第84話 望むもの

『た、た、た……大変お見苦しいところをお見せしました……』


 アルテマの声と皆の呆れた視線、そしてアニオタの興奮の鼻息に気が付いたジルとルナは、目が覚めるなり飛び上がり大騒ぎした。

 昨日も明け方まで水毒に犯された人達の治療に奔走し、疲れ果て、風呂にも入らず床で寝てしまったらしい。

 二人はとんだ醜態を晒してしまったと、短いワンピースの裾を引っ張りながら縮こまって頭を下げている。

 実年齢はともかく見た目は二十歳そこそこのジルと、問答無用に若いルナの太ももはとても眩しく、元一と六段はさすがに目をそらして気まずそうにしていた。

 しかしアニオタだけは最大限のイケメンズラで、

 

「いやいや、こんな朝早くから連絡をしてしまったこちらの落ち度です。どうかお許しを。お二人においてはどんな格好であろうとも、その麗しさに陰りなどありません。どうかお気になさらず、そのままの服装でお話をお願い致します。とくにルナ殿お願いします」


 キリ。

 と、眉毛を太くする。


「……お前、まだ取り憑かれとるんちゃうやろな?」


 その綺麗なジャイ◯ン的な横顔に、いちまつの不安を覚える飲兵衛だが、


「なにを仰るのです。わたくしはいつもこうではありはりばまもれ――――ぐはっ」


 慣れない喋りに舌を噛んで転がり回る馬鹿を見て、ああ大丈夫だと安心する。


「も……申し訳ありませんでした師匠……その、こちらも急ぎの用事でしたので……こんな朝早くに無礼ながら連絡をしてしまったしだいです……」


 にぎやかな男たちは放っておいて、とにかく無礼を謝罪するアルテマ。

 そんな彼女にルナはかしこまり、ジルは大らかな笑顔で微笑んだ。


『い、いいんですよアルテマ。あなたが急ぎだと言うのならば、きっと重要な問題でも起きたのでしょう? ……なんでもお話しなさい』

「は、それが……」


 ここ一連の、おおまかな騒ぎの内容は昨晩にジルに伝えてある。

 加えていまは結界に閉じ込められてしまった二人のことを相談した。


『まぁまあまあ、それではその、いんたねっつー? と言うものを繋がなければいけないのですか? ……よくはわかりませんが大変なことになっていますね……』

『ジル様、いんたーねっと、で御座います。それでそのアルテマ様……そちらの御事情は理解したのですが、こちらに送られて来るはずの異世界の秘薬とやらは……』


 失礼を承知で、ルナが割り込んでくる。

 もちろんこちらの問題よりも異世界の惨劇のほうが深刻なのはアルテマも重々承知だ。

 先日と変わらず、人の吐瀉物や体液で汚れ、着替える暇もなく働き続けているだろう二人を見て失礼などと思うはずがない。

 むしろ不甲斐なくもトラブルを抱えている自分が恥ずかしいくらいだ。


「薬は昨夜、このアニオタが手配してくれた。おそらく明後日には準備できるだろうとの見通しだ」

「お、お、お、お任せあれ!! この私、アニオタ、いや『斎藤 順』が命をかけて準備しているでござる、あいや、ですます!! か、か、か、必ずやあ、あ、あ、愛のこもったお薬を用意してありはれへりろ!??」


 性懲りもなく慣れない紳士を演じ続けるアニオタ。

 すでに舌が血まみれで千切れそうになっている。

 とにかくルナにいい格好を見せようと必死なのだが、ルナはそんなアニオタに引きつった苦笑いを返すばかり。


「わかったわかった。とりあえずお前は引っ込んでいろ、話しが進まん。だいたいお前、携帯でポチポチ注文しただけだろうが。なにが命だ、格好をつけるな」

「ああ、な、何をするでござる!! そ、そ、それでも僕の偽装技術がなければあんな量の薬、とても一度に手配出来なかったのでござるよ!??」

「わかったわかった、お手柄お手柄」


 わめくアニオタを引っ張って後ろへ下がっていく六段。

 アルテマは苦笑いで汗を拭いつつ、


「ですがそちらに届けるには、それに見合った代償を用意してもらわねばなりません」


 と、ジルに言う。


『そうですわね。もちろん事態を収めるため、帝国は一切の代償をいといません。陛下からも了承は得ています』

「そこで、今回の取引ですが……師匠の操る『地の精霊』のお力をお貸しいただけないかと……」

『地の精霊……ですか? それはまたどうして?』


 聞かれたアルテマは懐から黒いホースのような物を取りだすと、ジルに見せた。

 それは短くカットされた一本の通信ケーブルだった。


『? これは?』

「こちらはその、いんたーねっとを導く導線でございます。この内側にある金属の縄を伝っていんたーねっとはやってくるのでございます」

『はあ……。?? ……。』

「今回の事件はこの縄が断ち切られたことが原因だそうなのです」

『まあそうですか……』

「ですので、これを繫ぐことが出来れば――――」

『ああ、なるほど。その、いんたねつくが使えるようになるわけですね』

『いんたーねっと、です、ジル様』

「はい。そしてこの縄の核となる素材は鉱物――すなわち」

『地の精霊の管轄下というわけですね。なるほど……でしたらゴーレム召喚の秘法が妥当でしょうか。しかし、そちらの世界で上手く発動するかは……』

「私の呪文は問題なく使えています。魔素の濃淡具合で多少威力は落ちていますが、師匠ならばそれでも充分効果を発揮できるでしょう」


 アルテマの言葉に、ジルは納得したようにうなずいて。


『わかりました。では我が秘術を以て今回の対価とさせていただくとしましょう』


 と、快く承諾した。


 元一を始めとする集落のメンバーは、はたしてどういうことなのかイマイチ理解できてなかったが、とりあえず話はまとまったと拍手をした。

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