第47話 凶馬討伐(その2)
(あいつら……)
メネフの険しく強張った顔。彼が見つめるのは、騎士団の悪霊が乗り移った五体の不死怪物たち、その構え、目配り、足運び。
(やっぱりただの雑魚怪物どもとはわけが違う。使える……いやかなりやる!)
低級の不死怪物は知能がない、たとえ武器を持っていてもそれを使いこなす技を失っている。だが今アグネスを取り囲む敵は、生者と同等の武術を用いることが出来るようだ。
やはり助太刀すべきか?メネフは迷いながら、自らの剣の柄に手をかけ握りしめる。左右を見れば、テツジもベンも当然のように臨戦態勢。むしろ今、二人を止めているのは自分なのだと気づく。コナマも流石に今はただ放っておけという顔ではない。アグネスの聖職者としての力量を計ることは出来ても、彼女には武術での勝負はまるで読めないだろう。不安を押し殺しているのがメネフにはよくわかる。
そしてアグネスを囲む敵は、ジリジリと間合いを詰めて、ついに。
「オオォ!」
一人目の敵が動いた。得物はアグネスと同じ槍。アグネスはその敵の突きを槍で受け、巻いて払う。まずは危なげのないかわし、だがその隙をつくように背後から、今度は剣で斬りかかる別の敵。振り返ることなく石突で押し返すアグネス。これは少し際どい。そしてさらに左右から同時に斬りかかられるも、先の後ろ突きの反動を使って前方に飛んで逃げ、束の間囲みを脱した形。
「よし今だ、逃げて引き離せ!」
メネフの喉からほとばしる叫び。
確かに一人一人で比べれば、どの敵よりもアグネスの方が実力は一段上。メネフはそう見ていた。だが敵もなかなかの手だれ、そして多勢に無勢。もし自分が彼らと一人で戦うなら。
「槍の長さを生かせ!近間でまともにやり合うな、もっと離れろ、引き離して一人づつ潰せ!」
いやそんなことは、アグネス程の槍使いがわかっていないはずがない。ところが。
「待て、何でだアグネス!!」
なぜか彼女はその場にグイと足を踏み止め、自ら再び、敵の包囲の中に飛び込んでいく!
「よせ!いくら何でもムリだ!!」
「ふふ……うふふふ……」
自ら起こした紅蓮の業火と爆風、その中で歌い奏で舞い踊っていたオーリィは、ようやく一息ついていた。
「こんな時なのに……楽しかったわね……みんな聞いてくれたかしら……」
もちろん皆に届いたという確信を得るまでは、このショウを止めるつもりはない。そして彼女は疲労したわけでもない。
「でもちょっと夢中になり過ぎたわ。少しほてりを冷まさないと……」
昂り過ぎた己の心を一旦鎮めたい、これはそのための小休止。だが。
〈やれやれ、やっとお終いかい?〉
「……誰!!」
心地よい興奮の余韻に陶然としていた魔女は、突然聞こえて来たその声に冷や水を浴びせられたかのよう。
〈まぁあたしゃ、お前にあの程度暴れられても屁でもないが、ただこそばゆいことは確かでね。もう少し続くようならやめさせようと思ってたのさ〉
「どこ?」
オーリィはぐるぐると周囲を見回す。奇妙だ、その声は聞こえてくる方向というものがない。声そのものに包まれているかのようなのだ。そして声は答えない。魔女は別の問いを投げる。
「お前は誰?!」
〈とぼけたことをお聞きでないよ。この城に、シモーヌの他にあと誰がいるって?コナマから聞いただろう?〉
「……まさか?お前があの……」
〈そのゲゲリさ〉
どうやら今は、ケイミーがあの部屋からいくら呼んでもこの古い神からの返事は無さそうだ。
取り囲まれたまま、アグネスは敵の波状攻撃を避け、かわし、しのぎ続ける。そしてどうやらそれで精一杯。このままでは、反撃などとてもままならないだろう。そしていつかは……いや、ついに!敵の刃がアグネスを捉えた。あの槍使いの突きが彼女の頬をかすめたのだ。サッと迸り、細い顎に向かって滴り落ちる鮮血。
「アグネス!!」
もう限界だ、見てはいられない。たまらず敵の輪に駆け込んだメネフだったが。
「侯子、下がれ!手出しするなら貴方でも容赦せぬ!」
アグネスの槍に追われたのは、敵にあらず、メネフの方だ。彼も流石に鼻白らむ。
「このバカヤロウ!もう意地張ンな!助太刀させろ!!」
「違う、ここからだ!侯子殿、全てわかった、見切ったのだ!頼む!!」
「何?」
無論、敵は彼らの問答を黙って見ていない、たちまち襲いかかった一人の敵。アグネスはメネフをサッと突き飛ばし、自分もヒラリとかわして、すかさず。
「ブランウェル!お前はいつも大振りが過ぎる!」
アグネスの突きは短くそして飛燕の速さ。その一人目の額を貫いて、閃くのはあの黄金色の輝き!
「言ったはず、剣であっても!その間合いはまず突きでかかれ!……サーウッド!」
死骸に戻った一人目の向こうからもう一人。
「踏み込みが甘い、お前はまた足がお留守だ!」
その甘い踏み込みを横にかわしてすかさず足払い、そして倒れた敵の後頭部に止めの一刺し。
圧倒的不利と見えたそこから、たちどころに二体を撃破。残る敵もその急変に一度退き、どうやら構えを改める様。
「見切った?……まさかアグネス、お前!」
「さぁ次は誰か?ログウォルか?メラニスか?それともダンダレル卿、貴方か?!」
「どの怪物が誰だか、見分けてたってのか?!」
アグネスは敵を睨んだまま、メネフの問いに顎だけで頷く。
アグネスの率いていたかつての聖騎士団、彼らの本来の肉体はあの凶馬の部品として一つに練り固められてしまった。今アグネスと戦っている怪物たち、その体は元より全くの別人達のもの。だがそこには凶馬から離れて乗り移った魂魄が一人分づつ宿っている。
そう、それらはアグネスのかつての配下、部下、仲間たち、その再現。
「お前たちの技量、私は全て知っている。癖も、弱みも!どの体に誰が入っているのか、見分けることさえ出来れば……制するに容易い!!」
そのために、アグネスは相手の包囲陣に一見無謀に飛び込み、多くの攻撃を自分から受け、かわし続けていたのだ。怪物それぞれの動きや太刀筋を観察し頭に入れながら!メネフは背筋に戦慄を覚える。
(アグネスお前、なんてヤツだ……いいや、腕より!)
驚くべきはその精神。このうら若き少女がどこでこんな胆力を身につけたのか。
(思ってたのより断然上だ、スゲェぞ……『雌獅子』ってのはこういうことか!)
しばし対峙する敵味方。だがどうだろう、やがてアグネスと三体の敵の間に漂うのは、先と打って変わった奇妙な穏やかさ。
「アグネス様、お見事です」
敵の槍使いが語りかけてくる。
「この上は、残りの我らの全霊をもって。此度こそ貴女から一本取らせていただきましょう」
「ダンダレル……そう、その意気だ……さあいつも通り参れ!!」
アグネスのその胸の詰まったような声に、メネフはふと何かを察した。そして今はアグネスに全てを任せて、さらに後方で固唾を呑んでいた仲間たちの元に退く。
その場の雰囲気の変化、テツジも気付いて。
「……殿下?何が起こっているのだ?何が始まる?」
「ああ、あれか?多分あれはな……」
巨人の問いに、メネフの声は物悲しい。
「テツ、あれは稽古だ。あいつらがやってた、いつものな。
…… 奴らの中にはまだ残ってンだ、武術の技と一緒に、みんなで鍛えあった稽古の記憶が……」
かの日々においても、アグネスの号令でその稽古は始まったのだろう。だから彼らは最初、メネフに運ばれて来たアグネスがかかって来いと言った時、逃げずに戦い始めたのだろう。
「アグネスは信じていたのね、昔の仲間を。きっとこのことだけは聞いてくれるって。そして彼らは応えたんだわ……!」
「む……」
巨人は二人に返す言葉を失った。彼もまた、大きな胸を悲しみに潰される思いで。
「……おやおや?
にわかにその場に立ち昇った陽炎、その中から現れたシモーヌに、ゾルグはおどけた声をかける。だがもちろん、彼の目は少しも笑っていないのが、妖魔にはわかる。
(狡賢い……)
ゾルグにかけた魅了の魔術は、ごく軽い。自分に逆らうことはないが、彼の行動や考えを制限はしない。
(この男は今でも、この私の腹の中を読んでいる。私に従いながら、しかし私の意をどれだけ踏み越えてもいいのか量っているのだ)
おそらく。この男はこれまで、誰のことも心の底から信じたことは無いのだろう。
(負けてはならぬ)シモーヌは背筋を正して。
「【穴の主】をお前が使いたいと言ったからな。ならばここはいずれ台無しになる。その前に、鳥に与える食物を調達しに来たのだ」
「おおっと、これまたおやおやだ……女主人はまったく、ケイミーのやつにご執心でゲすな。
……ようがす、確かにそいつは今のうちでさ。どうぞ女主人!わっしが捕まえやすよ、好きなのをお選び下せぇ」
魔城はどこの階層も中央を吹き抜けに貫かれたドーナツ型の床のはず、だが今のこの場は巨大な大広間。中心の吹き抜けの穴が無い。最初に挑戦者たちがこの城に乗り込んだ一階以外に、こんなフロアがあるとすればそれは?
そしてゾルグの指指す先に、それ自体が一部屋に相当するほどの巨大な籠がいくつも並んでいる。誰がこんなものを、と考えるのは愚かだろう。もちろんそれはあの謎の神の仕業に違いあるまいが……しかし見よ!その中で無数に蠢く小動物。
それは鼠の大群であった。
「ネズ公なら、そっちの生け簀にドデカく太った、活きのいいヤツがいくらでも。
……まぁだ今はねぇ、ヒヒヒヒ!」
(なんと容赦の無い男……この私とて、まさか【穴の主】を戦いに用いようなどとは思いもよらぬ……)
ヒクヒクと喉の奥で笑うゾルグに、最強の不死怪物となったはずのシモーヌが怖気を振う。
「これしきのことで手など借りぬ、自分で獲る!」
「ログウォル、メラニス。見事であった……お前たちの連携はいつも鋭い。だが私を相手にするにはまだあと一歩及ばぬか……」
まず、槍使いを除く死霊の騎士たち二人に攻められたアグネスであったが、言葉通り際どく制した。今は穢れなき屍に還り地に倒れた彼らに、アグネスは一瞥を残して。
「残るはダンダレル卿、いえ……先生。貴方だけとなりました。弟子として師を超える姿を見せることこそ真の御恩返し……いざ尋常に!」
(……あいつが?!)
聖騎士ダンダレル、彼がアグネスの槍術の師。
教会聖騎士団の序列が如何なる基準によって決まるものかは、メネフにはわからない。だがアグネスには教皇の義理の娘という地位と、コナマも認める聖職者としての卓越した能力がある。闘志に度胸、精神面も見上げたものだ。ならば一団の中で武芸においては必ずしも一番の腕でなくても、長を任されることはあるかも知れない。
そう、であるならば。
(あいつの方がアグネスよりも槍の腕は上ってこともあり得る……!)
アグネスの頬の傷を見つめ、メネフは固唾を呑んで右拳を握りしめた。
(続)
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