第42話 また魔力を求めて③

「なにぃ? 手頃な病人はいないかやとぉ? ……ヒック」


 いきなり尋ねてきた三人を居間に招いて、飲兵衛は相変わらずの赤ら顔で首をかしげた。

 手には純米酒の小瓶が握られている。

 時刻はすっかり夕飯時で、テーブルには板わさ、冷奴、イカの塩辛、ホタルイカの沖漬け、ふろふき大根、刺身盛りなどとても美味しそうなおかずが並んでいた。


「って、完全に酒の肴じゃないか……」


 呆れて呟くモジョ。


「独り者の酒飲みなんて皆こんなもんや。やけど美味いぞ~~。お前らも遠慮せずどんどんつまんだらええわ」

「わ~~い、ありがとう。えへへ、そう思ってお返しの漬物持ってきたんだよ」


 喜びながら、タッパーに入れたアボカドの糠漬けを御開帳ごかいちょうするぬか娘。


「おお、こりゃええな。意外と美味いんやこれな、ありがとさん」

「うむ、この塩辛というものは良いな。トロリとしつつ歯ごたえのある食感、深く芳醇な海の香がとても珍味ですばらしい」


 言われるがまま遠慮なくつまみ、満足気に感想を述べるアルテマ。


「……ふむ、この沖漬けもなかなかイケるな……」

「私はお刺身にマヨネーズを付けるのが好きだな~~」

「お、マヨならあるぞ、ついでにとっておきの大吟醸も開けてやるか?」

「ふむ、そういえば異世界の酒はまだ嗜んでいないな、頂こうか」

「いや、アルテマちゃんはダメでしょ!?」

「なに!? しかし中身は大人だぞ??」

「こっちが罪悪感でやられるの。とにかくダメつ!!」


 などとお話すること数分――――。


「じゃな~~~~~~~~いっ!!」


 板わさの破片を撒き散らしながらアルテマは叫んだ。


「……なんや、元気やなぁ。なにが違う言うんや?」


 食べカスまみれになりながら対面の飲兵衛はいきなり立ち上がったアルテマを唖然と見上げる。

 それにぬか娘はハッとして、


「あ、そうそう!! 私らお酒飲みに来たんじゃなかったんだ。魔素のことで相談しにきたんだった」


 と、手をポンっと合わせた。


「魔素ぉ~~? そんなもん……ワシに聞いてどんなすんや? 聞くなら占いさんが

 適任ちゃうんか?」


 何故ワシにと不思議がる飲兵衛に、アルテマたちは事の経緯を説明した。





「ははぁ……つまり魔素がスッカラカンになって異世界と通信できんから補充したいと、それである程度はぬか娘の粗大ご……もとい、お宝で補充したがどうにもらちがあかんからワシのとこに来たと? ……ヒック」

「うむ、その通りだ」

「で、だからなんで病人がいるんじゃ?」

「正確には病人じゃない。私が探しているのは『悪魔憑き』に悩んでいる者だ」

「悪魔憑き……この間の、六段の足を治したアレか??」

「そうだ、アレは患者に取り付いた悪魔を除霊すると同時に、魔素も回復できる技でな。上手くやればこっちの方が効率的に魔素を集められる」

「ほほぉ……それでワシに?」

「お前は医者だろう? 何かそれらしい患者はいないか?」


 簡単に聞いてくるアルテマに、飲兵衛は困った顔をして酒を舐める。


「って言うてもなぁ、それらしい患者ってどんなんやねん? それにワシはもう引退しとる。仕事仲間ともあまり会うとらんから大した情報は無いぞ?」

「……でも、しょっちゅう近隣の住人から病気の相談を受けてはないか?」


 ほくほく顔で大吟醸をちびちびしながらモジョが聞く。

 うらやましそうに喉を鳴らすアルテマ。

 そんな彼女にスッと乳酸菌飲料を差し出すぬか娘。


「ああ、あれはなぁ、元医者ってことでよう聞かれるんや。なんや本物の医者には緊張してよう聞けんゆうてワシに聞いてくるんや、ワシかて本物やったっちゅうねん」

「……その相談相手の中にそれらしい人間はいないか……?」

「だからそれらしい言うてもやな」


 そんなモジョの問に、困ってアルテマを見る飲兵衛。

 ヤク○トの美味さに感動していたアルテマは、その視線に気付き、襟を正し、


「うむ。……だからその……こっちの治療ではどうにもならない類の病は悪魔憑きの可能性が高いと思うんだが?」


 と、自分の考えを言ってみる。

 それを聞いて飲兵衛は唸りつつ天井を見上げた。


「……なるほどなぁ、そういえばこの間も言うとったなぁ。こっちで治らん病気は異世界では治る……逆もまた然りってな」

「そうだ、そういう悩みを持った者に心当たりは無いか」


 尋ねると、飲兵衛はやはり困った顔をして答えた。


「心当たり……ありすぎじゃな」と。





 ――――翌日。


「おおよよよよよ……なんじゃいいなぁぁぁ飲兵衛さんやぁ……急に呼び出してのぉぉぉぉぉぉ……」


 杖をプルプル震わせながら、ついでに全身もプルプル震わせ、コミュニティバスから一人のおばあさんが降りてきた。

 アルテマたちは飲兵衛の家の中に身を潜め、そのおばあさんの様子を伺っていた。


「ああ、すまんなマチコ婆さんや。いやなに、ちょっと茶でもごちそうしようかと思うての。どうせ暇やろ? いつも通り、腰もマッサージしたるさかい、調子はどうや?」

「調子ぃぃぃぃぃ……? いつもどぉぉりぃぃぃぃ痛いぃ痛いぃぃやでぇぇ。病院に行ってもぉぉぉぜんぜん……変わらんわぁ……痛いぃ痛ぃやぁ」

「そうかそうか、ほんなら揉んだるさかい、入りや」

「おぉぉぉじゃましまんにゃわぁぁぁぁぁぁ……」


 プルプル震えて家に入ってくるおばあさんを、別の部屋に隠れつつ、じっと観察するアルテマたち。


「どう、アルテマちゃん。あのおばあちゃん……憑いてる?」

「ちょっと待て、いま調べてみるから」


 ――――婬眼フェアリーズ

 こっそり呪文を唱えると。


『マチコ。人間、メス、90歳。背中に低級悪魔が憑いてるよ☆』

 と、答えてくれた。


「ビンゴだ!!」


 そう言って、やったと興奮するアルテマに、モジョは「……ビンゴとか……そんな言葉どこで覚えてくるんだ?」と首をかしげた。

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