第44話聖女に頼らず、救世主に頼る心

 ケープの村の農業地帯で起こっている異常については分かった。理解したワケではないが。とりあえずどんな状態なのかは把握できた。

 理解、なんてできるはずがない。こんな異常な作物の枯れ方生まれて初めて見る、いや、これまでの歴史でも例のないことだろう。

 それを解決することが第一でそのために救世主なんていう身分不相応の評価を受けている私が呼ばれたのだろうが、まずは何故、こんなことが起きているのかが気になってしまう。


「フィリムさんはどう思いますか?」


 それをギルドにおける大先輩であり、私などより遥かに人生経験も知識も豊富であろうフィリムさんに訊ねてみる。


「私はただの戦士だ。頭の中にあるのは効率的な魔物の殺し方とか魔物の習性とかの知識だけ。農業の知識も魔術の知識にもそこまで長けているワケではない。さっぱりだよ。ギルドマスターならあるいは何らかの推論を導き出せるのかもしれないが」

「そうですか……」


 が、流石にフィリムさんであってもこの目の前の異常事態はお手上げのようだった。ならば。


「三人は何か分かる?」


 竜の女の子三人に水を向けてみる。ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃん。三人は年端もいかない少女にしか見えないが、その正体は幻想の極みたる幻獣の頂点に君臨する竜である。もしかしたらこのような事態に何か思い当たることがあるかもしれない。


「すまん。アルメお姉ちゃん。ミスラにはさっぱりだ」

「…………」

「申し訳ありませんアルメ様。我々はそもそも人間のように農作物を育てるということがないので……」

「そう……仕方がないわね」


 しかし、期待に反して三人ともまるで皆目見当もつかないというのが本音のようだった。リルフちゃんの言う通り、農業の習慣のない竜の子たちに訊くこと自体がそもそもおかしなことだったのかもしれない。

 でも、仕方がない、で目の前の事態に対する考えを止めてしまったらおしまいだ。仕方がないはなんでも思考を終わらせることのできる便利な言葉だが、何もかもをそれで片付けしてまっては何も得られはしない。

 目の前の事態は理解不能の現象。それでも、それを解決することが私の役目である以上、理解不能なりに思考を巡らせなければならない。


「ふふ。まるで三人は人間ではないように言いぶりだな?」


 少しおかしそうに笑ってフィリムさんが言う。し、しまった……またリルフちゃんが失言を……。さっきは聞き逃してくれたみたいだけど、今回はしっかり耳に入ってしまったようだ。これには三人とも慌てる。


「え、え、え!? そ、そ、そんなことはないぞ! フィリムのお姉ちゃん! ミスラは人間だ! 何の変哲もない人間だ!」

「そう。わたしたち、りっぱなにんげん」

「そ、そ、そうですわ! フィリム様も何をお戯れを仰いますのか……」


 さ、三人とも……誤魔化すにしても、もう少しやり方ってものが……。仮面の下で嘆息しそうになる私だが、フィリムさんは愉快そうに笑った。


「ははは、そうだったな!」


 やっぱり、フィリムさんは勘付いているんでしょうね……。竜、とまではいかずともこの三人がただの人間の少女ではないことは。

 フィリムさんのことは信頼しているが、やはり竜の子が三人もここにいるなんてのはあまり広めたい話ではない。申し訳ないが、もう少し秘密主義を貫かせてもらう。……ギルドマスターのイルフィさんも多分、勘付いているだろうし、暗黙の了解になっているのかもしれないけど。


「仮面の救世主様……どうでしょう?」


 私たちの様子を伺っていた村人たち。その代表の老婦人が私に訊ねてくる。私たちはこの村の異変を解決するために呼ばれたのだから、それも当然だ。

 すがるような目で私を見る村人たち。この人たちにとっては本当に死活問題。生きるか死ぬかの話だ。すぐに解決できると答えてあげたいところだが……。


「……申し訳ありません。少し、時間をいただけますか」


 私は静かな声でそう言った。解決できる、と口で言うのは簡単だ。だが、言うは易く行うは難し。私たちにはこの異常の原因すら分かっていないのだ。当然、解決の糸口も何もない。私の召喚術の力で精霊を呼び出せれば解決できるかもしれないという根拠に欠ける期待があるだけだ。責任も持てないのに簡単に解決できるなんて言うワケにはいかない。時と場合によれば嘘でもいいから安心させた方がいい場面もあるのだろうが、今回はおそらくそうではない。


「……そうですか」


 私の言葉に村の人々は見るからに落胆を示した。胸が締め付けられるような痛みを覚える。村の人々の不安をすぐに取り除いてあげることもできないなんて、やはり私は聖女失格ですね……。追放されて当然だったのかもしれません。


「聖女の奇跡魔法でもあればこれも一発で解決かもしれないがな」


 そんな私の心の中を呼んだかのようにフィリムさんが呟く。意図したワケではないだろうが、それは私の自責の念に追い打ちをかける一撃だった。

 奇跡魔法。それは私が失った力。あの文字通り奇跡を具現する力があればこの異常もフィリムさんの言う通りすぐに解決するかもしれない。


「……そうですね。すみません。呼ばれておいてなんですが、聖女様にお願いした方がよいのでは?」


 私が事態を解決してくれると期待して私に声をかけた人たちに対して申し訳なさすぎるという話ではないのだが、思ったことを正直に提案する。今の聖女・ミスティアがいかに聖女らしからぬ野心を抱いている身とはいえ、奇跡魔法を使えることは事実。彼女であれば……。


「お願いしましたよ」

「はい?」

「今の聖女ミスティアとかにね。陳情書も書いて送りました」


 私の言葉に老婦人の周りの村人は苦々しく口を開く。それを受けて老婦人が私の顔を見る。こちらの顔を見てしっかり話す相手に対して、仮面を付けているのが申し訳ない。


「ですがあの聖女はその話を断りました。今は王城内のことで忙しく村の一つや二つのことに構っている暇はない、と」

「そんな……!?」


 思いもよらぬ答えに私は動揺してしまう。何を言っているの、ミスティア。こういう時こそ聖女の出番じゃない。困っている無辜の民たちを救済する。それが聖女の最大にして最も優先する義務でしょう……?


「やれやれ。あの聖女はとことんひどいな」

「最悪だな!」

「せいじょしっかく」

「ひどい話ですわね!」


 これにフィリムさんは呆れた声を漏らし、竜の女の子三人も憤慨した様子だ。


「だから、あの聖女は偽りの聖女だと言うのです。先代の聖女、アルメティニス様なら必ずやこのような事態には一刻も早く駆け付けてくださったでしょうに」

「…………」


 私なら、必ずそうした。傲慢な考えかもしれないが、そう思ってしまう。どんなに忙しくても人々が救済を求めるのなら、それに手を差し伸べないはずがない。いや、私だけじゃない。私までの歴代の聖女の方々であれば皆がそうしただろう。ミスティア。貴方はそんなことも分からないの……?


「……ですから救世主様にお願いしたのです」


 老婦人は真っ直ぐに私を見る。まるで仮面の奥の私の顔を。先代の聖女アルメティニスの顔が見えているかのようだ。ありえない、とは思うが、この老婦人はまさか私の正体に気付いているのかもしれない。


「……分かりました。確約はできませんが、私の力の限りを尽くして、この事態を解決できるように努力します」


 確約はできない。奇跡の力を失った不甲斐ない私にはそれはできない。

 それでも、今の力の全てを使って、この事態を解決するために努力する。

 その決意の言葉を向けると老婦人は笑みを見せてくれた。

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