第67話 第二の計略

「くぉうらっ、この腐れ青二才っ!!」


 工事途中で中断された仮設橋梁きょうりょう

 いまだ途切れて渡ることの出来ないその基礎を踏みつけ、元一は川の向こう岸に向けて怒鳴りつけた。

 向こう側には作業員用の休憩所兼宿所プレハブが建設されており、橋建設を邪魔されるなら先に堀を埋めてしまおうとする魂胆わるあがきが伺える。

 その作りかけのプレハブの中から、窓を開けてこちらを見てくる黄色ヘルメットの男が一人。


「……まさか、青二才とは私のことではありませんよね?」


 偽島建設営業課長、偽島誠であった。


「青二才を青二才と呼んでなにが悪い? それとも小便タレ小僧とでも言い直したほうが良かったか?」

「――――ぐっ!! な、何を……私は断じてお漏らしなどしていませんよ!! 先日のアレは単なる汗です!!」

「……水たまりができるほどの量をか? それは随分と厄介な体質じゃのぉ? まあそんなことはどうでも良いわ!! それよりもケーブルTVの配線を切ったのはお前らか!!」


 怒鳴ると、元一は頭に青筋を立てまくって歯をギリギリと鳴らした。

 それを見て偽島は白々しくそっぽを向くと、


「……はて何のことやらわかりませんね」

 と、しらを切る。


「ふざけるな!! こっちは昨日の深夜からネットもTVも見られなくなっとるんじゃ!! 若いもんは錯乱して一晩中暴れまわったあげく、禁断症状でいまは部屋の隅で小さく丸まって震えておる!! ワシらも毎週楽しみにしていた時代劇が見られんで困っとるんじゃ!! これがお前らの仕業だと言うのはもうわかっている!! もう一度痛い目に合いたくなかったらすぐに回線を修復しろ!!」


 ここら周辺の田舎は、都会と違いネット回線がほとんど開けていない。

 唯一あるプロバイダが、地元ローカルのケーブルTV局だけなのである。

 なのでそこに圧力を加えられたら周辺村人はCA放送番組を始め、ネットや、地域のお知らせなど気に情報入手手段を絶たれることになるのだ。


 ツバを盛大に飛ばし、まくし立ててくる元一に耳をほじってやる気のない素振りをみせる偽島は、


「ですから、知らないって言ってるでしょ? 我々はただ、ここで大人しく工事の下準備を進めていただけですよ」


 あきらかに嘘。みえみえの態度で答える。

 そんな憎たらしい男に、若者連中の中で唯一正気を保っているぬか娘が元一に代わり前に出てきた。


「今朝、ケーブルTV局に確認しましたーー。この蹄沢に繋がるケーブルだけが切断されてたようですーー。すぐに業者に修繕依頼を出しましたが、それを受けたのはあなたたちですよねーーーー!! なのですぐに復旧工事を始めて下さーい。でなければウチのみんなが発狂しま~~~~す」


 その言葉におかしそうに笑う偽島。


「はっははは!! なるほどなるほど、それはそれはお気の毒ですね。お気持ちはよく分かります。……ですが、う~~~~ん」


 偽島はスマホを取り出し、スケジュールアプリを開けると、わざとらしい呻きとともに眉間にシワを寄せる。


「たしかに復旧工事の依頼は今朝方いただいたようですがね。さてはて……我々も最近は人手不足でして、なかなかそちらに人を回せられないんですよ」

「ふざけるな、切れた線などギュッと縛ればそれで繋がるじゃろ!! いますぐお前が行って結んでこい!!」

「ゲンさんそれは違うよ!??」


 無茶を言う元一に冷静に突っ込むぬか娘。

 偽島は深いため息をついて、


「そんな簡単にいくわけがないでしょ。それに我々にもスケジュールと言うものがあります。まずはこちらの工事を終わらせなければそっちに行くわけには行きません」


 言って、ちょんちょんと足元を指差す偽島。


「太陽光発電パネルの設置は断固拒否していまーーす。なのであきらめて、先にケーブルの復旧工事をお願いしまーーーーす」

「あきらめられるわけがないでしょう!? ともかく、こっちの工事が終わらなければケーブルは切れたままですよ? お友達の精神が崩壊しないうちに、さっさとお認めになったらどうですか? どのみち工事は進めるんです。無駄なあがきを続けるほうが損なのですよ?」


 繋がっていないのはワイファイだけ。

 スマホの回線は繋がっている。

 しかし金銭的事情で格安プランしか契約出来ない若者モジョたちは、それだけで欲求を満たすなどは到底出来ない。

 定額月3500円で高速データ―使い放題のケーブルワイファイはどうしても必要。元一たちも、観たい番組のほとんどはCA番組なのだ。

 道路破壊が効果なしと見るや、今度は情報の遮断による嫌がらせに変更してきたのは、偽島の表情と言い分からもはや明白だった。


「……こ、こいつら……やはりそれが目的で小細工しおったんじゃな……道路の件といいコレといい……ワシはもう堪忍袋の尾が切れたぞ」


 ゴゴゴと殺気を滲ませる元一に、偽島は両手を上げて、


「おっと、物騒なことはやめてくださいよ? こっちの地面はこちらの部落から正式に借り上げた私たちの地面です。ここまで来てまだ先日のような騒ぎを起こすおつもりなら、さすがに非は十割あなたたちのものになりますよ?」

「……て、言ってるよ。どうなのゲンさん」


 ぬか娘が元一のランニングシャツを引っ張って聞いてくる。


「……ぐぬぬぬ……」


 確かに、まだ橋の上ならこちらにも言い分はあったのだろうが、別部落である向こう岸に陣地を構えられたら手を出すわけには行かない。

 真正面の喧嘩で勝てないと悟った偽島は、時間はかかるがこうやって安全地帯からじっくりとこちらを干上がらせる戦法に変えてきたんだろう。

 いかにもインテリ気取りな小賢しいやり方に、元一の怒りと嫌気はピークに達していた。


 このまま首を縦に振らなければ、崩れた道も、切れた回線も復旧することはない。

 まるで我慢比べ。

 どっちが先に音を上げるか。

 しかしまだまだ、こんなものでは終わりませんよ。

 と、偽島は不敵に笑った。

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