第75話 アニオタの乱⑦

「な、なんだと!?」


 その勢いに気圧されて尻もちをついてしまうアルテマ。

 新たな悪魔に取り憑かれてしまったアニオタは、これまでとはまた違う、怪しげな女の雰囲気をその身にまとい、


「ほほほほほ、これしきの罠でわっちを捕らえようなんぞ100年早いんでありんすよ? どれ、では久しぶりに外界のおなごでも舐めてこようでありんしょう?」


 と、誰のものだかわからない口調で気持ち悪く笑うと、


「ぐるふふふふふふふふふふふっ!!!!」


 一変、獣の呻きを残して走り去ってしまった。


「な、なんじゃあ……ありゃあ……??」


 何が起こったのか? わけがわからず見送る元一に、


「くそ、除霊したそばから別の悪魔が入り込んだか!!」


 やはり予想していた通りかと、アルテマは苦い顔で立ち上がった。


 アニオタにとって生きる希望なのだろうアニメ鑑賞とやらの趣味。

 それを取り上げられた現実が解決しないかぎり、彼の心の穴も永遠に塞がれない。

 そしてその穴がある限り、悪魔どもはそこを憑依の足がかりとし何度でも入り込んでくる。

 まずは彼の心の風穴を塞がらなければ何も解決しないのだ。


「さっきの悪魔に代わり、別の悪魔が憑依したのだ!! とにかく追うぞ、このままヤツを放っておいたらなにをしでかすかわからんぞっ!!」

「そ……そうか、わかった追いかけよう!!」


 アルテマの説明で事態を何となく理解した元一は、それ以上詳しく聞く場面ではないと猟師の勘で判断し、ともかくアニオタを止めるべく後を追う。

 アニオタ、もとい、憑依した悪魔は麓のほうへ駆けていった。


「外界のおなごを舐めるとか言っておったが……まさか!?」

「ああ、今度のやつはさっきのよりもさらに色欲が強そうだ!! はやく止めないと生きた女がその餌食に――――!!」


 言ったそばから、


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 でっかい悲鳴が下の方から聞こえてきた。


「む、この悲鳴は!?」

「ああ、ぬか娘のものだ!! 急ぐぞ元一!!」


 二人は転がり落ちるほどのスピードで坂道を駆け下りる。

 アルテマの短い足が袴の裾に引っかかり転びそうになるが、そこを元一が上手いこと拾い上げつつ、絶妙なコンビネーションで下って行くと――――、


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!! やめて来ないでっ!! ばっちいばっちい、ほっぺたを舐めないで!! 誰か助けて~~~~っ!!」

 と泣きわめくぬか娘と、

「ぬおぉぉぉぉぉっ!! この腐れ痴れ者がぁぁぁぁぁっぁ!! ワシだけでは飽きたらず、おのれが義妹にまで手を出すというか~~~~っ!!!!」


 彼女に覆いかぶさるアニオタをドカドカ殴りつける六段がいた。


 アニオタ(悪魔)はぬか娘の頬をいやらしく、かつ美味しそうに、れろ~~~~んと舐めると恍惚の表情を浮かべ、


「おぉおぉ……何百年ぶりかのぉ……生娘の味じゃ。青臭くも初々しい、おぼこの味じゃぞえ~~~~♡」


 とヨダレを垂らして興奮している。


「おのれ、貴様!! とうとう落ちる所まで落ちたか!! ええい、しかしこれだけ殴りつけてもビクともせんとはどういうことじゃっ!!??」


 生理的嫌忌に身を震わせ、気が遠くなってきているぬか娘を助けようと何度も殴打や蹴りを打ち続ける六段だが、不思議なことにアニオタの身体にはまるでダメージが入っていないようす。


「そいつはいま悪魔に意識を乗っ取られている!! なので通常手段でいくら攻撃しても本体である悪魔にはダメージなど届かんぞ!!」


 追いついてきたアルテマがそう解説する。


「なに、そうか!? ならいつものアレをかけてくれ!!」

「了解だ!! だがやりすぎるなよ!!」

「わかっとる!!」


 六段が返事すると、アルテマはすでに口の中で唱えておいた呪文の最後の文言を魔神に捧げる。


「――――魔呪浸刀レリクスっ!!」


 ――――ドンッ!!!!

 結ばれる力言葉と同時に、六段の手足が赤黒く光る。


「よし、これでいい!! くらえい!! この恥知らずがぁぁぁぁぁっ!!」


 ――――どめしゃっ!!

 退魔の加護を付けられた六段の拳は、ほとばしる粛清のオーラとともにアニオタの横っ腹に深くめり込んだ!!


「「ぐっはぁぁっっぁぁぁぁああぁっっ!!!!」」


 断末魔の叫びが二つ。

 一つはアニオタ自身。

 もう一つは憑依していた悪魔のもの。


 堪らず飛び出してきたその悪魔は、びちゃびちゃと濡れた長い髪を弾けさせ、乱れた着物からは、鱗に覆われた女体があられもなくさらけ出される。


『濡れ女。日本の妖怪。エッチくて凶暴、近寄っちゃダメだぞ☆』

 婬眼フェアリーズが解析してくれた。


「六段!!」

 アルテマの示唆に、

「わかっとるわいっ!!」

 六段は即座に標的を濡れ女に切り替えると、


「どぅおぉぉぉぅりゃあぃっ!!!!」


 ――――ヒュッ、ドギャコッ!!!!

 渾身の上段回し蹴りを、その顔面にぶちかました!!


『ぼぶっはあぁぁぁっっぁぁぁああぁぁあっ!!!!』


 その衝撃に、濡れ女の霊体は大きく弾けて吹き飛ばされる。

 そこにすかさずアルテマの魔素吸収ソウル・イートがたたみかけると、


『ごぐわぁぁぁっっぁぁぁぁぁっ!!!!』


 しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!

 濡れ女はあっけなく魔素へと変換されアルテマに吸収された。

 しかしアルテマは気を緩めることなく、そくざに虚空へと目線を飛ばす、


「油断するな!! まだまだ悪魔は湧いて出てくるぞっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る