第174話 事件発生

「……とは言ってしまったものの……一体どうすればいいのだ……」


 朝ごはんのお味噌汁(小松菜)に箸を沈めながら、アルテマは深い深いため息をついた。


「格好つけて大見得を切るからじゃろう」


 考え込んで眠れなかったのだろう、赤い目をしたアルテマ。

 それを眺めながら元一が納豆をまぜている。

 あのあとアルテマは、攻撃してきた真相を聞き出すため直接難陀なんだの元へと乗り込もうとした。

 しかし危険だと元一に止められてしまう。

 真相もなにも、目的はあきらかだった。

 生贄の本命を食うに邪魔な存在を処分したのだ。


「不用意に近づかんかぎり何もしてこないと思っておったが……。こうなっては、こちらも警戒していかなければならん。話し合いたい気持ちはわかるが、むやみに行くのは危険すぎる」


 元一の言うことはもっとも。

 だが、異世界との門が閉ざされかけているいま、呑気ノンキにようすを見ている場合でもない。なんとかして早急に、奴を倒すか、もしくは封印しなおす手段を見つけなければならない。


「何事も急いては事を仕損ずる。気持ちはわかるが、まずは落ち着いてようすを見よ。……いいなアルテマよ」

「…………うむ」


 しぶしぶうなずく。

 そのくらい自分にもわかっているのだ。

 しかし異世界の戦況や、エツ子の気持ちを考えるとどうにも気がはやっていけない。これも幼児化してしまった副作用なのかと、アルテマは憮然としながらもごはんをかき込んだ。





「た、た、大変やっ!!」


 事件が起こったのは、お昼がまわってからのことだった。

 いつものように、鉄の結束荘でカップラーメンをご馳走になりつつ今後のことを相談していたアルテマ。そこに血相を変えた飲兵衛が走り込んできた。


「む? ど、どうしたのだいきなり」

「ちょっと飲兵衛さん、ご飯どきにそんな酒臭い体で入ってこないでよ~~~~」


 迷惑そうに団扇うちわをパタパタするぬか娘。


「酔っ払って走ると危ないですよ? いや、医者にこんなこと言うのも釈迦に説法かもしれませんが……」


 水をコップに一杯。ヨウツベが心配した。

 いったいなにをそんなに慌てているんだろう?


「わ、ワシかてなぁ……ゴクゴク……走りたくなかったわ……ゴクゴク……ほ、ほんでもなあ……ゴクゴク、一大事やってんから、しゃーないやろ、おかわり」

「それで、一大事とは?」


 おかわりを注ぎながら聞いてみるヨウツベ。

 アルテマやぬか娘も注目する。

 飲兵衛は二杯目の水を飲み干すと、


「犠牲者や、とうとう生贄の犠牲者が出たかもしれんのや!!」

「「ぶーーーーーーーーーーっ!!!!」」


 その言葉に、アルテマとぬか娘は同時に麺を吹き出した。





「な、な、な、な、な、なんだってっ!? ど、ど、どういうことだ飲兵衛!?」


 鼻から一本、麺を垂らしながら、おもいっきり飲兵衛の肩を揺さぶるアルテマ。

 難陀なんだが生贄を引き寄せる能力があるのはしっていた。

 どういう手段で呼ぶのかはしらないが、しかし集落への道が閉ざされている以上、あるていどは安全だと思っていたが……。


「さ……さささ、さっき町の診療所で聞いたんや、最近、ここら周辺の町村から若い女の行方不明者がたくさん出ているってな、あばばばば!!」

「行方不明者が……」

「たくさん……」


 穏やかじゃない話に、ヨウツベとぬか娘の表情が固くなる。


「ここ二、三日の話らしいわで。しかもな、行方不明になった者の数人が、ここ蹄沢集落の方へ向かって行ったって話が出ててな」

「……この集落に?」

「そうや」

「向かったって……どんなふうに?」


 ぬか娘が聞く。


「……なにか心あらずって感じでな……こう……取り憑かれたようにユラユラ揺れながら歩いとったらしいで? ……しかも夜中やで?」

「夜中に……取り憑かれたように」

「こっち方向に……」


 四人は顔を見合わせる。

 これだけの話だと、たんに酔っ払いとか、夜遊びの不良がフラフラしてただけ、と考えることもできるが難陀なんだの存在を知っているアルテマたちから言わせれば、それはもう完全にヤツの仕業と思ってしまう。


 というか多分そう。


「……昔の伝承や祭りを知っている年寄り連中は、すでに噂しとるわ……〝蹄沢ひずめさわの龍が呼び込んだ〟てな」

「蹄沢の龍……それって完全に難陀なんだのことだよねぇ~~。やばい~~バレてるってこと~~? え~~と……それってどうなんだろう……マズイのかな? マズイことなのかな??」


 狼狽うろたえるぬか娘に、ヨウツベが考え込みながら、


「……マズイ……というか。……うん……マズイだろうね。一番良くないのはもちろん犠牲者が出たってことなんだけど……。くわえてそんな噂が広まってしまえば……」


 言ってる矢先、リビング(職員室)に一つだけある黒電話がけたたましく鳴った。

 嫌な顔をしてヨウツベが出ると、


『あ~~もしもし……こちら和歌山県警の者なんですけどもね。ここ最近起こっている行方不明者のことで……ええ、ええ、少しお話を聞きたいとね、思っておりましてね。よろしいでしょうかね?』

「……こうなるんだよ」


 送話口を押さえながら、引きつった笑顔をみなに向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る