第143話 悲しい話

 かつて、大和の国のとある村で一人の旅の若者と村娘が恋に落ちた。

 二人の想いは晴天の空よりも深く、湖よりも綺麗に輝いていたが、しかしその幸せは長くは続かなかった。

 結ばれることを、娘の父が許さなかったからだ。

 二人は嘆き、それでも親には逆らえず、引き裂かれることとなる。

 若者は娘に言った。

 ともに旅にでよう。

 すべてを捨てて二人で生きていこう。と。

 そして約束の晩。

 若者は約束していた山の中で娘を待った。

 その日、娘が父の用意した他の男と祝言をあげていることも知らずに。

 待ち続けた若者はやがて力尽き、龍へと変わった。

 龍は永い時を泣き続け、やがて娘の姿を忘れ、悲しみだけが残った。

 龍はいつしか女を喰らうようになった。

 ひとつになれるように、想い人の魂を求めて……。





「うおぉぉぉぉぉぉぉ……なんて悲しい話しなんやぁ~~」


 一升瓶をドンと置き、飲兵衛が鼻水を垂らした。

 元一をはじめ、年寄りたちはみな占いさんの話に感動し泣いてしまっていた。

 そんな人たちにぬか娘が、


「いやいやいや……ありふれてるよ? わりとよく聞く昔話よ? こんなの世界中に千個くらいあるよたぶん」


 と、あきれる。


「わ、わ、わ、わかっとるわい……。しかしな、歳を取るとな……こんなんでも問答無用で泣けるようになるんだ……く、くくく……不憫な若者よ」


 ランニングシャツを湿らせて六段が震えている。


「と……とにかくグス……その龍が……じゅる……裏山に現れた難陀なんだだというのですか……うえぇぇぇぇん……」

「いや、あんたも泣くんかい」


 ヨウツベにジト目を向けるぬか娘。

 占いさんはお茶をすすりって一息つくと、うなずいた。


「うむ、ワシがここに越してきて四十数年……どこかで似た龍の話を聞いたと思い出してな。隣集落の住職に尋ねてきたのじゃ。……それによると、なんでもこの周辺の村々は、かつて、その龍の無念を鎮めるため毎年『鎮魂の祭り』なるものを開いておったようじゃな」

「そ、そうなのか……そんな祭り、わたしらは知らないぞ?」


 とモジョ。

 それに対し元一が鼻を噛みながら説明する。


「かつてその龍を祀った神社があの祠の場所に建っていたそうじゃ。しかし太平洋戦争の空襲で運悪く焼けてしまい、終戦してからも再建はおろか祭りをひらく余裕もなく……いつしか忘れられるようになったということじゃ。……だからワシら地元の年寄りもそのことを思えている者はもうほとんど残っていない」

「その……伝承――昔話の舞台があの裏山なのか?」


 そう聞いたのはアルテマ。

 占いさんはうなずいて、


「そうらしいの。……もっともそれがいつの頃の話なのかまではわからんかったがの」

「……そんなもの、ただの昔話と笑ってしまうところ。……でも、龍が実在していたということは……本当の話みたいだな……」


 モジョの言葉に、アルテマは考え込む。


「話の通りなら……あの龍、近づく娘の魂を片っ端から喰らっていたと?」

「そうじゃ。祭りをするようになってからは龍も姿を現さなくなったようじゃが……」


 答える占いさん。


「喰われた娘はどうなったのだ? ひとつになるとは?」

「どうじゃろうな。……龍に飲まれて魂が交わるということじゃろうかの?」

「そもそも……なぜ龍になどなるのだ?」

「昔話に龍はつきものじゃからの……しかし……」

「信憑性のない伝承ではなく、事実なのだからそこには必ず理由があるだろう? なぜ人であった若者が悲しみで龍に変わったのだ? 異世界でも似たような話はあるが……そこには必ず呪術や魔法が関わっている……それも禁忌のな。これもそういう類の話ではないのか?」

「……そうだな」

「占いさんは、あの祠が龍脈に繋がっていると言っていたが、それとこの話は因果があるのか?」

「……この日本では」


 ずずず……と、またお茶をすする占いさん。

 元一をチラリと見る。


「ああ、ワシも続きが聞きたい。話してくれ」


 うなずく元一の額には汗が浮かび、いつになく真剣な表情。

 アルテマはそんな元一のようすが少し気になったが、すぐに占いさんの話に集中した。


「全ての魂は龍脈をたどり輪廻に返るとされておる。……しかし生前の無念に引かれ流れに逆らうものは龍の影響を受け、鬼になり、それでも抗うものは龍そのものに成り代わり、現世に災いをもたらすという」

「……それがあの龍というわけか」

「だったらそのお祭りを再開したら大人しくなってくれるの?」


 言うぬか娘にモジョが首を振る。


「……いや、問題はあの龍が異世界転移に関係しているのか、ということだろう?」

「あ、そうか」

「そうですね。……龍に取り込まれた魂は龍脈にのってどこに行くのか……?」

「それは……」


 アルテマは自分の考えをみなに話した。





 ――――カラン……コローン。


 その日の晩、夕飯を食べていたアルテマの頭上で突然ベルの音が鳴り響いた。

「師匠……?」

 開門揖盗デモン・ザ・ホールの呼び鈴だとすぐにわかったが、音色が弱く違和感を感じる。


 アルテマは嫌な予感を覚えつつ、呼び出しに応じた。

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