街灯

平岡 蓮

街灯

 私にとっての出会うべきは運命の人でなければならなかった。

 彼女はたまたまだった。


 初恋の相手もたまたまだった。彼女は私を好いてくれた。私も彼女が好きだった。初めは真っすぐな彼女の心を向けられて恥ずかしかった。その時私は彼女を本当に好きだと思っていた。でも私には彼女のようにまっすぐに感情を伝えることはできなかった。彼女に対する自分の感情がまっすぐであることが恥ずかしかった。

 彼女を好きだと気づいてからどんどんその感情は増していった。それは良からぬ方向へ進んでいった。

 ある友人が恋をした。彼はある人と時間を共にすることが多かった。友人は意味もなく、本の端にある人の名前を書いてしまう程だった。友人から本を借りたやつが、あいつこんなことを書き忘れている、と笑いながら本の端を見せてきた。私は友人に同情しながら笑った。  

 私は友人がある人を好きになってしまったのは特別なことではないと思った。友人は単純接触効果のためにある人を好きになってしまったに過ぎないと思った。しかし、それは私も一緒だった。

 私が彼女を好きになったのはよく一緒にいたからだと考えるようになった。きっと今も彼女は私を好いてくれていると思っていたが、それもただ私がそこにいただけに過ぎないと思った。たまたまだと思った。

 私が彼女を好きだということが、それは偶然ではなく必然でなければならないと私は思った。ある街にたまたま生まれ、たまたま出会い、たまたま私は好かれたにすぎないように思われたが、それを考えていると、なんだが必然のように思えてきた。私と彼女は偶然のようで、それは見せかけでしかなく、必然の二人であるように思った。それでも私は自分の心が未だ恥ずかしいばかりだった。


 彼女と私は離れることとなった。思うに彼女の心は既に私を離れていたのだろう。しかしそれから私は目を背けていた。人づてに違う人を好きだという話をきいていた。それと一緒に違う人が私を好きだと言っていたこともきいた。それは私の心を動かすことはなかった。むしろ煩わしくさえ思った。

 離れても私の心は彼女に、まっすぐに向かっていた。新しい友人が、伝えるべきだ、と私をおした。私は恥ずかしさをおさえ、彼女に勇気を出して伝えた。しどろもどろになりながら、しかし、自信をもって伝えた。彼女は困惑しているようだった。私はその困惑が彼女の嬉しさのためではないかと思った。彼女は、答えはすぐに伝えられない、考えさせてほしい、といって私と別れた。私は自信をもって、きっと受け入れてくれると思った。離れている彼女とどのように会おうか考えたりもした。バラ色だった。

 彼女は答えをすぐに言ってはくれなかった。しびれを切らした私は、こちらから答えをきくことになった。

 彼女の答えはNOだった。

 彼女は離れている私を好きで居続けることができない、自信がないと言った。私はしょうがないと思った。いたたまれなさと、なんだかわからない申し訳なさからすぐに私は彼女と別れた。

 別れてから私は彼女の言葉を思い出しては、しょうがない、と何度も何度も反芻した。しかし彼女の言葉が嘘だとわかった。如何に離れていようとも心は離れないはずだった。私のまっすぐに向かっている心は離れることはなかった。

僕は彼女が僕を好きではないのだとわかった。僕と彼女に運命はないのだと思った。


 彼女に、初め、私の心は向いていなかった。

彼女は私を好いてくれた。私は自分に好きだという感情をもってくれた彼女が好きになった。彼女の思いは本当だと思った。必然だとも思った。運命を信じてみようと思った。

 彼女は純粋な人だった。人の悪口を云っても、それに気持ちよくなったりせず、すぐに反省をした。彼女はかわいい子だった。

 彼女は私の知らないことをずいぶん教えてくれた。私も知っていることを彼女に教えたが、それはなんだか価値がないものばかりだった。しかし、彼女が私に教えてくれるものは価値があるものだった。輝いていた。ちかちかとする木洩れ日のようだった。それは私がずっと求めていたものだった。求めたいけれど求めることができないものばかりだった。しかし、それはたまに眩しくて痛いほどだった。

 彼女は私といることを幸福に感じているようだった。私もそれを見て幸福に感じていた。しかし、その幸福は彼女に不釣り合いに思われてきた。彼女はもっと幸福を得るべきだと思った。

 しかし、もっと幸福を与えることは私にはできなく思えた。私は、私が彼女に与えているのはただの借り物だと思われてきた。どこかへ行ったり、何かをあげたりしていることが彼女を幸福にしているのだと思えた。もしこのことを彼女に伝えても、彼女は純粋だから、どこかへ行ったり、ものをくれたりするからじゃない、あなただから、そういっていくれるとわかっていた。しかし、それを私は受け入れられないと思った。彼女は盲目になってしまっているのだと思った。いつしか私の心は彼女から遠ざかるようになっていた。


 彼女は僕の心に気づいていた。彼女は僕にそれを云わずによそよそしくなっていた。僕は申し訳なくて彼女に近づいて優しくした。彼女は安心したようだったが、僕はうそをついているように感じた。

 僕は彼女と別れなけらばならないと思った。僕の心は初めから彼女に向いていなかったのだと思えてきた。僕は彼女と感じた幸福は運命だと信じようとしていた。彼女の幸福を考えると僕は別れなければならなかった。でも僕は彼女を悲しませたくはなかった。

 僕はそればかり考えるようになっていた。朝、目が覚めるときも考えていた。

 僕は暗い帰り道に、その時も、彼女のことを考えていた。するとあることに気づいた。それは街灯の下を通るときに気づいた。

 彼女は光なのだと気づいた。街灯は僕を真上から盲目的な光で照らしていた。見上げると眩しすぎた。目を背けると周りの風景に残像が残った。脈動と一緒に残像が浮かんだ。残像は痛く輝いていた。僕は、あぁ、彼女は僕にとって光だったのだな、と思った。なんだか僕は安心した。

 しかし、そのまま、また前に進み始めると、それまで見えなかった自分の影が現れてきた。

 僕は恐ろしくなった。悲しくもなった。彼女を見ていると幸福を感じられたが、そこから目を離すと、比例して濃くなった自分の影を見なければならなかった。

 僕はその影が見たくなくて彼女から離れるが、彼女の幸福をまた見たくなった。しかし、見に行くと決まって自分の濃い影を見なけらばならなかった。僕は幾度もそれを繰り返していた。彼女の前に立って、影を見ないために彼女を見続けようともした。しかし、そうし続けるには彼女の光は高すぎた。

 僕は疲れた頭と体を休ませるために、家に帰らなければならなかった。街灯から離れて、再び帰り道を歩き始めた。僕は濃くなっていく影が徐々に夜に紛れていくのを俯き見ながら歩いた。

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