第82話 二つの結界

 鉄の結束荘へ急いで向かうと、そこに飲兵衛と占いさんはいた。

 飲兵衛は元一から借り受けた猟銃を抱えて不安そうにたたずみ、占いさんは一仕事終えたとばかりに手頃な花壇のレンガに腰掛けて休んでいた。


「な……なんだこれは……」


 そこにやってきた元一たち。

 ピンク色の光にすっぽり包まれた校舎を見上げて、唖然と口を開ける。


「う、う、う、う、占いさん!! こ、これは一体なんなの?? モジョは!? ヨウツベさんはどうなったの」


 異様な光景にうろたえて、ぬか娘が状況の説明を求める。


「そ、そうじゃ、置き書きには二人が暴れだしたと書いてあったが?」

「……おお、それやけど」


 元一の問いに飲兵衛はかくかくしかじか、事の説明を始めた。





 アニオタ捕縛隊の四人を見送ったあと、しばらくしてモジョ、ヨウツベ二人の叫び声が響いてきたらしい。

 何事かと様子を見に行ってみると、そこには校舎から外に出て、集落をゾンビのようにうろつくヨウツベと、ボロボロに砕かれたPCパーツをそれでもまだ地面に叩きつけ奇声を上げているモジョがいた。

 その症状を直に見た占いさんは二人の中に悪魔の存在を感知し、即座にお祓いを開始した。


「おいおい無茶をするじゃないか。……俺たちでさえアニオタこのバカ一人を大人しくさせるのに随分かかったんだぞ?」

「いやそれがやな、占いさんときたら……」


 六段が心配して言うが、飲兵衛はあきれた顔をして休んでいる占いさんを見ると、


「例の杖の一振りで二人に取り憑いていた悪魔を二体同時に、しかも一瞬にして倒してしまいよったんよ。それだけやない、次々と湧いて出てきた新手の悪魔も、来るなり来るなりばったばったと消して回り、物凄い大太刀回りを演じてみせたんや!!」


 興奮しながら説明する飲兵衛に、アルテマは訝しげな顔で占いさんに聞く。


「連続して悪魔退治など……そんな魔力どこから出てきたんだ?」

「うん? お前さんらが先に悪魔を倒しまくっとったじゃろ? 霧散した魔素が麓まで漂ってきていたぞ? そのおこぼれを頂戴したんじゃよ。老いても法力さえあればわたしもまだまだ現役よ。生まれたてのヒヨッ子妖魔なんぞいくらかかってきてもものの数ではないわ」


 カッカッカと事もなげに笑ってみせた。


「しかし、それでもキリがなかったじゃろう? あれだけの数をまさか一人で……」


 際限なく出現し、空を埋め尽くしていた悪魔たちを思い出し、ゾッとしながら元一が聞いた。


「ああ、まぁそうじゃな。あの数は流石にわたしも面食らったが……なに、だからこそのこの結界よ」


 そう言って目の前に展開している桃色の光を杖で指してみせた。


「その場で閉じ込めても良かったんじゃがな。雨ざらしにするのもなんじゃし……適当な悪魔に憑依し直させて二人をこの校舎に誘導したんじゃ。そしてまるごと外界と隔離した。……これでいくら悪魔どもが近づいてきても二人に手は出せん」


 半円形の光の奥には揺れる校舎の姿が見える。

 ぐにゃぐにゃと波打ち歪むその姿は、まるで時空の狭間にでも挟まったかのように不安定で、怪しいことこの上ない。


「ちょちょちょ……そ、そ、そ、それじゃこの中に二人が閉じ込められてるっていうの!? そ、そ、それって大丈夫なの?? 私の宝物とかも大丈夫なの?? ぬか漬けとか、傷んじゃわない!??」

「こらこら、人とガラクタと食糧を同じ価値として心配するな。……で、大丈夫なのか?」


 と、六段。


「安心せい、中は時が止まっておる。モジョもヨウツベもガラクタも漬物もみんな無事じゃ……取り付いている悪魔もな」

「悪魔も無事なの!!??」

「ああ、封印とはそういうもんじゃ。何もかもありのままの形で仕舞っておくんじゃよ、何十年も何百年も何千年も」

「駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目っ!!」


 何千年と聞き、慌てて占いさんの肩を揺さぶるぬか娘。

 そんなことされたら、いつか目覚めるその世界で二人の新たな物語が始まってしまう。

 そんな結末……ちょっと見てみたい気もするが、ヨウツベはいいとして、基本インドアで打たれ弱いモジョには耐えられないと思う。


「冗談じゃよ。わたしがあつらえた封印じゃ、解こうと思えばいつでも解ける。しかしの……根本の問題を解決せんことには、解いたところでまた悪魔たちが群がってくるじゃろう。のうアルテマや」


 全てを理解している顔で占いさんが見上げてくる。

 アルテマは、さすがこちらの世界の魔法使いだけあって、理解が早いと頼もしく思うが、同時にどうしても聞いておきたい疑問があった。


「……この結界……私の世界の『封魔の結界』と瓜二つなのだが……なにか関係があるのか?」

「ほぉ……これと同じものが異世界にもあると言うのか。……ふむ、だとしたら面白いのぅ……。もしかすると大昔にも、いまのワシらと同じような出会いがあったのかもしれんな……」


 そう言って占いさんは、あの龍穴の祠がある方角を眺める。


 アルテマも同じことを考えていた。

 もし、過去にもいまの自分と同じように異世界からやってきた者がいたとしたら。

 そしてその知識をこの地に根付かせたとしたら。

 両世界に同じような秘術があるのも説明がつく。

 異世界にもこちらの世界の影響を受けているなにかがあるかもしれない。


 どちらにせよ、この不思議な出来事を体験しているのは自分だけではないはず。


 もしかしたら、いまこの瞬間にもどこかに自分と同じ世界、いや、まったく別の第三の世界からやってきた人間がいてもおかしくない。


 アルテマはそんな不安と期待が入り混じった表情で空を見上げた。

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