか?」である。次に、あんたAEDでも装着して生活したら?ですね。私が思うに人助けをしている状態でスケベをしようなんて発想にならないです。なれないです。状況的にあなたと意識のない私だけってのはレアだと思うんです。大体は誰かがいます。そして人助け、意識のない人のお世話、助けれなければいけない状況で緊張はするけど性的な興奮をするのはかなりのレアな性癖だと思う。そして別に意識を失っているのだから大勢の前で裸を見られていても関係ないのではないではないか。裸を見られた、触られた、最悪だとどうして思えるのだろう。死んだ方がマシなのか?だったらもう死んだ方が良いと思う。バッグに赤ちゃんがいます、私は妊婦ですと意思表示が出来るように、私はAEDが不要ですとやったらいい。命が大事でないのなら、それに使われる多くの人の労力が無駄なのでそうすればいい。
痴漢、セクハラという概念は男性が作ってしまった文化なのかもしれない。実際に嫌な思いをしたことある人もいるかも知れない。でも多くの男性がそうではないとおもうよ?自分を助けてくれる人を自ら断ち切っているのはどうなんだろうと思う。仮にセクハラで訴えられても県はお金出しますとは言うけど、そのお金は返さないといけないし、勝訴してもセクハラって言葉だけ歩いて社会的にはその男性は死んでしまう、敗訴なんてしたら社会的死ぬし、お金は返さないといけないで男性は不利すぎるよね。まだ裁判でどうだって話は出ていないからだけど、これ敗訴したなんてなったらもう男性はやらないと思う。痴漢を疑われたとき以上に全力でその場から逃げるんじゃないか?訴えられるかも知れないのに助けたい人なんていないもん。痴漢、セクハラという概念は男性が作ったかも知れないけど、発展させてるのは女性側にあるなと私は思った。
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