『探偵』もどき・恩貫夜弦の事件譚

ハギヅキ ヱリカ

『探偵』もどき・恩貫夜弦の事件譚

【プロローグ】

【プロローグ】

主文しゅぶん被告人ひこくにん四家深弦しのやみつる死刑しけいしょする」

 席に座る裁判長が言い放つ。

「……」

 しかし死刑を宣告せんこくされても、上下グレーのスウェットを着ている人物……四家深弦はいまいち何の事か分かっていないような顔でぽりぽりと頬をいているだけだ。頬を掻く右手の動きに合わせて、彼の両手にかけられた手錠のくさりが小さく揺れている。

「……被告人が犯した罪は主に殺人さつじん。そのほか窃盗せっとうざいが二百六十五件。器物きぶつ損壊そんかいざいが五十六件。傷害しょうがいざいが百三十二件。余罪よざいなどを含めると多すぎるため、この場では省略しょうりゃくします。被害者の遺体に手を加え、ほかの被害者の遺体の一部と繋ぎ合わせるなど、きわめて残虐性ざんぎゃくせいの高い事件を多数起こし、十二年間で三百二十九人という、この国の殺人さつじん事件じけん史上しじょう最多さいたとなる被害者の数を生み出しました」

 裁判長は表情を張り詰め、彼がおかした罪を読み上げていく。それとは逆に、事件を起こした本人は退屈そうな表情であくびを噛み殺している。

 日本人にほんじんばなれした深い青の目と、長く、白いまつげ。血管が透けて見えるほど色素しきその薄い皮膚。首を動かすたびに揺れるのは、耳にかかるほどの白い髪。くちびるの赤は、足跡一つない雪原を思わせる彼の雰囲気の中で一層際立ち、向き合う者の目を引く。

 死刑を宣告された人物、四家深弦は十五歳から現在の二十七歳になるまでの十二年間に、のべ三百人以上を手にかけた。その被害者の数と彼がおこなったことから、彼は「日本史上最も凶悪な殺人犯」や、「殺人鬼アーティスト」などと世間せけんで呼ばれている。

 四家は誘拐ゆうかいしてきた人間を殺害したあと、ときに遺体を解体し、別の遺体の部位と繋ぎとめ、一つの『作品』を作ったのだ。『作品』の中には小学生になったばかりの女の子もおり、切り落とされた彼女の頭部は花やぬいぐるみと一緒にその子が背負っていた赤いランドセルに詰め込まれ、ある日、帰りを待つ両親の家の玄関に置かれていた。それの第一発見者は、その子の母親だったという。

「それだけの事件を起こしたにも関わらず、本人に反省の態度や更生こうせいの意思などは全く感じられません。被告人、最後に何かべておくことはありますか」

「のべ…………なに?」

 裁判長が言うと、彼は首をかしげて聞き返した。そのさまはまるで、小学生が難しい漢字を教師に尋ねる場面のようだった。

「……被告人、最後に何か言い残すことは?」

 裁判長が、もう一度聞く。

 四家は考えるようにまた頬をぽりぽり掻いてから、口を開いた。

「ぼく……しけいになるの?」

 のっぺりとした、子供っぽい声だった。

「あなたは殺人を犯しました。死刑執行は二週間後です」

「うーん。そっかあ……。ぼく、しけいになるのかあ……」

 そう言って四家は、またぽりぽりと頬を掻いた。いまいち自分への判決を受け入れたか受け入れていないのか、よく分からない声色こわいろだ。

 美しき殺人さつじんの最後をカメラに収めようと、傍聴席ぼうちょうせきの後ろに大勢の記者たちが陣取じんどっている。

 四家のちょうど真後ろには、喪服を着た夫婦が座っている。女性の方はハンカチを握りしめ、あどけなく笑った女の子の写真を膝の上に置いている。その隣の男性の方は、膝の上で震える拳を握りしめている。

「被告人。本当に、最後に言い残すことはありませんか?」

 裁判長が、遠回しに謝罪の言葉を求める。

「いいのこす、こと……かあ。うーん……」

 四家は何かを思い出すように、青い目を自分の斜め上に向けた。

「そうだなあ……しぬまえに、おとうとにあいたかったなあ」

「弟ですか? あなたに弟はいないはずでは?」

 裁判長が聞くと、彼は口角を上げて笑いかけ、

「そう。おとうと。ぼくの、おとうとだよ」

 とだけ、言った。その意味はこの場にいる誰も分からなかった。

「……傍聴席に被害者の遺族のかたが来ておられます。謝罪などはありませんか?」

「しゃざい……」

 裁判長が言う。四家はようやく後ろを振り向いた。ハンカチを握りしめている女性と、こちらを殺す勢いでにらむ男性と目が合う。

 そんな二人をぼんやりと見やり、裁判長の方へと首を戻す。そして、彼はこう言い放った。

「しゃざいって、なに?」

 その瞬間、ハンカチを握りしめている女性がわっと泣き出した。記者たちがここぞとばかりにカメラのフラッシュをたく。反省はんせいの色などまったくない彼の態度に、傍聴席がざわついている。

静粛せいしゅくに。静粛にしてください」

 裁判長が木槌きづちを打ち鳴らし、静かにさせる。

「四家被告の弁護人、何か言うことはありますか?」

 裁判長が、彼の弁護人のほうに顔を向ける。

「何もありません」

 男は低い声で言い、淡々たんたんと開いたファイルなどを片付けている。

「……以上、これで閉廷へいていとします。被告人はただちに部屋を出るように」

 四家は二人の警官に連れられて退出する。

 去っていく彼を、傍聴席にいる二人組が見つめている。一人は六十代ほどの老人で、もう一人は袖をまくったシャツを着た男だ。歳は四十に届かないか、というところに見える。

 帽子を脱いでいる老人の右側頭部には髪がなく、大きな縫い痕が刻まれている。四家を見送るその目は、どこかさびしそうだ。

 反対に、隣にいる男は眉間にしわを寄せ、複雑な表情で四家を見つめている。

 四家深弦が部屋を出て行く。彼は最後まで、被害者家族に振り向くことさえしなかった。


 その裁判から二週間後、絞首刑こうしゅけいによって彼の死刑はとどこおりなく執行された。自らの命が消える日だというのに彼は特に変わった様子もなく、教誨室きょうかいしつ教誨師きょうかいしと楽しそうに談笑だんしょうし、最後の食事である好物のチョコチップクッキーを食べていたという。

 死亡を確認した医師によると、彼の死に顔は、精巧せいこうな人形が眠っているのかと見間違えるほど美しかったという。

 ともあれ、凶悪きょうあくな殺人者は法にさばかれて罪をつぐない、この世から消えた。裁判の日に同席していた人間たちも、彼が最後に言った言葉などすっかり忘れ去っていた。

 しかし四家深弦の死から二週間ほど経った頃。かつて彼が作った物と全く同じ『作品』が、とある広場にぽつんと飾られているのが発見されたのである。新聞社はこぞってこの犯人を四家深弦の模倣犯もほうはんだと騒ぎ、記事を出した。

 その犯人は突如とつじょとして現れたかと思えば、彼と同じように人を殺し、解体し、繋ぎ止め、彼が作っていた『作品』とそっくり同じものを作り出したのだ。


 その犯人の出現から四年。彼を真似まねるその模倣犯は、いまだに逮捕されていない。


 ***


「……またか。これで何件目だ?」

 一人の刑事がため息を吐き出す。歳は五十代ぐらいか。がっしりとしたたるのような体形で、少しゆるんだ腹の肉をズボンのベルトに乗せている。

 とっくに終電も終わった深夜。彼がいるのは、とある地下鉄の駅構内だ。前方に見えるブルーシートを見つめ、そうぼやく。

 彼の後ろでは背中に『鑑識』と書かれた上着を着た男たちが慌ただしく動き、進入禁止のテープを貼ったりしている。

笹森ささもり警部補けいぶほ。お疲れ様です」

 鑑識の一人が彼に挨拶をする。

れいの探偵はもう来てますよ。通報があったのは三十分も前なのに、一番に現場に来ていました。どこからぎつけるんだか……」

 鑑識は少し後ろを向き、ブルーシートをあごで指した。彼が言っているのは、一年ほど前にこの国に派遣されてきた、「探偵」を名乗る男のことだ。

「分かった」

 刑事……笹森警部補が頷くと、鑑識は自分の仕事に戻った。笹森警部補は歩き出し、壁の一部を囲っているブルーシートをめくる。

「ふうむ……。今回の作品はこれですか。さて、わざわざこんなことをした意味はなんなのか……それにしても、本当にこの犯人は興味深いですね。捕獲ほかくして椅子に縛り付け、頭を開いてその中身をデータとして抽出ちゅうしゅつし、ほかの人間の脳に焼き付け……」

 中には一人の人間がこちらに背を向けて立っていた。身長や背格好から、男だというのが分かる。

「おい」

「ああ、笹森警部補。お疲れ様です」

 声をかけて中に入ると、先にいたその人物はこちらに顔を向けた。

 顔に道化師どうけしのような奇抜きばつなメイクをほどこし、向日葵ひまわりいろの髪を軽く後ろに流している。メイクのせいで年齢は分からない。着ているのは縦縞たてしま模様もようが入った紺色こんいろのジャケットと、同じく紺色のズボンだ。わざとワンサイズほど大きいものを着ているのか、そですその丈が体と合っていない。明らかに、この現場には不釣ふつり合いな格好だ。

「またそんな格好をしているのか。現場に来るときはやめろと前にも言っただろ」

「すいません。私、最近オシャレに目覚めてしまいまして」

 男はふざける。笹森警部補は頭を掻いて見せつけるようにため息を吐き出した。

 男は顔を前に戻すと、多少の真面目さを声に乗せる。

「さて笹森警部補。今回のこれで三十七件目ですね。四年前から発生しているとはいえ、この数は少ないと言えるでしょう。……ああいえ、この場で言うことではなかったですかねえ」

 顎を撫で、興味深そうに目の前の物を見る。この男は、世界中に散らばる探偵集団の一人であった。

「四年前に死刑執行された殺人鬼、四家深弦。

 残虐ざんぎゃく非道ひどうな彼の犯行は、裁判の時に読み上げるのさえ省略しょうりゃくされたほどだとか。うふふ、彼の担当になった弁護士はたまったものじゃなかったでしょうね」

 男は、顎を撫でながらそんな軽口を叩く。

「本人はとっくに死亡した……ということは、いったい誰が彼の真似をしているのでしょう。不思議ですよねえ」

「そうだな……」

 笹森警部補も、改めて「それ」を見る。

 二人の目線の先には、奇妙な物体が立っている。

 身長は百七十三センチほどだろう。一見いっけんするとただの人形に見える。しかし強烈きょうれつな鉄の匂いと、生気せいきの感じられないその風貌ふうぼうが、人形ではなく死体だということを理解させる。

 服を着たままのその死体は、中に巨大な針を通しているのか、直立ちょくりつの状態で固定されている。男、だということは体格から見て取れるが、顔はいまだ血のしたたる羊の生皮なまかわをすっぽりとかぶせられていて分からない。

「……ふむ。これは見たところ、被害者の中心部分に支柱か何かを入れて直立状態を固定させているようですね。マネキン人形と同じようなものですよ。人形が人間に代わっているだけです。うふふ」

 男は言いながら、平然と死体に顔を近づける。鼻をつく血のにおいに顔をしかめている笹森警部補とは真逆の様子である。今まで捜査一課の刑事として凄惨せいさんな現場を見てきた笹森警部補でも、尊厳そんげんすら何とも思っていないようなこの遺体は、さすがに吐き気を覚える。

「しかし今回のこの『作品』は、どこかメッセージせいとオリジナリティを感じられますね。 

 今までこの犯人は四家深弦本人が生み出したものと全く同じ『作品』を作っていたのでしょう? 資料室で今までの被害者の写真を拝見しましたが、それはもう、はたから見ると本人の物と見分けがつかないほどそっくりだったとか」

「まあな……」

「なぜこのタイミングでオリジナルの『作品』を出してきたのか。これにどんな意味を込めたのか……。うっふふ……推理のやりがいがありますね。なんせ私、探偵ですから。ふふふ……」

 男は一人で言うと、目の前の『作品』を見ながら怪しく笑った。

「一つ、観察して気づいたことがあります。見てください、笹森警部補」

 男は被害者の頭部……被せられている羊の皮を指さした。笹森警部補は男の指の先に顔を向ける。

「頭に被せられている羊の皮ですが、血の渇きから見て、わざわざ羊の首を切り落とし、皮を剥いだ後、この被害者の頭部に被せたのでしょうね。羊はここから一時間ほどの場所にあるふれあい牧場から入手したのでしょう。たとえば動物病院の関係者とでもいえば、一頭ぐらい簡単に連れ出せますから。

 動物の不必要な中身はその辺にでも捨てたのでしょう。生き物、とは言っても家畜扱いですから、簡単にゴミとして捨てることはできます」

「じゃあ、なぜ、わざわざ動物の皮を被せているんだ?」

「さあ? それはじっくり考えてみなければ分かりませんね。

 意味が分からないことに意味がある。そこに何が隠されているのか、それを考えるのが私のような探偵の役割です。うふふ」

 にこにこしながら言う。美術品を鑑定かんていする鑑定士かんていしのように、改めて羊の皮を被せられた死体をじっくりと眺める。

「これを最初に見た時、私が連想れんそうしたのは『ひつじかわかぶったおおかみ』ですかね。

 たとえばサイコパスのように、裏では人を殺している人間が当たり前に社会に溶け込み、仕事をしているという怖さ。

 信号待ちの時、突然殴ってくるような異常者が隣に立っているかもしれないという怖さ。そんな人間が一般人の中にひそんでいるという怖さ。この社会に紛れ込んでいるという怖さ。この『作品』を見た時、私はそういうものを考えましたね」

「つまり?」

「羊の皮を被せることで、この被害者の『何か』を隠しているのか。それとも『何かを隠している誰か』を表しているのか。それとも、これの製作者が何かを隠している、ということを表しているのか。非常に興味深いですね。

 なんにせよ、まず洗うのは……」

「この被害者の経歴か」

「そうですね。それから取り掛かるのがいいでしょう。特に、犯罪歴などを」

「おい、聞いてたか。さっそく取り掛かれ」

 笹森は近くにいる警官に声をかける。警官は頷くとブルーシートの外へ出て行く。

「すまん、ちょっと通してくれ。九十九つくも探偵事務所だ」

 と、そこで声とともに一人の男がやってきた。袖をまくったシャツを着た、少しくたびれた男である。年のころは四十ほどに見える。

「……黒瀧くろたき

「笹森警部補。お疲れ様です」

 笹森警部補がその男の名を呼ぶと、黒瀧と呼ばれた男は軽く頭を下げた。

「おい、こっちの探偵は呼んでないぞ。誰が入れた」

 笹森警部補は首を回し、周りにいる人間に言う。みな忙しく走り回っているため、笹森警部補の言葉は聞こえていない。

「すみません。終わったらすぐに出ますので」

「まさか、お前とまた現場で会うことになるとはな。とにかく……んだらさっさと帰れ」

 がりがり頭を掻きながら言う。黒瀧はもう一度謝罪すると持っていたカメラを構え、死体の写真を撮り始める。

 明滅めいめつするカメラのフラッシュが、目の前の死体を断続的に激しく照らす。光を受けた死体は、さらに不気味で怪しいものになる。写真を撮り終えるまで、笹森警部補と男は黙って待っている。

 黒瀧が所属する九十九探偵事務所には、警察上層部に圧力をかけられる人物が出資者しゅっししゃとしてついている。そのため警察の誰でも、九十九探偵事務所の人間には強く言えないのだ。

 何枚か撮り終えると、黒瀧は満足したのかカメラを下げた。

「……笹森警部補。失礼します」

 黒瀧は頭を下げると、外に出て行った。

「探偵事務所と言っていましたが、お知り合いですか?」

「まあな。昔、警察にいた人間だ」

 男の問いに笹森警部補は答える。男は、ほう、とだけ返した。

 二人の前で、遺体がブルーシートをかけられて運び出されていく。まるで美術品の移動だ。運ばれた先で解剖かいぼうに回されたのち、遺族いぞくのもとに返される。

「笹森警部補。これも、彼の熱狂的ねっきょうてきなファンだという拝島はいじまの美術館に飾られるのでしょうか」

「おそらくそうだろうな。黒瀧が出てきたのが証拠だ。あいつがいる事務所は、拝島氏が金を出しているからな。今までの現場も、こうして写真を撮りに来た。写真をもとにレプリカを作らせて、美術館に飾るんだと」

「なるほど。まあ、さすがに死体をそのまま飾れませんからね。防腐ぼうふ処理しょりなどは意外と面倒くさいですし。

 しかし笹森警部補。この犯人を模倣犯と呼ぶのは少し違うかと」

「なに?」

 聞き返した笹森警部補に、男は説明する。

「模倣犯は他人が起こした犯罪の手口を真似た犯人です。この犯人の『作品』というのは、明らかに真似の範疇はんちゅうを超えています。

 私はこの国に来て一年ほど経ちますが、ほかの『探偵』が、この犯人を模造犯もぞうはんと呼んでいたのを聞いたことがあります。我々の間でも、この犯人は有名だったようですね。

 限りなく本人に近い別人。本物に似せた何か。本人の思考をそっくり真似た別人。あるいは、何らかの形で本人の思考を植え付けられた何か……。そういう意味が込められていると思われます」

「つまり……『作られた犯人』だと?」

「そこまでは分かりませんが。その可能性もありますよね。ああ、その推理も面白い。

 この模造犯は四年前の出没時から、我々『探偵たんてい集団しゅうだんスカーレット』でも追っていますが、恥ずかしいことに証拠などは一つもつかめていないようです。ですがそれは、そちら警察でも同じでしょう?」

「……」

 笹森警部補は黙る。この男の言う通りだった。四家深弦に最初に接触したのは、警察ではない。

 警察は奴に手錠をかけただけ。奴がいた隠れ家を見つけたのも、最初に足を踏み入れたのも、四年前に派遣されてきたその『探偵』だ。

「おっと。余計なことを言ってしまったようですね。すみません」

 黙り込んだ笹森警部補に何かを察したのか、にっこりしながら男が言う。

「ところで。最近世間で騒がれている『モリアーティ』なる人間の爆弾騒ぎ。捜査の方は進んでいますか?」

 そして話を変えてきた。

「モリアーティか……」

 笹森警部補はその名で呼ばれている犯人を頭に浮かべる。そいつも四家深弦の模倣犯と同じく、日本警察全員の頭を悩ませている人間の一人だ。

 出現し始めたのは、四家深弦の模倣犯と同じく四年前ほど。この国で指名手配になったのは、その一年後。モリアーティの罪状は主に爆発物ばくはつぶつ使用しようざい爆発物ばくはつぶつ使用しよう未遂みすいざい爆発物ばくはつぶつ使用しよう予備よびざい爆発物ばくはつぶつ使用しよう脅迫きょうはくなど。いわゆる公共こうきょう危険きけんざいに当たる犯罪を網羅もうらしており、奴の作った爆発物により、今までに三名の死者と十五名の負傷者ふしょうしゃが出ている。逮捕されれば間違いなく死刑だ。

 この国の人間ではないらしく、分かっているのは「モリアーティ」と名乗っている男、とだけ。四家深弦の模倣犯と同じく謎に包まれた犯人である。

「その様子ではさっぱりですか。ま、そちらはあなた方で何とかしてくださいね」

 何も言わない笹森警部補を察したのか、男は言った。

「この国に派遣されてきた『探偵』は、今までに二人いたと聞いております。二人とも四家深弦の事件を担当していて、一人は消息不明、もう一人は死亡したとか。そうですよね、笹森警部補」

「……ああ」

 笹森警部補は答える。一年ほど前にこの男は突然警視庁に来て、今までに派遣されてきた『探偵』の情報を教えろと言ってきたのだ。模倣犯とモリアーティを逮捕できるのならと、笹森警部補はこの男に、四家深弦の資料や今までに来た『探偵』のことも話してきた。

「まあいいです。これ以上見るものもないでしょうし、私はホテルへ戻っています。何かあればフロントまでお願いしますね」

 男は背を向けると、ブルーシートをめくって出て行った。

 一人になった笹森警部補は、考えるような表情で顎を撫でる。

 奇妙な格好と化粧をした『探偵』。あの男にはなぜか、みょうな違和感を覚えていた。その理由が何なのかは分からない。

『限りなく本人に近い別人。本物に似せた何か。本人の思考をそっくり真似た別人。あるいは、何らかの形で本人の思考を植え付けられた何か……。そういう意味が込められていると思われます』

 先程の男の言葉を頭に浮かべる。笹森警部補は、あの『探偵』を名乗った男から、模倣犯へ意識を切り替える。そんな人間が本当にいるのだろうかと、心の中で思う。だが、あの『探偵』ならばあるいはと、彼らのことを考える自分がいる。

 ありえないと笹森警部補は首を横に振る。笑い飛ばすものの、長年刑事をしているかんが、その考えを心に引っかからせていた。

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