外伝 二・二六事件前編

-日本:帝都 東京-

1936年2月25日午後9時頃


 雪が降り積もる東京のとある旅館にトレンチコートを来た永田がある人物に合う為に立ち寄った。

 

「遅れてすみません」


「大丈夫ですよ。こんな大雪なら、遅れるのも仕方がありませんしね」


 永田を待っていた人物は、永田と双子と言われても疑わない程、容姿が似ていた。黒目に腰まで伸びた黒髪と長い眉、少し幼さを残しながらも数々の戦場を渡り歩いてきた歴戦の兵士のような雰囲気を漂わせる美少女だった。唯一、永田と違うところと言うならば、海軍の軍服を着ていることだろうか


「では来て早々申し訳ございませんが、始めましょう。永田中将」


「ええ、山本中将」


 彼女の名前は山本五十鈴。史実では山本五十六と言われていた。後の連合艦隊司令長官である。そして、転生者だ。


 「警視庁から近衛師団に所属する皇道派の青年将校らが不審な動きあり、という情報が海軍に入った?」


「ええ、※①思想犯保護観察法の一環として海軍にも情報が入りました」

※1932年の血盟団事件と五・一五事件を受けて、永田が政治家達を動かせて作らせた法律。史実では1936年に制定された。史実と違い五・一五事件では、永田達が介入を行ったことによって、犬飼は重症を負ったものの奇跡的に助かった。しかしそのときの負傷が原因となり首相を辞任してしまった。


「そう、政治家達に作らせた法律ね。まさか、こんなところで役立つとは思わなかったけどね。ところで、海軍はどう動くの?」


「海軍上層部では、対応を陸軍に任せるという声もありましたが、※②岡田首相と※③鈴木侍従長の両海軍大将を守る為に海軍陸戦隊を2個中隊、両官邸に派遣する事が決まりました。官邸にはもう到着しているでしょうから、岡田首相と鈴木侍従長の身の安全は大丈夫だと思います」


「そう、じゃあ陸軍はその他の襲撃場所に部隊を配備すれば大丈夫ね。そう言えば、貴方が1年前、ドイツに行った時に購入した拳銃と短機関銃を海軍陸戦隊とは別で警視庁に提供したって言っていたけど、これを想定して購入したの?」


「そうですね。駐英独大使に邪魔されて、私から会うことは出来なかったんですけど、ヒトラー総統が秘密裏に会いに来てくれました。その時に購入した兵器を警視庁に提供しただけですよ」


「なら、警視庁の方も大丈夫そうね」


「そうですね。そう言えば、青年将校は※④山下奉文に会ったのですか?」


「4日前の21日に青年将校達が蹶起趣意書けっきしゅいしょを持って、山下少将に会っていたみたいだね。憲兵から報告が来てる」


「なら、史実通り皇道派寄りなのは間違いないですね」


「そうだね。出来れば、統制派に入れたいんだけどね。私が暗殺されてないから、山下少将が相沢中佐に包帯かけることもないし、皇道派と誤解されないから大丈夫と思っていたんだけど、彼の部隊出身者に青年将校が多いかったんだけど、やっぱり繋がっていたみたいだね」

※事件直後の相沢に山下が包帯を巻いたということがあり、青年将校達が山下を皇道派と誤解した。


「そうですか…クーデターを起こす青年将校達の兵力はどの程度になるとみられているのですか?」


「1200人から1300人ぐらいになると見積もっているよ」


「史実よりも少ないですね」


「そうだね。恐らくだけど、思想家の2人がいないからだと思う。※⑤北一輝は数年前に憲兵を動かして牢屋にぶち込んでいるし、※⑥西田税は転生したばかりの頃、右翼団体に出会う前に私が抱え込んだしね」


「それは減るでしょうね」


「それでも青年将校達の数が揃っているのは事実、史実通り二・二六事件が起こるのは確実だと思う」


「そうですね。叛乱の鎮圧部隊はもう既に集めているのですか?」


「ええ、4000人が何時でも出撃できる状態になっている」


「それは言っても、大丈夫な情報ですか?」


「軍規ではあるけど、今回は海軍にも協力してもらうから、共有しておいた方がいいでしょう」


「そうですね、陸軍上層部は天皇陛下が動くまで静観するようですが永田さんはどうされるのですか?」


「私達が先に動いて鎮圧までする予定だけど...まぁ上層部の面目は丸潰れよ、」


「それもそうですね。そろそろ戻った方がいいんじゃないですか?今日は大雪ですし」

 

「そうだね。そうさせてもらうよ」

 

 そう言うと永田は、トレンチコートを羽織り、畳に置いてある軍刀を手にとって部屋から出ていった。

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イタリア王国軍記〜美少女ムッソリーニに転生したのでイタリアを改革しイタリア軍にやる気を出させイタリアを勝利に導く〜を

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補足説明(ウイキペディア参考)

①思想犯保護観察法

1936年に思想犯を公権力の下に監視しておくために制定された。欧米諸国では犯罪者に対しての保護観察法はあるが、思想犯を対象の制度の導入は日本が初めて制定した。


②岡田首相

本名は岡田啓介。日本の第31代内閣総理大臣。予備役海軍大将。二・二六事件で叛乱軍に襲撃されたが、義弟の松尾伝蔵秘書官が身代わりになっているうちに首相官邸の女中部屋にかくまわれ、弔問客に紛れて脱出した。事件集結後に総辞職した。第二次世界大戦中は東條内閣打倒の為、倒閣運動を主導した。


③鈴木侍従長

本名は鈴木貫太郎。予備役海軍大将。昭和天皇と皇太后・貞明皇后の希望で予備役になり、侍従長に就任した。なお、鈴木自身は、軍令部長より格下の侍従長になるのを嫌がっていたらしいが、引き受けた理由として天皇に仕える名誉ある職を断ったと言われたくなかったかららしい。二・二六事件では4発撃たれ、最初こそ意識はあったものの病院に運び込まれた時は意識を喪失し、心臓も停止したが懸命な治療もあいまって奇跡的に意識を取り戻した。昭和天皇が信頼していた鈴木侍従長を青年将校達が襲撃したことで、昭和天皇が皇道派への態度を決めた。


④山下奉文

最高階級は陸軍大将。太平洋戦争初期にイギリス領マレー半島とシンガポールを攻略しマレーの虎の異名を持つ。完全な皇道派ではなかったが、皇道派寄りだった。


⑤北一輝

二・二六事件の皇道派青年将校の理論的指導者として逮捕され軍法会議で死刑判決を受けて銃殺刑に処された。「軍事革命クーデター」による改造を提唱し、青年将校等に影響を与えた。


⑥西田税

西田の思想は革新的な青年将校等から絶大に信奉されたが、二・二六事件で逮捕され北一輝と共に死刑判決を受けてそのまま執行された。

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