5.終幕
吹雪が収まり始めた。双眼鏡を覗くと、数十メートル先に小さなロッジが見える。
厚く積もった雪の中で、俺は一発の銃声を聞いた。機密情報保守局が採用している30口径狙撃銃、アキュラシー・インターナショナルAWMの、338ラプア・マグナムモデル。
〈
無線にて告げられる、対象殺害の報。
ホルスターから拳銃を抜き、ロッジへと向かう。俺は本作戦で、外れクジを引いた。死亡確認役をあてがわれたのだ。
ロッジには経営者がいないらしく、所々の建材が崩れていた。玄関ではなく裏口に回り、拳銃を体に引き寄せて構える。CARシステムと呼ばれる銃の扱い方だ。鍵が壊れたオーク戸をゆっくりと開き、トラップの有無を確認。異常なし。そのまま体を滑り込ませる。
「こちら
〈こちらでも確認している。内部の状況を報告せよ〉
「廊下には電気がついていない。窓の明かりだけが頼りだ......違うな、電球が壊されているんだ」
〈
「了解」
吹きすさぶ隙間風が、ネックウォーマーの皺を通り抜ける。拳銃のアンダーレールに装着したライトを点け、リビングに通ずる扉を開く。
死臭が漂ってきた。日本アルプスの気候によって麻痺したはずの嗅覚だが、人の死の匂いを確実にとらえていた。
朽ちた木の床に、真っ赤な血溜まりを作る死体。対人用小銃弾では最強クラスの威力を誇るラプア・マグナム弾が貫通した側頭部は、片方が巨大な花と化していた。こぼれ出た脳漿が、部屋の片隅に積もる雪へと体温を運ぶ。
死人にとって、もう役に立たないだけの温もりを。
息絶えた男の顔から、スキー用ゴーグルを剥ぐ。
「大人びた」
思わずそうつぶやく。
最後に会った日は、7年前......いや、8年前か。この男の名は
首筋に手を当てる。当然、脈など消え去っていた。
「こちら
〈了解。直ちに帰投せよ〉
衛のスキーウェアの前を空ける。懐にシグ・ザウエルが差さっていた。この男が公安を裏切ったときに持ち出した銃だ。P228と呼ばれる小型化モデルは、使い込まれたことを表す細やかな傷がついていた。
それを掴み、正面玄関からロッジを後にする。
ザクザクと雪をかき分けて歩き出す。ロッジを囲んでいた局員たちが立ち上がり、監視用装備や狙撃銃を片付けている。
前からトレンチコートの男が歩いてきた。機密情報保守局局長、
「
「了解、状況を終了します」
「......慣れないな、お前を‘‘ランサー’’と呼ばないのは」
「そうですか」
「これで二人目。残りは三人か」
「もちろん、やり遂げますよ」
再び強まり始めた吹雪が、開いたままの目に染みた。五野局長の横を通り抜け、下山ルートをたどる。
コートの内にシグ・ザウエルをしまい込む。裏切り者だったとしても、彼は俺の仲間だ。いや、‘‘仲間だった’’。
その形見なら、大切にするのも悪くはないかもしれない。
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