エルフの国のお見合い事情


こんにちは、中村宗次郎です。

今日は珍しく3時のおやつをいただいています。お隣のベナリさんからいただきました。

余談ですが、この国の時間表記は12進法が用いられています。数を数えるのは10進法なのですが、時計と暦は12進法です。数を数えるのが10進法なのはエルフの指の数が10本だから分かるのですが、時計はどうして12進法なんでしょうか?

日本でも不思議に思ったのですが、この世界にはWikipediaがないのですぐに調べられません。


そんなことを考えていると、目の前に焼き菓子を置いた皿が並べられます。皿の上に乗っているのはパッと見た感じアップルパイのような食べ物です。パイの光沢のある表面が甘そうで実に美味しそうです。従業員のルナラナが淹れてくれたお茶を一緒にいただきます。ちなみにこのお茶はお姫様も好きな銘柄で、オレも普段から愛飲しています。

パイはとても美味しいです。パリッとしたパイ生地の中に果物を蜜で煮たものが入っています。

丁度良いのでルナラナに暦の12進法の話を聞いてみたのですが知らないようです。

そりゃ知らないですよね。日本でもこんなことを知っているのは雑学王かクイズ王くらいでしょう。

そんなことを考えていると店のドアが開きました。

いらっしゃいませ、とルナラナが言います。オレのもそれに遅れて挨拶します。

こういう接客技術はルナラナには適いません。


やって来たのはエルフの女性でした。

お姫様と同年代くらいでしょうか?

エルフという種族は老化があまり見た目に現れないので年齢が予想しにくいのですが、それでも目の前の女性は若々しい印象があります。そして彼女は問いかけます。


「ここが耳かき屋さんですか?」


はい、そうです、とオレは答えます。するとエルフの女の子は食いついた雰囲気で聞いてきました。


「ここで耳が綺麗になるって聞いたんですけど、本当ですか?」


はい、そうです、とオレは答えます。そこで女の子は「じゃあ」と区切ってから、さらに聞いてきました。


「私の不細工な耳も綺麗になりますか?」


あれ? 何でしょう、違和感があります。

不細工を綺麗にする。綺麗は綺麗でも、清潔の綺麗ではなく、美醜の綺麗を言っているのでしょうか? 思考が停止してしまいます。


「ここの耳かき屋さんにテリトラ財務次官の奥さんが通っているのを聞きました」


テリトラ財務次官?

オークのテリトラさんのことでしょうか? というよりも財務次官……何だか凄そうな肩書です。エリートだと思っていましたが、ひょっとしてオレが思っているより凄いひとなんでしょうか?


「あんな美人なひとが通っているですから、スゴイ効果があるんですよね!」


テリトラさんの奥さんは耳かきとか関係なく美人です。それはもう途轍とてつもなく美人です。耳かきなんて関係ありません。


「メルナード伯爵夫人もここで耳を見てもらっていると聞いています。あんなに素敵な方みたいになれるとは思っていませんが、少しくらいは近づけませんか?」


確かにお姫様は素敵な方ですが、別に耳かきというのはそういうものではありません。オレが目を白黒させていると、隣にいるルナラナが誤解を解くよう説明してくれています。ルナラナもあれで一応女の子なのでこういうときは本当に助かります。

男の子は美容とか言われても正直困るのです。

あ……終わりました。どうやら耳かきを理解してくれたようですが、女の子は目に見えて落ち込んでいます。どうやらルナラナの話によると、彼女の名前はニレルナと言い、耳の形にコンプレックスがあるようで、それを改善して欲しくてこの耳かき屋に来たというのです。

日本人のオレにはよく分かりませんが、エルフにとって耳の形というのはとても大切なことらしく、結婚や就職に関わるほど重要視されることもあるそうです。理想は笹の葉のように切れ長でピンと立っているものがよいそうです。

たしかにテリトラさんの奥さんやお姫様の耳と比べると、目の前の女の子の耳は少し短い気がします。でも正直、日本人の身としてはあまり違いが分かりません。耳が短くともテリトラさんの奥さんは途方もない美人ですし、お姫様の魅力が変わろうはずがありません。しかしこれはきっと日本人には分からない価値観なのでしょう。ルナラナもエルフではありませんので、この辺りは何となく想像する他ないようです。

それにしても凄い落ち込みようです。ここまで追い込まれるなんて、何か事情があるのでしょうか?


「実は……」


疑問符が頭の中を支配しているオレとルナラナに、ニレルナは語り始めました。


「実は私、来週お見合いをするんです」


お見合い……なるほど、日本でもお見合いの前にはエステに行ったりします。痩身エステを受ければ一時的に腰のくびれを作ったり、フェイシャルエステを受ければ一時的に肌のノリが良くなったりすると聞いたことがあります。

そう考えると、あながち彼女の考えはおかしなことではないのかもしれません。しかし耳の形でそこまで結果が左右されるものなのでしょうか?


「前回の相手にはそれでハッキリ断られました」


左右されるようです。


「その前も、その前も、その前の男性もハッキリとは言いませんが、私を一目見るだけで顔色が変わるんです。最初に耳に目が行ってるんです」


ニレルナはとうとう泣いてしまいました。どうやら地雷を踏んでしまったようです。ひょっとしたら、エルフにとって耳が短いというのは、日本人でいう所の「凄く太っている」みたいな感覚なのかもしれません。

ルナラナに目配せします。

女子同士で何とかなりませんか?……駄目です、断られました。


「次で…12回目のお見合いなんです。両親の顔も潰しっぱなしで、これ以上もう相手もいないって言われてて……」


思った以上に事情が切迫しているようでした。さらに聞いてみると彼女は子爵家のご令嬢らしく、売れ残ってしまうと自分だけでなく両親にまで非常に体裁の悪い今後の人生が待ち受けているらしいのです。

何とかしてあげたいのは山々ですが、オレは所詮一介の耳かき屋です。

出来ることなどたかが知れています。もしも出来ることがあるとするなら、耳垢をとって清潔にしてあげれることくらいでしょう。そうすれば美しくは出来ませんが、清潔感は出るかもしれません。


「そう…ですね。せっかくですし、財務次官の奥様のご利益があるかもしれません。お願いしてもいいでしょうか?」


……失敗しました。テリトラさんの奥さんを引合いに出されると困ります。あの人を基準にされると大抵の女性は不美人ということになってしまうからです。

ルナラナがこっちを見て苦笑いしています。きっとオレと同じことを考えているのでしょう。

しかし吐いた唾は飲めません。どうやらオレも覚悟を決めねばならないようです。


「お、お願いします!」


ものすごく期待を込めた目で見られました。

大丈夫です、覚悟は決めました。

自信はありませんが……とりあえずはニレルナに施術台に寝てもらいます。


「あんまり、耳を見られると恥ずかしいですね」


確かに他人に耳の穴を覗かれるというのはあまりない経験でしょう。それでも彼女に関しては恥ずかしいのニュアンスが違う気もします。

それにしてもお姫様と比べると短い耳ですが、可愛らしい耳だと思います。

何が悪いんでしょう? さっぱりわかりません。

強いて言えば耳毛が伸びているというところでしょうか?


「わ、私、毛深いですか……!」


あ、ニレルナが涙目になっています。

失敗しました。

確かに女の子に毛が多いというのは良くありません。

同じ女子である、ルナラナにも非難めいた目で見られてしまいました。

オレはニレルナに、そういう意味ではないので気にしなくても大丈夫ですよと言って、耳をタオルで蒸している間に戸棚から長細い金属の板を取り出しました。

耳に入るくらいの細さで、よく見ると片方が刃になっています。穴刀あなとうと呼ばれる剃刀の一種です。

ドワーフのボノボムさんに作ってもらった穴刀はミスリル製ではありませんが、自慢の一品です。


鏡のような輝きを放つ刃を耳の中にスッと差し込みます。

この角度が大切です。変に入れると当然耳を傷つけてしまいます。

オレは動かないでくださいね、となるべく優しい口調で言うと、そのまま穴刀をクルリと回転させます。刃の先からゾリゾリと毛を刈り取っていく感触が伝わります。


「な、な、なんですか、ジョリジョリいってるんですけど!?」


今までの人生で耳の毛を剃られるなんてことはきっとなかったのでしょう。ニレルナさんは驚きの表情を見せます。

すかさずルナラナが大丈夫ですよとフォローしてくれます。ニレルナはそれで落ち着きを取り戻したのか安心した顔を見せます。

きっと、毛の少ない耳の方が綺麗に見えますよ、と言われたのが効いたのでしょう。


「大丈夫です、ちょっと怖いけど大丈夫です。お見合いのためです……頑張ります」


そんなに必死にならなくともいいのですが、前向きなのはいいことです。

さぁ、このままもう片方の耳もいきましょう。

ジョリジョリ…ゾリゾリ……いい感触です。鋼の刃は面白いくらい根元から毛を刈り取っていきます。


「あ…なんか気持ちいいかもしれません」


それは何よりです。ニレルナもちょっとずつリラックス出来ているようでした。両耳が終わったら次は小さくちぎった綿花を香油に浸し、それで耳の中を拭いていきます。


「なんかいい香りですね」


ナッツのオイルに花の香りのついたものです。コルオーヌという品種の花でラベンダーに似た香りがします。この花にはリラックスする効果があるそうです。香りの力が効果を発揮したのか、ニレルナの表情が柔らかいものに変わっていきます。

本人には言えませんが、毛が伸びていたので耳垢はほとんど毛に絡まっていました。

ですので、耳毛を剃った以上は拭う程度で十分です。


今日はどちらかというと耳介を中心にしてあげた方がよいのでしょう。オレはこのまま香油を耳に垂らすと、そのまま耳たぶをマッサージしていきます。

くにゅくにゅとした感覚が指先に伝わり、ニレルナの短い(決して口にしてはいけません)耳がピンク色を帯びてきます。


「なんか耳があったかくなってきました」


血流が良くなってきた証拠です。あまり知られていませんが、耳も凝るのです。ですので揉んで血流を上げてあげると身体が楽になってきます。

くにゅくにゅ揉んで、たまに軽く引っ張たりします。引っ張ても彼女が望む美しい耳にはならないのですが、コリはとれるし何より気持ちがいいのです。

先ほどまでの泣きべそがどこへ行ったのか、すっかり落ち着いたニレルナはルナラナとの女の子同士の恋愛談議に花をさかせています。

ルナラナが恋愛談議……何だか似合いません。

あっ…睨まれました。

声には出さなかったつもりが、言葉になって出ていたようです。

あとが怖いですね。さて施術もそろそろ終了です。



「ありがとうございます。何だか気持ちが楽になった気がします」


それは何よりです。明日のお見合いがどうなるのかはわかりませんが、いちおう香油を少しだけ譲って明日はこれを耳に塗ってみて下さいと助言しておきました。

香油と香水は似たようなものですので、多少は何か効果があるかもしれません。

あくまでも多少……ですが。


出来うる限りの全力は尽くしました。

これ以上は「人事を尽くして天命を待つ」の段階です。

ニレルナの後姿をオレとルナラナは見送ります。その後、二人してつき合わせた顔は我ながらいかんともしがたい表情だったでしょう。

ルナラナも同様です。


それから一週間後、婚約が決まったニレルナが豪華なお礼の品を持ってやってくるのは別の話。それをヒントにルナラナが香油の販売を始めて、売り上げに貢献してくれるのはさらに別の話です。


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