第163話 拒絶の悪魔・季里姫⑤

『ぐ、ぐああがああぁぁっぁぁぁああぁぁぁぁあぁっ!!!!』


 聖剣の浄化力と暗黒魔法の破壊力。

 二つの脅威にさらされた怨霊季里姫。

 霊体の内側から、光と黒炎を吹き出し断末魔の叫びをあげる。


「やったか!?」


 茂みに隠れて一部始終を撮影していたヨウツベは勝利を確信し、小さく拳を上げるが――――、


「あ、それ死亡フラグ」


 同じく並んで伏せていたぬか娘が冷たい視線を向けた。


『ぐ……ぐぐぐぉおおぉぉぉおぉぉ……』


 予感通り、致命傷を喰らったと思われる怨霊だが、すんでのところで踏みとどまり腹に突き刺された聖剣を掴んだ。


「むっ!? ……こやつ、離せっ!?」


 反撃の気配を感じ取ったアルテマは、剣を引くが、怨霊の手に食い込んだ刃はびくともしない。

 怨霊は手を聖気に焼かれながらも腹から引き抜き、アルテマごと頭上へと持ち上げた。


「ぬおぉっ!??」

『我の体に傷を付けるとは……貴様……もはや楽には殺さんぞ!! ――――ぬんっ!!!!』


 思いがけぬ大きなダメージを食らい、逆上した怨霊は、その怒りを爆発させるようにアルテマを地面に叩きつける!!


「くっ!!」


 ――――バッ!!

 とっさに手を離し逃れるアルテマ。

 それでも勢いづけられた体は吹き飛ばされるように飛んでいき、縁側の元一の側まで転がった。


 ――――ドガッシャアン――どごんっ!!

 柱へ背中を強打し、悶絶する。


「アルテマ大丈夫か!?」

「く……ああ、大丈夫だ」


 霊力もさることながら腕力も凄まじい。

 さすが上級悪魔、付け入るすきがない。


「まずいな、聖剣を奪われたぞ」


 代わりに、転がっていた自分の竹刀を拾い上げ、苦い顔をするアルテマ。

 悔しいが、魔呪浸刀レリクスの加護ではあいつにダメージを与えることは難しい。かつての自分なら相性など、モノともせずゴリ押しで叩き切っていたのだが、この次元の加護いまのレベルでは、やはり聖魔法の属性がなければきびしい。


 アモンが通ったのも聖剣が口を開けてくれたからだった。

 しかしそのダメージすらも、


 ――――しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。


「お、おいアルテマ、あいつ……傷がふさがっていっているぞ!?」


 六段が慌てて振り返る。


「ああ……空間の魔素を取り込んで回復しているのだろう。実態のない悪魔は魔素をつむいで身体を形作っているからな」

「じ、じゃあヤツは無限に回復できるということか!?」

「……べつにそいつに限ったことじゃない。悪魔ならみなできる芸当だ。私らが食事で体力を回復させるのと同じだ。要はそれまでに大ダメージを与えて魔素分解させてやればいいだけだ」

「なら悠長に眺めている場合じゃないだろう!!」


 六段が戦闘態勢をとる。

 元一も弓を構えなおし魔法の矢を生み出した。


 六段は魔法具を使ったせいで額に脂汗を浮かべている。

 魔力を消費するのに慣れていないのだろう。

 元一はまだ平気な顔をしているが、帝国の若いレンジャーほどに連射できる魔力はないはずだ。


「一気に決めるぞ!! 元一、援護を頼む!! 六段!!」

「おうっ!!」


 戦いを長引かせれば、それだけ不利になる。

 勝つには、一息にたたみみ込むしかない。

 アルテマは六段とともに怨霊に向けて再び突進した。

 その頭をかすめるように元一の矢が三本、追い抜いていく。

 怨霊はその軌跡を冷静に見極めると、


『小賢しい』


 ――――バキャキャキャンッ!!

 聖剣でそれを全て打ち消してしまった。


「な、なにっ!?」


 怨霊の脇差しならばいざ知らず、クロードの玩具の剣バカのガラクタごときに自慢の矢を消され、自尊心に傷がついてしまう元一。

 しかし怨霊の注意は引き付けた。

 最低限の援護の役割は果たしたので、ここはひとまず良しとする。

 ガラ空きになった怨霊の脇腹に、まずは六段が突っ込んだ。


「悪霊退散だ!! くたばれいっ!!」


 ――――どごっ!!!!


 渾身の回し蹴りが怨霊にめり込んだ!!

 装備しているホーリークロウは手甲だが、その加護は身体全体に及んでいる。

 なので蹴りにもしっかり聖属性が付与されていた。


「手応えあり!! どうだぁぁぁっ!?」

『ぐぅ!!』


 聖なる属性分、多少のダメージは入ったようだが、


『賢しいと言ったぞ、人間よ?』


 ――ザシュゥッ!!!!

 わずかに身を捩っただけの怨霊は、返す刀で六段を袈裟斬りにした。


「ぐわぁぁぁぁっ!??」

「六段っ!?」


 斜めに振り下ろされた聖剣は肩から腹まで走り、切り口からは血が吹き出す。

 やられたかに見えた六段だったが、


「ぐおっ!!」


 即座に後ろに跳び下がると、滑りながら膝をつく。

 そしてすかさず顔を上げると、


「肉を切られただけだ!! かまうな!!」


 その声を背に受け、アルテマは心でうなずく。

 戦いは慣れている。

 仲間が傷つくことにも慣れている。


 この場面で一番してはいけないのは相手から目をそらすこと。

 アルテマは六段の血を顔に受けながら、しかし動じず怨霊の懐へと潜り込む。

 そして再び開いた胴体に、渾身の突きを放った!!


 竹刀には魔呪浸刀レリクスの加護。

 悪魔属性同士、威力は半減される。

 だからまだ塞ぎきってない腹の傷を狙った。

 しかし、


『だろうのぉ』


 怨霊がニヤリと笑う。

 その武器で自分を傷つけようとするならば、ここしか狙って来ない。

 それを読んでいたからだ。


 ――――ギャンッ!!


 突いた竹刀の刀身が、真っ二つに割られた。

 聖剣で断ち切られたのだ。

 クルクルと空中で回る剣先。

 魔呪浸刀レリクスの加護をまとったそれをスローモーションで見上げながらアルテマは、


(ク……クロードごときのナマクラに……この私の剣が破られただと……)


 本人に負けたわけではないが、しかし無性に腹が立つ。

 しかしもっと腹立たしいのは、ダメだとわかっていながらも、怨霊から目を逸してしまったことだった。

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