夢の舞台へ 【Act 2】

須川  庚

#1 星宮清華 新しいシーズンへの準備

No.1 新しい仲間とプログラム作り(1)

 春休みになってしばらく経った頃。


 東原ひがしはら市駅前にある東原スケートセンターは北京オリンピックと世界選手権で日本代表が上位入賞したおかげで少し混雑をしている。


 営業時間ギリギリまではステップを中心に練習をしていた。


「おはよう。伶菜れいなちゃん」

「ねえ、聞いてよ! 全米の本選に進むって」

「あ、ダンスの」


 幸田こうだ伶菜ちゃんジャニーズでとあるグループ二つを推しているんだ。一つはデビューしているグループ、もう一つはデビュー前のグループで現在アメリカに留学中だという。


 共通するのはダンスがとても上手いの。


 そのなかで伶菜ちゃんもフィギュアスケートのモチベーションに繋がっているっていうから良いのかもしれないと思っている。


 それからしばらくして練習をするために更衣室に入ると、見慣れない子が一人、金井かねい友香ゆかちゃんと話をしながら着替えていた。


「あれ、友香ちゃん。来てたんだ……あれ?」

「あ、おはよう。彩羽いろはちゃん、なんで東京に? 名古屋にいるんじゃ」


 和田わだ彩羽ちゃんは一つ下の高校二年生で名古屋を拠点に練習しているはずなのに、なぜか東京の東原スケートセンターに来ているのがかなり謎だった。


「あ、実は親の転勤で……こっちに引っ越してきたんだ。今日から東原FSCフィギュアスケートクラブでお世話になります」

「えっ、そうなの⁉ よろしくね」

「それじゃあ、高校はどこに通うの? インターハイで名前は聞いてたけど公立だったんでしょ?」

「そう、それで都立の東原高校に通うことになったの」


 それを聞いて同じ高校に通うと聞いたので、とてもびっくりしてうれしかったんだ。


「それじゃあ、わたしが先輩としていろいろと教えるからね。朝、東原スケートセンターに集合するのはどうかな?」

「はい。よろしくね」


 貸切練習を始めるときに彩羽ちゃんが自己紹介するみたいだった。

 大西おおにし先生の横で緊張しているみたいだけど、見慣れた子がいるのでホッとしているみたい。


「えっと、今日から一人仲間が増えます。それじゃあ、自己紹介を」

「和田彩羽です。高校二年生で愛知県名古屋市から来ました。よろしくお願いします」

「よろしく~!」


 それからコーチに本田ほんだうた先生がするみたいだった。



 高校の始業式の日。


 わたしは彩羽ちゃんと東原スケートセンターで待ち合わせをして、徒歩で高校まで行くことにしたんだ。


 あと彩羽ちゃんのお母さんも来ていたので話しながら行くことにした。


「まさか、星宮ほしみや清華せいかちゃんと同じ高校とは思わなくて……」

「いえ、編入試験、大変じゃなかった? この辺じゃ一応進学校だから」

「大丈夫、名古屋でも同じレベルの学校に通ってたし」


 そう言う彩羽ちゃんはとても着慣れていない感じでネクタイを触っている。


「彩羽ちゃんは高校の制服はブレザーだった?」

「全然違うよ。中学からずっとセーラー服だったもん、ブレザーは初めてだよ」

「そうなんだ。中高ブレザーだったからうらやましい」


 そのときに何となく不安そうな顔をしているのが見えた。


「でも、少し不安なこともあるんだよね」

「授業とか?」


 そう言うと彼女はうなずいていたのが見えたの。転入先にはまだ不安が少しあるみたいで、授業のペースとかはわからないかもしれない。


「そっか……とりあえず授業の進むスピードは速いかもって思うかも。でも、わからないときは聞いてくれれば教えるよ」

「ほんと? ありがとう、清華ちゃん。助かる」


 高校に到着すると三年生の下駄箱に入る前にクラス替えの名簿を配られた。わたしは三年七組、私大文系の進学を希望する生徒が集まっているんだ。


「おはよう。星宮さん」

「あ、おはよう。久野ひさのさん」


 久野さんは二年の終わりから仲良くなった子でフィギュアスケートが好きで、全日本選手権のフリーを見てからファンになったという。

 同い年の子でファンができたのは初めてだったからすごいびっくりした。


「そう言えば二年に転入生が入ったって」

「うん。知り合いだよ、さっきまで話してたし」

「そうなんだ……すごいな」


 そのなかで始業式が終わってからすぐに彩羽ちゃんと一緒に東原スケートセンターへ向かうことにしたんだ。


「彩羽ちゃん、どうだった」

「とても良かった。クラスメイトに名古屋から来た子がいて、仲良くなったんだ」







 今日は月に何度かある貸切で行われる日でその前に来たのには来シーズンのプログラムを作ろうと言われたことがきっかけだった。


「それじゃあ、荷物はここに置いて」

「は~い」


 リュックを隣の椅子に置いて、ミーティングルームでパソコンとスピーカーが置かれた机にはメモ用紙代わりのコピー用紙が置かれてあった。


「それじゃあ、来シーズンのプログラムの候補曲から探すよ」


 わたしは心臓がドキッと大きく波打ってしまった。

 それは毎年悩まされてきたことでこの時期が来なくてもいいのにと思ってしまう。


 実際今シーズンのプログラムはショートがジュニア時代に使ったものをリメイク、フリーは作ったんだ。


「でも……来シーズンも持ち越しでもいいのに」

「そうなんだけどね。俺と加藤かとう先生で話したけどね、やっぱりプログラムを新しくしても大丈夫だって」

「わたしは『冬の精霊』を大事なシーズンに使いたいです。もう一度」


 波打つ心臓を抑えながら二人に話していた。


「次のミラノ・コルティナオリンピックのフリーにレベルアップした姿で滑りたいんです」

「うん。わかった。とりあえず来シーズンのは足をしようか」

「はい」


 すると陽太くんがすぐにパソコンからメモをして手渡してくれた紙を見せてもらう。


 それは直近三シーズンで滑ったプログラムだったんだけど、それらは自分で選んだものよりも先生にお任せした曲が多いんだ。


「清華ちゃんってあまりラブストーリーとか好きじゃない?」

「え、あまり好きじゃなくて……というか」


 わたしは言葉を紡ぎ出そうとしているのにためらってしまうような感じだった。 


 いままでこんなことを家族しか話すことが無かったから、他の人に話すことがとても勇気がいることだった。


「その手の表現が苦手で、難しいんです」

「そうだったんだね、清華さんが昔『ジゼル』の振付指導で泣いてたよね」

「はい」


 ジュニア一年目のフリーにバレエ音楽の『ジゼル』にして練習したんだけど、好きな人に向けて想いを寄せたり、上の空になることが正直理解できないんだよね。


「そうなんだね。とりあえず清華ちゃんが好きな曲を上げてほしい。スマホで調べてもいいよ」


 わたしはコピー用紙にやりたい曲を書いていくことにした。

 スマホでこれが良いなと探してきたものを紙に書いていく。


 ほぼ洋楽かクラシックが多いんだけど、そのなかでも主人公がいないような感じの曲が多い。

 何曲か上げて陽太ようたくんと加藤先生が曲を再生してくれることになった。


「それじゃあ、最初は何が良い?」

「う~ん。あ、この曲が良い」

「これね」


 流れてきたのはドビュッシーの『月の光』、それもピアノがメインになっている曲で後半からオーケストラが加わってくるアレンジだった。


「良いね。これはショートプログラムに使いたいね」

「そのつもりです。次はフリーの候補はめちゃくちゃあるね」


 ショートは『月の光』一択だったのに対して、フリーは絞っても六曲になってしまったんだ。


 いままで滑ったことが無い曲をピックアップしてみたので、踊ってみたいなと思っていた曲ばっかりなので選ぶのがとても難しい。


 サン=サーンスの『死の舞踏』

 ストランヴィスキーの『火の鳥』の第三幕

 ミュージカルの『コーラスライン』

 ジャズからは『ジャンピング・ジャック』と『ムーンライト・セレナーデ』

 ホルストの『木星』


 この六曲のなかですぐに聞いたのが『死の舞踏』で、何となく選んだけど上手くやれるかなと不安になってしまう。


「うん。この曲は少し清華さんはどう思う?」

「思ってたのとちょっと違う感じかな……来シーズンは少し難しそう」


 そう言う感じで話しながら曲を聞いたりしていく。

 そのなかで一番ピンと来たのが『火の鳥』の第三幕と『木星』だったんだ。


「この二曲はどっちがいい?」

「う~ん……『木星』かな。リズミカルなメロディーが入ってるのがワクワクして、すごい好き」

「確かにこの辺とかね。ステップシークエンスとコレオを入れたりしても良いと思う」

「うん」


 そのなかでフリーに『木星』を入れることにしたんだ。


「編曲はすぐに終わらせるよ。上手く編曲できる人がいるから」

「陽太くんお願いします」

「うん、わかった。とりあえず今日は終わりだね、今日の貸切練習でまた会おうか」

「はい。また」


 わたしは一度家に戻って明日、行くことにしたんだ。


 家はリンクの近所、駅前にそびえたつ大きなマンションの一棟にあるんだ。

 大きなマンションは三つの棟に分かれていて、そのなかで一番駅に近いところにある。


 そこの七階に家があって、おかげでリンクに早朝練習とかで一番乗りでできる。


 時間があるときは階段って言うこともあるけど、時間がないときとか疲れてるときはエレベーターで行ってしまうことが多い。


「おかえりなさい。清華」

「ただいま。お母さん」


 わたしは部屋に行くと制服を脱いで私服に着替えていく。


 脱いだ制服をすぐにクローゼットにしまってから、机に置かれた乱雑としたCDを帰さないといけない。


「お母さん、お父さんは?」

「ああ、リンクに行ってるよ」


 この場合のリンクは東伏見にあるリンクを指すので、CDを返したという連絡をLINEで入れてすぐに部屋に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る