第336話 悪魔じゃねーよ
「……あ、あの…………」
ぽた、ぽた……。
油取りの冷や汗が石床を黒く染めた。
地下牢獄に広がる凄惨な光景。
それに村娘の運命を悟り、そしてまかり間違えば真子もそうなっていたと想像して怒りを抑えきれない偽島。
みなも同じ感情になって、彼の行動を止める者はいない。
「い……いや……あはは……は、違うんだよ……こ、これはぁ~~~~……」
助けを求めるように誠司を見上げる油取りだが、誠司もこの光景には目が覚めたらしく、すでにその目は残忍な悪魔を見る視線に変わっていた。
「ひっ……ひぃぃぃぃぃ……」
「いや、待て……」
引き金を引く寸前、止めたのはアルテマだった。
「なんだ? ……安い正義感なら聞かんぞ」
「違う。奥の部屋に気配がある」
「なんだと?」
全員が耳を澄ます。
すると一番奥の隅の部屋から、かすかに小さな息遣いが聞こえてきた。
偽島は銃を突きつけたまま、アルテマと元一がようすを探りに向かう。
恐る恐る、牢屋を覗き込むと――――、
「は、はぁはぁはぁ……はぁはぁはぁ……はぁはぁはぁ……」
そこには小さな女の子たちが10人ほど、身を寄せ合って息を殺していた。
「お……お前ら……」
「ひ…ひぃぃぃ……」
アルテマが声をかけると女の子たちはみな怯えて震え上がった。
小さな娘は5歳くらい。大きな娘は十代半ばといったところ。
みんな体に刺し傷をいくつも付けられ、血が足りないのか、寒そうに青白い顔をしている。
「アルテマ、ここはワシが……」
彼女たちはきっと、先日さらわれた村娘たち。
まだ殺されずに生きていたかと安堵した元一。
しかしアルテマの額に生えているツノを見て、同じ悪魔と勘違いしたか、
だから安心させようとアルテマを下がらせ、自分が前に出る。
「お前たち、もう大丈夫じゃワシは人間――――」
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
「いや、じゃから助けてやると――――」
「う……うわぁぁぁぁぁぁっ!! くるなっ!!くるなぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
だがなぜか、余計に怖がらせてしまった。
その声を聞いて状況を知った偽島。
油取りに問う。
「誰かを殺したか?」
「い……いい、い、いや……こ、今回は……まだ」
「そうだな。まだだな。良かったな。俺もまだお前を殺さないでおこう」
無表情に言うと、引き金にかけていた指を緩め、銃口を油取りから外した。
「ああキミたち、もう大丈夫だ。なにも怯える心配はない」
「はい……ありがとうございます王子様っ!!」
「ありがとう、綺麗なお兄ちゃん!!」
「うえぇぇぇぇぇん怖かったよう~~~~クロード様ぁ~~~~!!」
元一も、六段も、ヨウツベも、誠司も。
誰が覗き込んでも激しく怯えられた。
女のぬか娘でも同じ。
しかしクロードが格子の前に立った途端、少女たちの顔に笑顔が戻った。
ラグエルの魔法で鍵を消し、傷をヒールで治してあげた。
終わった頃には少女たちの全員がクロードに惚れてしまっていた。
「まぁまぁ……ゲンさん。子供は見た目ですから。僕たちはその……ほら、お世辞にも白馬の王子様には見えないでしょう?」
「……いや、べつに気にしとらん」
「わ、私はっ!? 私は怖くないよ?? ねぇなんで?? どうして怖がられたの!??」
「ぬか娘は……もう……ほら。完全にエロ悪魔の格好だし……」
「ガーーーーーーーーーーーーーーーン……」
「ともかく無事で良かった。だれかこの子達を村まで連れて帰ってくれるか?」
「おうゲンさん。それならワシが行こう」
手を上げたのは六段だった。
ここで戦闘要員が欠けるのは痛手だが、子供たちを放ってはおけない。
そうなると抜けるのは自分だとすぐに判断したようだ。
「……すまんな」
「なぁに。子供たちより大事なものなどありはせん。むしろ誇らしいぐらいだ」
「あ……それなら私も同行します。アルテマさん……申し訳ありません」
村長の誠司も子供たちにつくようだ。
しかしそれよりも何よりも、村の子供のほうが大事。
彼もそう判断したようだ。
「問題無い。あとは私に任せてくれ。……おい。地上に上がる通路はあるか?」
アルテマが油取りに問い詰める。
戻るにしても、ザキエルの風がなくては戻れないからだ。
子供たちは油取りを見て激しく怯えている。
みなクロードの背に隠れ、ガタガタ震えていた。
そんな悪魔を、ツノを生やした鬼の少女が威嚇している。
睨まれた油取りは怖気づき、涙目で、
「あ、あ、あ、あります……ありますぅ~~。だ、だから堪忍しておくれよぉ……はは、はははははは……は……」
命乞いをするように縮こまった。
その姿を見て子供たちはやっと、アルテマに微笑んでくれた。
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