それぞれのリバイバル
坂田裕詩
第一章 戻ろう、普通の高校生に
第一話 目標がないのが悪い!
今日最初の記憶は瞼を刺されたような感覚だった。
やがてそれは眩しいという感覚に変わり、一日が始まった。
「くっ……」
なんて早起きして眠そうな唸り声を上げてはいるが、時計の針は既に一〇時を軽く回ったところを指している。
近頃はこれが常となっている
(腹減ったな)
完全にベッドから体を起こし、立ち上がった脩は自室の扉に手をやり、部屋の外へと足を踏み出した。まだ完全に開ききっていない重い瞼のまま階段を降り、リビングへ向かう。
※ ※ ※
「おはよう。」
ソファーに腰掛け、朝の情報番組を眺めていた母が素っ気のない挨拶を投げてきた。
「おう。」
それに対して脩も同じぐらい素っ気ない挨拶を投げ返す。
「そこの棚にパンとかシリアルとかあるでしょ? そっから適当に食べて。」
「ん。」
お互いノールックで行われるキャッチボールは親子故の信頼関係からくるものなのだろうか。
今朝はトーストの気分だった脩は袋から食パンを取り出し、マーガリンを塗った。流石に慣れた手つきだ。その光沢のできたパンをトースターへ放り込み、ツマミを今度は丁寧に回した。
「お前さん、今日は何時に起きたのよ?」
パンだけでは口の中が渇くので牛乳を用意しようと冷蔵庫の取っ手に手を掛けたとき、掛けられた問いに冷蔵庫を開ける手を止めずに、まだまともに見えていなかった視界の中で唯一認識した情報を伝えた。
「一〇時過ぎ。」
「そう。」
遅く起床きたことについて特段責めることはしなかった母は、
焼きあがったトーストに立ったままかぶりつき、ポケットからスマホを取り出すと、ニュースアプリを立ち上げて流し読みを始めた。物騒な事件から芸能人の言動を伝えるものまでバラエティー豊かだ。
トーストと牛乳を完食し、食器を洗うとそのままリビングを後にした。階段をゆっくりめに登り、自室へ戻るとベッドへ腰かけた。
「さて。」
小さく息を、起床から三〇分と経たずにベッドに横になった。リビングから引き揚げてくるわずかな間に、スマホの画面はニュースアプリから脩がハマっているゲームへと変わっていた。
※ ※ ※
横になって以来、脩の意識がスマホから外れ、時刻というものを認識したのは一二時を過ぎたころ。朝食を摂った(ほぼブランチ)のはつい二時間前とはいえ、流石にトースト一枚では持つ訳もない。
しかしまた一階に降りるのは面倒であった脩は、自室のクローゼットにため込んである菓子を食べることで今覚えている空腹を満たすことにした。
ポケットに手を突っ込んでスマホを手にするとそこには、新着のメッセージがあった。
「今日の放課後いつものマルドで話あるんだけど来れるか?なんもしてないから来れるか笑」
皮肉たっぷりな文章を送りつけてきた主は
涼真の誘いに応じるにしてもまだ時間があるので、脩は再びスマホゲームを始め、それ以外に向ける意識を再び閉ざした。
※ ※ ※
時刻は午後四時をまわり、放課後の足音が聞こえてきそうな時間帯。脩はさっと体を起こして外出する支度を始めた。
涼真の言う”いつものマルド”とは脩の家の近所にあるファストフード店のことである。高校生になってからというもの、脩と涼真はよくここを溜まり場のようにしていた。
身支度を終えて玄関を出ようかというところで背後からの声に呼び止められた。
「どっか行くの?」
「ちょっとマルドに。涼真が話あるってさ。」
「ああ、涼真くん。そうなの。あんまり遅くなるんじゃないよ。」
「はいはい。」
世間一般が徐々に帰路へと着き始めようかという中途半端な時間に外出する息子に、ほんの少しだけ不思議そうな視線を向けてきた母にそう釘を刺された。
もう夕方の五時前だというのに、籠るようなタチの悪い暑さが外を行き交う人々の体力を奪う。それは脩にとっても例外ではない。むしろ周囲の誰よりも堪えている。なぜ堪えているのかは言うまでもない。
そんな環境下で自然と足取りが
クーラーガンガンのオアシスを求めて店内へ足を踏み入れると、窓際の二人掛けの席でスマホの画面に目を遣る高校生を見つけた。
「よう涼真、待たせて悪いな。なんだよ急に話って。」
「おう来たか脩、お忙しいところお呼び立てして申し訳ありません。」
「そういうのいいから。」
昼間のメッセージに引き続いて皮肉をぶっこんで来た涼真に怠そうに返す脩。しかし、涼真が何でもない平日の今日に呼び出してきた理由が皆目見当も付かない。
暫く他愛もない世間話を展開していると、涼真が少し声のトーンを変えて話題を転換した。
「で、お前今日は何してたわけ?さぞ忙しかったんだろうなー」
「まだ引っ張るのかよ。」
「まあまあ。で、何してた?」
「何って、……何もしてねえよ。」
涼真は、脩が言葉通り今日一日何もしていないことをわかったうえでこの質問を投げ掛けてきている。それは脩も理解している。そして、続く言葉は一連の会話をただの雑談としか捉えていなかった脩の虚を突いた。
「それだよ、それ。」
「……」
脩は涼真が何を言わんとしているのかをわかりかね、黙って続きを聞くことにした。
「お前が二年に上がってから体調悪いって言って学校に来なくなった原因だよ。」
「えっ?」
「お前さ、この三か月何かやりたいこととか、そういうの特になく過ごしてきたろ。それなんだよ。」
「どういうことだよ?」
涼真の語気が、必死さを孕みながら徐々に強くなる。
「最近、何かしようにも気力が湧かないとかない?」
「……まあ、あるな。」
「お前は今生きがいを何も持たないで生きてるんだよ。」
「……」
「とりあえずさ、目標探しなよ。なんでもいいから。そうしたら変わってくるんじゃない?」
「……」
想像以上の涼真の迫力に、脩は
※ ※ ※
しばらくしてからようやく脩が口を開いた。
「目標か……、目標とか言われても。」
「例えばさ、バイトとかはどうよ?」
「バイトかー。」
「とにかく何か自分が向かう目標を持った方がいい。」
涼真の力のこもった言葉の数々は、本人の意図していた以上に研ぎ澄まされたナイフのように脩に突き刺さった。
脩はまたしても黙りこくって、考えを巡らせた。
「……わかった。考えてみる。流石に俺も今のままじゃまずいとは思ってるからな。」
「おう。そうしてみてくれよ。」
「正直、目標というかやりたいことがないっていうのは何となく自分の中にもあった。でも今、それを面と向かって外からお前に言われてはっきり自覚できた。ありがとな。」
「そっか、役に立ったなら何よりだよ。」
「とりあえず帰ってバイト探してみる。」
「ああ、頑張れよ。」
脩はつい今しがたとてつもなく鋭いナイフで突き刺された相手に向けて決意表明をすると、勢いよく席を立ち、入ってきた時とは比べ物にならないほど軽やかな足取りで店を後にした。別れる寸前の涼真の顔は、やってきた時よりは少しはマシになった脩の表情を見て、それを頼もしそうに、そして親兄弟に向けるような遠い目で見送った。
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