嘘で固めたハニートースト

花沢祐介

嘘で固めたハニートースト

「ンン……」


 ぼんやりと目が覚めた。いやに頭が重い。

 ああ、昨日遅くにお酒を飲んだからか、と思い出して布団にくるまる。

 毛布の柔らかい感触が素肌をくすぐった。


 そして目を瞑ったまま、ふと思い出す。

 あれ、ユウヤは?


 その答えは眠りから覚めた鼻が教えてくれた。

 キッチンからは香ばしいトーストの香り。

 ほんのりと溶けたバターの匂いもする。


 私はとりあえず、枕元にあった下着と大きめのTシャツ――ユウヤに借りたものだ――だけ着てキッチンへ向かう。


「おはよう」

「ん」


 ユウヤはぶっきらぼうに答えると、焼き上がったトーストにハチミツをかけた。

 そこにバニラアイスを乗せたあと、仕上げにやたらと甘い市販のストロベリーソースをかける。

 ユウヤ特製のハニートーストの完成だ。


 私はその味が好きだったし、ユウヤが唯一作ってくれる料理でもあるので、食べるときはいつも幸せな気分になった。


「いただきまーす」


 ナイフとフォークを使って、甘ったるくコーティングされたトーストを口に運んでゆく。

 いつも通り、バニラアイスとストロベリーソースの味が強いけれど美味しい。


 ユウヤは自作のハニートーストを頬張りながら、私の方に向き直った。


「昼頃には帰るんだっけ」

「そうね。買い物もしないといけないから」


 特に見たい番組はないけれど、何となくテレビをつけてみる。

 穏やかな音楽とともに天気予報が流れ始め、しばらくは晴天が続くらしいことを教えてくれた。


「来週末も天気いいみたいよ」

「そうなんだ」


 ユウヤはあまり興味のなさそうな返事をした。


 ユウヤとは、仕事帰りに寄った居酒屋でたまたま知り合って、何となく意気投合して、そのまま一夜を過ごしたところから始まった関係だ。

 私とユウヤは告白という儀式を通過していないし、デートらしいデートもしたことがない。

 だから「私たちは恋人なのか?」もしそう聞かれたら、答えられる根拠も自信も私にはなかった。


 そもそも彼が恋人の有無や、私との関係を明確にする言葉を口にしたことはない。

 初めこそ告白の言葉を心待ちにしていたが、段々と今の関係に慣れてしまった。

 過去に一度だけ、ユウヤに恋人の有無を尋ねたこともあるが、結局はぐらかされて曖昧になった。


 それ以降、私は恋人の有無を聞いていない。

 告白の言葉も求めなかった。

 をすることにしたのだ。


 答えないこと、答えを出さないこと。

 それ自体が答えなのだろう。そう思ったから。


 「大人は告白しなくても付き合う」なんてただの言い訳に過ぎない。

 余計なプライドが邪魔をして素直になれないのと、本当のことを聞いて傷つくのが怖いだけだ。


 だから何も言わないし、あえて聞かない。


 私たちの関係は、このハニートーストとよく似ていると思う。

 中では熱く甘く、トロトロに溶け合っていても、それらは全て「作りものの甘い嘘」で塗り固められている。

 人工甘味料は身体に良くないのだろうけど、一度味わうと簡単にはやめられないのだ。


 そんなことを考えつつ、作為的な甘さをたっぷりまとったハニートーストを堪能していると、ふいにテレビから軽快な音楽が流れてきた。

 目を向けてみると、画面には有名なテーマパークのCMが楽しげに映し出されていた。

 今の季節に開催しているイベントの宣伝らしい。

 いいなぁ、とたまらない気持ちになった。


「ユウヤ」

「何?」


 私はハチミツがよく染みた部分を食べながらユウヤに持ちかける。


「来週、あのテーマパーク行こうよ。有名なとこ」

「……ああ」

「嫌なの?」

「嫌じゃないけど」


 概ね予想通りの反応だった。 

 けれど、このままの関係を続けたくない、という思いから強気に出てみる。


「行ってくれないなら、この関係は終わり」

「……え」


 珍しくユウヤが目を大きくした。

 その少しあどけなさの残る目が私は好きだった。


「どうする?」

「……どうしても?」

「どうしても」

「……」


 理由はなんとなく分かっている。

 でも、わからないふりをして返事を待った。


「……わかった、一緒に行こう」

「ふふ、やった。楽しみにしてるね」


 二人で行く初のテーマパーク。

 いわゆるデートスポットへ初めて一緒に行ける。

 ユウヤとの関係が一歩深まったような気がして、子どもみたいに嬉しくなった。



 しかし。



 ピーンポーン、と唐突に玄関チャイムの音が鳴り、私たちの平穏な朝は遮られることとなった。


 宅配かな、と思った矢先「ガチャガチャ、ガチャン」と鍵を開ける音。

 キーホルダー特有のカチャカチャ、という音も聞こえてきた。


「ユウヤー? 入るよー」


 ああ――。


 ユウヤは慌てる様子もなく、ただ俯いている。

 お皿とフォークの当たる音だけが部屋に響いた。


「何……この、靴」


 玄関から聞こえる悲壮な声に、私もついに現実を直視するしかなくなった。



 ……そっか。



 私たちは互いに欲張って、この不確かな関係を少し焼きすぎてしまったのかもしれない。

 人工甘味料なしの甘い希望は、本当にあっけなく砕け散ってしまった。


 逃げるようにして目線を落とすと、食べかけのトーストの上でバニラアイスがすっかり溶けきっていた。

 もはや流体となったバニラアイスはストロベリーソースと混ざり合い、いかにも身体に悪そうなピンク色を呈している。


 ――たとえそれが作りものでも、嘘だらけだったとしても構わないから、せめてもう少し、あと少し……この不純な甘さに浸っていたかった。

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嘘で固めたハニートースト 花沢祐介 @hana_no_youni

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