第48話 大樹霊ゲゲリ
〈なぁお前?あたしゃ聞きたいのさ。魔女のお前が、なぜ人間に味方するんだい?聞いたよ、お前だって人間が、人間の教会が憎いんじゃないのかい?家族の仇じゃないのかい?〉
魔女の顔色がサッと青くなる。驚きか、それとも怒りか。
「……聞いた?誰に?」
〈もちろんグロクスにさ。今さっき聞いた……なぁに、あたしやグロクス程の神になりゃぁ、自分が今どこにいるとかいつだとか、そんなことにゃ大した意味がないからね。あたしにとっちゃ今だって、あいつの鼻先にいるのと変わらないよ〉
神々、すなわち時空の超越者。魔城に入る直前に、ケイミーを攫いに現れたシモーヌも言っていた、彼らは「『ここにいる、そこにはいない』などという存在では無い」のだ。ただそれは、かつてグロクスの地底宮に招かれ魔女となったオーリィにはそれほど飲み込めない話でもない。
ただし。グロクスがゲゲリの問いに応じてオーリィの秘密を明かしたということはこの際看過できない。
「グロクスが喋ったの?お前に?わたしのことを?」
〈大分喋るのに渋ってたがね。ま、そこは許しておやり。あたしにゃあいつもそう嫌とは言えないんだ、昔からの恩だの義理だの付き合いだのが色々あるんでね〉
ほんの世間話のようなその口調が、かえって醸し出す威圧。やはり、とオーリィは生唾を一つ飲み込む。ゲゲリはあのグロクスよりさらに格上の神なのだ。怖れの気持ちが胸に入り込むのを妨げるように、オーリィは立て続けに問いを投げる。
「なんのつもり?何が言いたいの、いいえ!お前はシモーヌを使って何がしたいの?答えなさい!!」
〈やれやれ!質問に質問で返すんじゃないよ。元は貴族の娘だったそうだが、とんだジャジャ馬だね、お前。
ま、教えてやろうか。簡単だよ、シモーヌは教会を憎んでる、憎んで憎んで……だから人間ごと全部滅ぼしたいのさ。あたしはそれに手を貸してるってわけ〉
「人間ごと全部?まさか……人間を全て滅ぼしたいと言うの?それはシモーヌが?それとも神のお前がそう企んでるのではないの?!」
〈ふん?そう思ってもらっても構わないよ。シモーヌとあたしはもうグルだ、どっちでも同じことさ。
人間?人間ね……あたしにとっちゃどうでもいい、あんな五月蝿いだけの出来損ないども!いいや、ここらで見切りをつけて綺麗さっぱり片付けるのも悪くない、大分前からそんな風に考えてたんだ。
で、そこにシモーヌが現れた。人間を滅ぼしたくて滅ぼしたくてたまらないあいつがさ。あたしはね、ほだされたんだよ、あいつのその執念に。だからこの際と思って手を貸したってわけ。
ま、やっぱりあたしが事の黒幕ってことかね!シモーヌがいなくたって、この掃除はいずれあたし一人で始めてた。思い切るのが百年かそこら遅れただけだろうさ。あいつはあたしにとっちゃ、ただのきっかけ。
……で?今度はあたしが聞く番だよ?お前はどうだい?いっそあたしたちに手を貸すつもりはないかい?〉
何を、と。唖然としたオーリィに、古い神は。
〈お前はさ、シモーヌ同様!教会にでかい恨みがあるはずだ。今は行きがかりであいつと角突き合ってるが、腹を割って話せば案外気が合うかも知れないじゃないか?シモーヌのやつだってさ、本当はお前のことが気に入ってるみたいだよ?もしお前があたしとシモーヌの人間掃除に本気で力を貸すと言ったなら、掌返しで歓迎するんじゃないかねぇ……
その気があるならあたしが中に入ってお前たちを手打ちさせてやる。どうだい?〉
「……とぼけたことを言ってるのは、どっちかしら?笑わせないで!」
きっぱりと言い返したはずのオーリィ、だがその声は震えていた。古き強大な神・大樹霊ゲゲリ。その目指すところは人間全てをこの世から駆除すること、あのシモーヌでさえ、どうやらそのチェスの駒に過ぎないらしい。果たして自分に抗う事など出来るのだろうか?
その思いを見透かすように、古い神はさらに。
〈強情だね。ま、だからこそ誘う甲斐もあるってもんさ。骨のあるやつじゃなきゃ、あたしたちと一緒にこの仕事は務まらない……ふん、だったら。
……お前、これを見ても、まだ考えを変えないかい?〉
オーリィの眼前の空間が見る間に歪む、その先に。
「……ケイミーさん!!」
現れたのはケイミーの姿。たちまち向こうもこちらに気づき、何やら鳴いているようだが、その声は聞こえない。
〈話は出来ないよ。その鳥は今、シモーヌの部屋にいるから。あたしは姿を映してやってるだけさ。いやまぁ、もちろん声を届けてやることも出来るがね……あの鳥はどうも、ギャァギャァうるさくて!お前とあたしとの話が進まないと困る、ここは黙っててもらおうじゃないか。
なぁオーリィ?お前、勘違いしてるかもしれないから念を押しとくけど。
あたしが滅ぼしたいのは、人間だけ。その鳥みたいなハルピュイアだの、ノームだのドワーフだの、そういう人間以外の連中には、あたしゃ別にどうこうするつもりはないんだよ。
そうさ、もちろん!お前の連れてるあのデカブツもだ。ありゃあ今時値打ちものだからねぇ。岩山の神ボホンゴのやつめ、せっかくあいつが産んだ石巨人がみんな滅んじまったと知ってから、めっきり塞ぎ込んで神付き合いも悪くなっちまったけど。
でも一人生き返ってくれた、これでようやくあたしもやつの機嫌が取れる……オーリィ、だからね?あたしゃお前にゃ一つ感謝もしてるのさ。
……ま、それはそれ。話を戻そうか。
でな、魔女もさ?元は人間だが、人間を捨てて他の神の眷属になったわけだから。あたしゃ滅ぼすつもりはない……わかるかい?あたしは魔女になったやつは見逃してやると言ってんだ!だから!
オーリィ、お前の気に入った人間がもしいたら。それこそグロクスでも誰でも構わない、神のところに誘って魔女にしてやんな!そうすりゃそいつらだけは助かる。
なぁオーリィ、あたしゃお前にね?そこを手伝えと言ってるんだよ。掃除はシモーヌにやらせればいい、あいつだけで十分!
……シモーヌはさ、嫌な顔をするだろね。あいつは頑固だ、助かる人間が出来るのは気にいらないだろうが……そこはあたしが言い聞かせるよ。あたしはね、ベネトリテの機嫌も取らなきゃならないから〉
ベネトリテ?知らない名だ。
「……誰?」
ゲゲリが不意に口にしたその名前に、ポカンとするオーリィ。いや我ながらおかしい!次の瞬間、魔女は薄く口を開いて呑気に呆けてしまった自分自身を訝しむ。恐るべき神を間近にしながら、一瞬たりともその油断はあり得ない。まるでその名を聞いた瞬間、意識の一部をそぎ取られたかのような……?
すると、魔女のその困惑を見てとったのか。
〈やれやれ、きれいさっぱり忘れてるもんだね!いや忘れてるのはいいが、その上重ねて忘却の呪いとは……何をとち狂ってあいつ、こんなことまでねぇ。
……コナマから聞いただろう?ベ・ネ・ト・リ・テ、それが人間を作った女神の名前だよ。そしてそりゃ、あたしの末の娘なんだ〉
オーリィの脳裏に、錐でもみ込むようにその名を刻み込むゲゲリ。
「あいつの妙な思い付きとわがままのおかげで、人間どもめ無暗にのさばってさ、そうさそのおかげで!その人間どもよりよっぽど可愛げがあって出来も良かった生き物連中が、どっさりいなくなった。もう捨てちゃおけない、お灸を据えてやる時が来たんだよ。人間どもにも、ベネトリテにも。
ただまぁそこはね、あたしにだって実の娘に情けはあるよ。おもちゃを全部とりあげはしない、今後の思い出のタネに、ほんのちょっとだけ残してやるのさ。
……お前の選んだ、お前のお気に入りのやつらをね。どうだいオーリィ?お前にとっては悪い話じゃないって、わかったろう?」
再び生唾を呑む魔女。目の前には、何かを訴えながら羽ばたき跳ねるケイミーの姿。その胸に何を思うのか?オーリィは瞑目しながら、姿なき神に呼びかけた。
「ゲゲリ。あなたの言いたいことはわかったわ。でもシモーヌに合わせて頂戴。返事はそれからよ」
(続)
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