No.2 アイスフェスタ(2)

 アイスフェスタ前日、東原ひがしはらスケートセンターでは大勢の人で貸切練習を行っていた。


 もともとこの日は衣装を着ての通し練習というものが行われていて、新しいプログラムで着ることになる衣装の最終確認をしていたんだ。


 今回披露するのはショートプログラムの『月の光』。


 衣装はクリーム色でゆったりとしたデザインで、スカートは膝が少し見える感じの長めの丈にしているのがこだわりだ。

 胸元にはレースが使われて、袖は透けたシフォン素材でボリュームのある袖が手首のあたりで絞られているのが印象的だ。


 鏡で見たときはとてもネグリジェのような感じでとても世界観に合っているかもしれない。


 髪型は前髪を編み込んで、後ろはポニーテールにして白いリボンで結われている。それからメイクも休日で使うメイクよりは少し濃いめにして、氷上の上でも顔がわかる程度にしている。


友香ゆかちゃん、大丈夫かな」

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 わたしはリンクサイドに入ると、すぐにリンクで演技の確認をしていくみたいだ。


 いまは市ノ瀬いちのせ栞奈かんなちゃんが『情熱大陸』に乗せて滑っているのが見えた。オレンジと赤の配色がきれいな衣装は曲に合っているような気がしている。


「次、清華せいかちゃんは……ショートプログラムね~。みんなフリーは結城ゆうきひまわりでお披露目が多いね」

「はい。お願いします」


 ピアノのメロディーが流れてくると気持ちがスッと落ち着いてきて、新しい気持ちで滑っていくことができる。


 右のアウトエッジからインエッジに変えてから、最初のジャンプであるトリプルアクセルへの軌道に入ってすぐに跳ぶとあっという間に氷の上に戻る。


 衣装を着て練習するのは初めてだけど、風の抵抗があるかもしれないと思っていた。スカートの丈も少し長くしてもらったことでクラシカルなイメージが出ているはずだ。


 三回スリーターンをしてからトリプルルッツ、そこから繋ぎのステップからフライングキャメルスピン、ステップシークエンス、足換えのコンビネーションスピンを確認していく。


 湖畔にある家に暮らす少女が夢のなかで湖の上で踊るみたいな感じがして、その表現をしていきたい。柔らかい音の響きで流れてくるメロディーにオーケストラの楽器が加わってくるときにスピンを終えていくんだ。


 指先まで意識して滑ってから、すぐにトリプルフリップ+トリプルループが一番大きな得点源になるコンビネーション。ループジャンプの成功率は百パーセント跳べるようになっている。


「すごい! きれいだね」


 最後まで気を抜けないところがある。スパイラルからウィンドミルからのレイバックスピンを始めていく。

 軸足じゃない方の靴のブレードをつかんで、徐々にビールマンポジションへと回転数を数えながら練習をする。


 小学生のときからこだわっていたスピンで、フィギュアスケートをしているなって実感できるから好きなんだ。


 最後まで雰囲気を壊さないように柔らかい振付で、片膝をついてすぐに手を差し伸べるようにポーズした。わたしは拍手のなかで立ち上がってお辞儀をして、リンクを後にする。


「すごいな~。清華ちゃん、完璧だったよ」

陽太ようたくん」

「本当にきれいに滑るなって思ったんだ」

「そんなことはないです」


 わたしの後に滑っていくのは佑李ゆうりくんで、披露するのはショートなんだけど衣装は普通に王道的な貴族の服みたいな感じ。何となく喪服に近いかもしれない。


 佑李くんは髪の毛を戻して前髪を上げているけど、何となく表情が別人のようにも見えた。


「すごかったね……」

「うん。あれは佑李くんじゃないよね……憑依してた」


 悲しみのなかに思い出を見つけて、懐かしむような感じを表現していた気がする。



「それでは明日、盛り上げていきましょう」

「はい! お疲れさまでした」

「それじゃあ、気をつけて帰ってね」

「は~い」


 解散になってから佑李くんと彩羽ちゃんと同じマンションの方向へ行く。彩羽いろはちゃんの家族が引っ越したのはわたしの隣の部屋で、佑李くんは引っ越して同じ棟に暮らしているおじいちゃんとおばあちゃんと暮らしているみたいだ。


「そういえば。引っ越し先、おじいちゃんとおばあちゃんの家なんだ」

「母方のね。もともとその話になってた矢先に離婚したから」

「へえ」

「彩羽ちゃん、ごめんね……佑李くんとって緊張するよね」

「ううん。佑李くんって意外と優しいんだなって。あの」

「そうだよな……去年の『サムソンとデリラ』で結構、ジュニアの子に怖がられてるんだよなぁ、マジで」

「そりゃそうだよ。あのプログラム、怖いもん。ノービスより小さな子に泣かれるよ?」


 佑李くんが継続して使っている『サムソンとデリラ』が本当に演技に入りすぎて、ときどき怖がられているかもしれないと本人は話している。でも、普段の姿はとても優しいので大丈夫だと思っているんだ。


「でも、佑李くんが元気になっていて良かった。そうなんだ」


 アイスフェスタは子どもの頃から楽しくなる時間だ。なかなかジャンプが跳べなかったり、成長痛がひどかったとき、成績が上手く出ないときでもアイスフェスタだけは好きだった。それは不思議な魔法でみんなが不調な時でも笑顔で滑っていることが多い。


「それじゃあ、お疲れ。明日は午前九時には集合だからね」

「うん。バイバイ」


 すぐにみんなそれぞれの階に入って、エレベーターで別れてすぐに家に帰った。





 アイスフェスタの当日になって、更衣室は大混雑していて三階のミーティングルームや四階にあるダンススタジオが男女の更衣室と控室になったりしているんだ。


 わたしは家が近いので先にヘアメイクを済ませて、四階のダンススタジオへと行くことにしたんだ。


「あ、清華ちゃん。おはよう」

「おはよう。伶菜ちゃんと彩羽ちゃん……あれ。友香ちゃんは?」

「後から来るって」


 ヨガマットを敷いてそのうえで柔軟体操を始めて、彩羽ちゃんが音楽を聞きながらイメトレしているみたいだった。伶菜れいなちゃんは普通に何かをスマホで調べているみたいだ。


「そういえば。千裕ちひろくんは?」

「寝坊だね。時々あるのよ」

「うん……この前は一時間弱の遅刻だったもんね」

 千裕くんはショートスリーパーらしく、たまに寝坊することがあるんだよね。試合前とかはそんなことはないんだけどね。

「あ、来た」

「おはよう。みんな……伶菜と彩羽ちゃん、清華ちゃんも」

「千裕、今度のゲームやろう」

「良いよ」


 そんな男子トークに首を突っ込むことはしないから、イヤホンをつけようとしたら栞奈ちゃんと鈴木すずき紗耶香さやかちゃんがやって来た。


「あ、清華ちゃん。おはよう」

「彩羽~!」

「さやちゃん‼ おはよう」


 ジュニアの紗耶香ちゃんと彩羽ちゃんはとても仲が良くて、和気あいあいと準備を進めていく。みんなが衣装を着てキラキラと光っているような気がしているんだよね。


「そういえば……さゆり先生と大西おおにし先生、りゅう先生と陽太くん……来ないね」

「あと陽太くんとうた先生もね。マジでどこにいるんだろうね」


 そのときにダンススタジオへやって来たのは東原ひがしはらFSCフィギュアスケートクラブ陣内じんのうちFSC、クローバー小平こだいらFSCのコーチ陣がこっちに来たとき、みんながびっくりしているのは無理もないんだよね。


「ええ、マジで? うそでしょ」


 そこにいたのは先生たちだけど、いつもと少し違うのは服装と髪型だった。


 陽太くんと本田ほんだ先生、龍先生は現役時代を彷彿とさせるような衣装を着ている。それがとてもかっこよくてみんなも歓声を上げているんだ。


 一番驚いたのは東原FSCのヘッドコーチである大西先生と陣内FSCのヘッドコーチをしているさゆり先生だったんだ。元アイスダンスのカップルだった二人は現役時代の衣装を着ていたのがびっくりしたんだよね。


「すごいね……あの二人の雰囲気」

「うん」


 さゆり先生は暗い青のドレス、大西先生は同じ色のシャツに黒のズボンとジャケットを羽織っているのが見えたんだよね。


 東原アイスフェスタは引退しているコーチたちが現役時代のプログラムを披露してくれることもあって、ファンのお客さんも来てくれることも少なくはないんだよね。


「それじゃあ、みんな。今日はアイスフェスタを成功させましょう!」

「お~!」


 東原ナイトジャーのエキシビションマッチが終わってから、幼児コースのみんなが滑り終えてからすぐに選手コースのメンバーでの群舞が始まったんだ。小学生、中学生、高校生と大学生と先生のチームがそれぞれ滑っていくんだ。


 わたしはすぐに滑っていくと自己紹介代わりのトリプルループを跳ぶと、大きな歓声が聞こえてきてとても楽しいんだ。

 そのなかで彩羽ちゃんがトリプルフリップを降りているのが見えて、それから千裕ちひろくんが四回転トウループを、佑李くんとかおるくんが四回転サルコウを降りているのが見えた。


 そこから先生たちのグループになっているのが見えると、陽太くんが久しぶりに豪快な四回転サルコウ+ダブルトウループ、本田先生がトリプルルッツを跳んでいるのが見えた。

 その後に加藤先生がトリプルサルコウを跳んでいるのが見えて、龍先生と大野先生はダブルアクセルを降りていることに驚きの声が上がっている。


 そのなかで一番の歓声は西倉さゆり・大西裕美組が出てきたときだった。カップル解消から二十年くらい経っているのにリフトを披露しているのが見えたの。


「すごい! 先生たち」


 そこからノービスの子たちがそれぞれ演技をしていくのが見えて、わたしはすぐに控室に向かって歩いて出番を待つことにしたんだ。


「それじゃあ、ジュニアのみんな~! 次にやるよ」

「はい」


 次に彩羽ちゃんと紗耶香ちゃんが滑りに行く姿が見えて、すぐに衣装を着て滑っていくのが見えたのがわかっているのが見えた。

 わたしはシニアのメンバーで滑るのは残り一時間くらい見えたりしている。


 そのなかで出口に近い観客席で彩羽ちゃんと紗耶香ちゃんの演技を見ることにしたんだ。


 彩羽ちゃんが『ジャンピングジャック』のメロディーに乗せて勢いよく単独のトリプルループを降りている。

 比較的得意なものみたいで、まだジュニアは来シーズンのショートプログラムの規定がまだ出ていないので暫定なものだ。


「うそっ! 彩羽ちゃん、めちゃくちゃ上手くなってない?」

「すげ、マジだ」

 薫くんが言うなら間違いないかもしれないよ」

「すごいよね……彩羽ちゃん、すごいスケーティング伸びてる」


 彩羽ちゃんが軽やかにトリプルルッツ+ダブルトウループを降りているとき、紗耶香ちゃんが驚いているのが見えた。


 まだ苦手だったルッツもコンビネーションにできるようになったのは少し前で相当練習しているのを見たので、とてもうれしそうな顔をしているのが見えたんだ。


「すごいなぁ……彩羽ちゃん。化けそうだな」

「うん。全日本ジュニアで表彰台行けそうだね」


 そこからのステップシークエンスは笑顔でリズミカルに体を大きく使っているのが見えて、インターハイよりもエッジを傾けているような意識をしているみたいでスピードが乗っているようにも見える。

 黒と赤の基調とした衣装がとてもはつらつとした彩羽ちゃんによく似合っている。こんなにスケートをするのが楽しいで滑っていくのが見えるんだ。


「すごいね」

「うん」


 最後のダブルアクセルは体力が切れてきて、すぐに転倒してしまったけど演技を終えてからやりきった表情の彩羽ちゃんがお辞儀をしているのが見えた。


「次、クローバー小平FSCの美帆ちゃんだ。うち、準備しなきゃ」


 そう言って紗耶香ちゃんがすぐにリンクサイドへ行くことにしたんだ。

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