第24話歓迎される仮面の救世主の思い

 いや、その、そんな、いきなり、困る。

 一度も来たことのない村にやって来たと思ったら村人全員が勢ぞろいしていて、しかも一斉に頭を下げるなんて。

 それも私に対してなんて。


「え、え、え……?」


 思わず困惑してしまう。頭を下げられることに慣れていないワケではない。これでも元・聖女である。自分の前にこうべを垂らす人間は多く見ている。

 しかし、これだけ大勢の人間が、一斉にこうもひれ伏すのは初体験であった。

 しかも、今の自分は聖女ではなく、出自すら正体すら明らかではない仮面を付けたギルドの一冒険者に過ぎないというのに。


「ふ、これは驚かされた」


 隣を見ればそんなことを言いつつあまり驚いていなさそうなフィリムさんの不敵な笑み。


「わあ、流石、アルメお姉ちゃんだ!」

「アルメの救世主の威光」

「皆様、アルメ様の到着を待ち望んでおられたのですね」


 竜の女の子たち三人が口々にそんなことを言う。いや、そんな。流石も威光も待ち望まれるも何も……。

 聖女であった頃ならともかく、繰り返すが、今では正体すら明らかではないこんな仮面の女(仮面で分からないだろうが、それも少女と言える年齢の若造だ)に対してこの対応は少々、大袈裟すぎないだろうか。


「み、皆さん! そんな……よしてください! 私はそんなに大したものではありません!」


 思わず私にしては大きな声を出してしまう。私はそんな一斉に頭を下げられるような存在ではない。聖女であった頃も私にひれ伏す相手に遠慮していた私だが、聖女の証の奇跡魔法を失い、聖女の座から降ろされ、追放すらされた身だ。

 仮面で顔を隠さないと、とても白日の下を歩ける存在でもないのだ。

 私の声に村の皆さんの中で一番前に出ていた一人が顔を上げる。初老の男性であった。着ている服は王都の人々の服にも劣らない上質のもので直感的にこの人がこの村で一番偉い人だろうと察する。


「いえいえ、仮面の救世主様。貴方様のご活躍は我々も聞き及んでおります」

「か、活躍と言ってもまだ数日も経っていないと思いますが……」


 私が仮面を付けて王都で魔物の襲来を撃退したのは一昨日の話である。王都では新聞が昨日には出回り、私のことは仮面のヒーローとして有名になったが、王都から離れたこのクレールの村まで話が伝わるものだろうか。


「この村は王都と同じ新聞が配達されている。王都から徒歩でも一日で来れた距離だ。馬を使えば同日の夕方には届けられる」


 補足してくれたのはフィリムさんだった。


「ギルド『ドラゴンファング』に魔物討伐の依頼が来たのはあの聖女お披露目の前だが、昨日の時点で早馬でアルメ……仮面の召喚士が派遣されることは伝えてある」

「そうだったんですか……」


 それなら納得……いや納得ではない。

 私が来ることが分かっているのはともかく、村人一同がこうして頭を下げる理由にはならない。


「聖女に代わって王都を守る仮面の救世主様。そのお力を村人一同お待ちしておりました」


 その理由を先程の初老の男性が説明してくれる。


「せ、聖女に代わって王都を守るなんて……私はそんな大それた存在じゃ……」

「いや、聖女が呼び寄せた魔物を撃退したって聞いたぞ!」

「古に失われた召喚術の使い手にはそれだけの力があります!」


 謙遜する私に対して、初老の男性の後ろの若い男女が声を上げる。確かに古に失われた召喚術。聖女の奇跡魔法に匹敵する代物を今の私は何故か使うことができますが……。


「私の名前はガテュールと申します。この村のまとめ役です。お見知りおきを、救世主様」

「は、はい。アルメです」

「ほう? 先代聖女のアルメティニス様と似たお名前ですな」


 何の意図もなく言った言葉だろうが、思わずドキリとする。今、名乗っているアルメの名自体、本名のアルメティニスから取って咄嗟に名乗った名前だ。こんなことなら全く関係ない偽名にしておくべきだったと今更過ぎる後悔をする。


「そういえばそうだな、アルメお姉ちゃんは先代の聖女と似た名前なんだな」

「だから最初に聖女と勘違いしたのかも」


 ミスラちゃんとエスちゃんが少し意味深な顔を浮かべる。後ろでリルフちゃんも言われてみれば、といった様子だ。

 彼女たちには初対面の時に聖女ではないかと言われたのでしたね……やはり竜の子。なんとなく雰囲気で何かを感じ取る力は持っているのでしょう。


「せ、先代聖女とは名前が似ているだけです。関係はありません」


 私はやや上擦った声でそんなことを言う。こんなことを言うと余計あやしいでしょうか?


「そうですな。それよりアルメ様、そしてギルド『ドラゴンファング』の冒険者様がた、早速で何ですが……」

「依頼の件だな。分かっている」


 幸いにも、ガテュールさんは疑いを持つことはなかったようだ。本題を切り出そうとしたところで先んじてフィリムさんが口を開き前に出る。

 こういう交渉事は私はまだ不慣れなのでフィリムさんにお任せしましょう。


「とりあえず皆様の宿は確保しております。お食事も宿代も無償で結構です」

「それはそれは。配慮、痛み入る」

「いえ。魔物の脅威から守っていただくのですから当然です。今の聖女の加護はアテにならないようですからな」


 笑みを浮かべていたかと思うと吐き捨てるように今の聖女、ミスティアを責める言葉を発する。


「まさか、既に被害が……?」

「ええ。一度、村が山から下りてきた魔物に襲われましてな。酷いものです。なんとか追い返しましたが、二度も三度もあのようなことがあっては堪りません。王国が警備の兵を派遣しているのも待っていられませんし……」


 既にこのクレールの村は山から下りてきた魔物の襲撃を受けた後のようだ。そう思って村人たちに目を通せば包帯を巻いている村人が何人かいる。負傷者が出ただけならいいのですが、まさか死者が出たなんてことは……。


「…………」


 気になったものの、流石にそれを無遠慮にここで訊ねる程、私も配慮ができないワケではない。


「仮面の救世主アルメ様の来訪は村にとって歓迎すべきことなのですよ。是非とも我らをお救いください」

「そういうことだったのですね。事情は分かりました。私の力で良ければ皆さんのために使わせてもらいます」


 ガテュールさんが笑みを浮かべて言った言葉に私は頷く。こちらも笑みを浮かべた、のだが、あいにく、この仮面の下ではあちらには見えなかっただろう。


「ふむ。そういう事態とあってはのん気に一休みという余裕もないな。アルメ。問題なければこのまま山に登り、魔物たちを牽制する意味で討伐を行いたいと思う」

「はい。私も同じ気持ちです。フィリムさん」


 腕組して少し思案した後のフィリムさんの提案に私は賛同する。

 既に山の魔物が村をターゲットにしているとあっては一刻の猶予もない。聖女の加護が力を発揮していないとなればこちらから仕掛けていって魔物を倒し、魔物たちの下山を牽制する必要はあるだろう。

 国王陛下も国民を見捨てらる方ではないので遠からずこの村にも守備隊が派遣されるでしょうが、それも今すぐではないでしょうし。おそらくこれまでは必要なかった広い国土の全てに守備隊を派遣する必要性が生じたので対応が遅れているのでしょう。

 敏腕な国王陛下といっても聖女の加護が途絶えて、国土の全てが魔物の危機に晒されるなんて事態はこれまでになかったでしょうから仕方がないことです。


「こんなことを言っても気休めにしかならないかと思いますが、私が村を守ります。安心してください」


 私は魔物の襲来に不安を覚えているであろう村人の皆さんに安心してもらうために強気なことを言う。すると村人の皆さんは上げていた頭を再び下げてしまった。


「ありがたや……」

「救世主様、感謝いたします」

「どうか、お願いします。アルメ様だけが頼りです」

「や、やめてください。皆さん。お顔を上げてくださいっ」


 再びのことに戸惑う私の隣でフィリムさんが不敵な笑みを浮かべる。


「これは期待外れな結果は残せないぞ。救世主アルメサマ」

「フィリムさんまで……そうプレッシャーはかけないでください」

「ははは。悪い。だが、それくらいの気構えでいかなければな。聖女の加護で長らく薄れていたことだが、冒険者ギルドは元々、無辜の民を守ることが第一だ」


 無辜の民を守る……。それは私の聖女としての信条とも一致することです。聖女でなくなった後もその信条をなくした気はありません。


「ええ。やりましょう。フィリムさん」


 早速、山に登ることにした私たちであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る