♪ 一夜 ♪

 ★場面1――教室。


 小学校の放課後。


A「あのさあ、先週の放課後、なにかして遊ばなかったっけ」

B「なにかって?」

A「それが思い出せなくて。なんか怖いことだったと思うんだけど」

B「ああ……怖いこと……10円玉で、なにかして遊んだよね」

A「したっけ?」

B「わすれたっ。それよりさあ、昨夜はかあちゃん、塾に怒鳴り込んでさあ」

A「うわあモンスターかよー。母ちゃん怖いの?」

B「怖い怖い」

A「どんくらい?」

B「そうだなあ……幽霊なんかよりずっと!」

A「はははっ怖えー!」


 教室から出て廊下を走って行く男子生徒。

 廊下の一角にあるトイレの入口から、淋しそうな顔で見送っている花子さん。


 ★場面2――音楽室前~室内。(小学校・夜)


 廊下を歩く花子さん。音楽室からはピアノの音が聴こえている。

 室内には、由紀、兵隊さん、水野、鏡、絵画さん(壁)。

 花子さんが入ってくる。

 由紀、ピアノを弾く手をとめる。


由紀「花子っ、いらっしゃい」

花子「こんなに集まってたんだ。賑やかだね今夜は」

兵隊「急に、由紀ちゃんのピアノが聴きたくなりましてね。水野さんを誘いました。すると鏡さんも尋ねてきましてね」

鏡「最近、不景気だからなあ。誰かと談笑でもしてストレス発散しなきゃな」


由紀「5曲も弾いたんだから、幽霊通貨、払ってよね。ひとり1000円でいいや」

兵隊「最近、稼いでないんですがねえ」


 花子さん、音楽室の一角に座る。


水野「なあ花子。こっくりさんはどうしたんだ? いつも一緒じゃないか」

花子「ああ……えと」

由紀「あれ?水野、あんた知らないんだっけ。ああそっか、最近あまり会ってなかったからねえ。最近までプールの授業、なかったから、出てこれなかったし」

水野「……? なんの話だ」


花子「――逝っちゃったよ。昨夜」


水野「……そうだったか。まさかB級幽霊のこっくりさんが、自分より先とは」

絵画「こっくりさんで遊ぶ子供、いなくなったからなあ」

兵隊「無口でしたが、いい子だったのに」

鏡「あれ?でも、先週の放課後だったと思うけどよ、こっくりさんで遊んでた男子生徒がいたらしいぞ。階段さんが言ってた」

花子「そうらしいんだけど、怖がらなかったみたい」

由紀「怖がってくれなきゃ、意味がないからねえ。そのときの様子、こっくりさんから聞いたよ」


 教室の机の一つを、小学生4人が囲んで座っている。こっくりさんで遊んでいる最中。しかし退屈そう。


A「10円が動くはずないって。まず、動力になるものがない。人間が指を置いている時点で力学が働いているのだから、それで動くに決まってる」

B「でもまあ、昔から生きてる怪奇的な伝統遊びとしては、面白い。それに予算は10円しかかからないから、考えかたによっては経済的な遊びだ。小学生のお小遣でも十分だからね」

C「それだけじゃない。例えば風鈴だが、F分の1揺らぎという現象でアルファー波を発生させ、身体を涼しくさせる。怪談にも似たような効果があるのはみんな知ってる。夏場、軽井沢なんかの避暑地に行く旅費を考えれば、家計を刺激しない」

D「そしてそもそも、伝統は大切さ。口頭で語り継がれていく怪談、素敵じゃないか。大人に話すと懐かしがったりして、会話のネタにもなる。子供が大人に合わせてやるのも、現代の生き方さ」


絵画「世も末だなっ!!!」


 花子さん、ビクッとする。

由紀「面白い、だよ? 素敵、だよ? もはや恐怖感を超越してるよ、あいつら」

絵画「なんか自信なくなってきた。駄目なんじゃないのか、全員」

兵隊「B級幽霊のこっくりさんで怖がらないなら、C級幽霊の僕で怖がるはずもないんですよねえ」

花子「なにかあったの?兵隊さん」

兵隊「ええ。二日前、女の子が遅くまで校庭で遊んでいたので、外からでも見える位置まで移動したんですよ」

由紀「出たっ!学校怪談の必殺技!窓際にたたずむ兵隊さん!」

花子「すごいじゃない努力してて」

兵隊「いやあ……だめですよ。前は窓越しに立つだけで、まるで自分はジャニーズジュニアかと勘違いするくらいキャーキャー言われたものなのですが」

水野「どうなったんだ。石でも投げられたか」


 夕方の校庭の絵。校舎の二階にたたずむ兵隊さん。それを見上げる女の子。

 可愛い笑顔で手を振ってくる。


兵隊「手ぇ、振られたんですよ」

絵画「むしろ女の子が怖いなっ!!」

由紀「で、でさ……兵隊さんはどうしたの?まさか肩落として、それで終わり?」

兵隊「まさか」

由紀「そうだよねっ。それじゃあ幽霊が廃れるってもんだよねっ」

水野「なにをした」

兵隊「え?いや、手ぇ振りましたよ。僕も」

絵画「人の良いおじちゃんかっ!!!」


 花子さん、ビクッとする。


由紀「ちょっと兵隊さん!あんた幽霊なんだよ?自覚あるの?」

兵隊「いやだって、手ぇ振られたんですよ、子供に。振り返すでしょう普通。無視したら女の子かわいそうでしょう」

由紀「駄目だよそれじゃあ……ねえ花子、なにか言ってあげてよ」

花子「ん?ああ。兵隊さん、いつも優しいねっ」

由紀「あんたも失格!!」


 花子さん、ビクッとする。


兵隊「由紀ちゃんだって、最近は誰も怖がらせてないでしょう」

由紀「だって私はE級地縛霊だもん。音楽室で自殺した面白みのない幽霊。みんなと違ってこの部屋から移動できないし、活動できる時間も短い。せいぜい夜中にピアノを弾くくらいのもの。それくらいじゃ、今どきの小学生は驚かないよ」

絵画「そういや、夜中に外を通りかかった小学生に、調律おかしい!って叫ばれてたな。しかも由紀はごめんさないって謝ってた」

由紀「だってさあ……」

兵隊「由紀ちゃんの行いだって、僕と似たようなレベルでしょう。ねえ花子さん?」

花子「ん?そうだね。由紀も……優しい」

兵隊「いや、そういう意味では」


絵画「消えちゃうのかなあ、みんな」

全員「……」


 花子さん、こっくりさんが消えていった瞬間を思い出す。


こっくりさん「――花子、ばいばい」

花子「――うん」


 黒霊が現れ、霊界への扉を開く。

 こっくりさんは消えていく……。


由紀も今年幽霊になったばかりだけど、寿命はあと三日。下級幽霊とは友達になっても、すぐにお別れとなる。


花子(またお別れ……か)

 音楽室の隅でうごく幽霊がいる。


貞子「駄目よ……この空気。まるで幽霊屋敷だわ」

鏡「うわっ! いたのかよ貞子!」

水野「というか、本物の幽霊屋敷だろ」

兵隊「また漫画ですか貞子さん」


 貞子、床に座って週刊少年誌を読んでいる。


貞子「いい? この風景が漫画だとすると、やっと読者が少し、このギャグ漫画面白いかも、と思ってきた所だわ。今暗くなっちゃ駄目よ。笑いをつなぐべきよ。設定なんてどうでもいいのよ。最後まで読ませるのが漫画なのよ。……ふふふ、まあ、漫画じゃ、ないけどね……ふふふ」

鏡「なんなんだ、おまえは」

水野「もう出てくるなよ」


 一度シーンとなって。


花子「あ、ああ、お菓子食べる? 新作のゴーストスナック♪ 今、購買部で買ってきた」

由紀「わあい♪ いくらだった?」

花子「200円っ♪」

 ※幽霊購買部、夜だけ営業中。って感じの絵。


 貞子さんにツッコまれるので簡潔に書きますが、人間を怖がらせると、その成功報酬として幽霊通貨が発行されます。どこからかと言うと……


(貞子に白目で睨まれる)


 ……終わります。


花子「か、絵画さんは、最近リセットはどう?」

絵画「不景気だよ。ここ数日、なにもないな。寿命が減る一方だ。……いや、ああ」

 由紀、お菓子を食べながら「なにかあった?」

絵画「みんな気付いてないが、ベートーベンの奴が消えただろう」


 絵が一枚消えている。


兵隊「ああ、そうですねえ」

絵画「小学生を怖がらせて寿命をリセットした所まではよかったんだが。小学生が親に言い、親が学校に言い、呪いの絵画と罵られ、奴は燃やされた」

由紀「大事件だろっ!!!」


 花子さんビクッとする。


絵画「私達みたいな、憑依タイプの幽霊は命がけなんだ。階段さんのように建造物の一部なら、まだいいんだが」

水野「いや、奴も大変だ。調子に乗って連夜にわたり階段の段数を変えたら、階段を壊して造りなおす話が、職員会議で出たらしい」

鏡「風前の灯かっ」


兵隊「鏡さん、あなたは」

由紀「鏡はイケメンだからね。女の子に告白された、なんてオチはないの?」

鏡「その女の子を好きだった男の子に鏡を叩き割られそうになった。女の子が止めてくれたけどな」

絵画「修羅場かっ」

鏡「話し合おうと言ったら、なにやら技のような名詞を叫びながら殴られた」

花子「な、なんて言ったの? 男の子」

鏡「ゴムゴムのJETピストル」

絵画「ギア2かっ」


兵隊「それと比べると、貞子さんはいいですよね。ビデオデビューしてるから。DVD見せて怖がらせたのも、寿命リセットになるらしいですよ」

鏡「ある意味、印税生活だな」

水野「というか彼女、学校の幽霊じゃないだろ」

貞子「……うふふ。井戸から出た私は無敵よ……ふふふ」


由紀「ねえ、花子はどう? リセットうまくいってる?」

花子「私も駄目。今は私だって、あまり怖がられてないもの」

由紀「じゃあさ、花子はなにか笑える話ないの? 今日は雰囲気暗いし、明るくいこうよ」

花子「え、私は……特になにも」

鏡「なにかあるだろう」

兵隊「昨日も怖がらせようとしてタイミング見計らってたじゃないですか。ほら、放課後。この不景気に、うまくいったんですか?」

花子「いや、まあ失敗したんだけど。笑えるってわけじゃないし、楽しくも……」

絵画「失敗した時点で笑える。S級幽霊の花子の失敗談は励みになる。話してくれ」

花子「え……え~と」


 ――放課後、夕方の校舎。


 一人の女の子が教室で本を読んでいる。いよいよ暗くなってきた藍色の空模様を見上げて、そろそろ帰らなきゃ、と呟く。


 廊下に出た彼女は、お手洗いに寄ろうと思って廊下を引き返す。教室の並びに不気味に口を開ける生徒用のトイレ。――人の気配はない。

 女の子は、怖がることなくトイレに入る。

 中に入ったその瞬間、一番奥の女子トイレがバタンと閉じる。一瞬、足をとめる女の子。――しかし女の子は足を進める。

 奥のトイレをノックをするが、返事はない。誰かいるの? と聞いても返事は返ってこない。

 恐る恐る下の隙間から覗いてみると……やはり誰もいない。

 ――おかしいな、故障かな。と思って引き返すと、その扉が背後で急に開く。肩をびくつかせる女の子。

 中に誰かいる――そんな気配がする。

 すると、中からそっと出て来る影があった。


女の子「……は」


花子「(そう……私は花子さん)」


 花子さん、にちゃり、と笑う。


女の子「はじめ……まして」

花子「……え?」素にもどる。

女の子「私、彩香」

花子「アヤカ……さん? ……はじめまして、花子です」

彩香「花子さん? あなたが?」

花子「え? ええ。うん」


 女の子、少しモジモジしながら手を差し延べる。


彩香「と、友達になって、くれませんか」

花子「友達? あの、いや、私……花子さん、なんだけど」

彩香「だめ?」

花子「私、えーと……幽霊、だよ?」


 彩香、淋しそうに笑う。


彩香「いいの。私ね……友達、いないから」

花子「……」

彩香「幽霊は、私を叩く? 仲間外れにする? 馬鹿って……言う?」

花子「……」

彩香「私の周りの人達はね、みんなそうなの。笑いながら、死ねって言うの。……花子さんもそう?」

花子「……言わないよ。そんなこと」

彩香「――友達になってください。はじめての友達」

花子「……うん」


 握手をする。



絵画「馬鹿やろーーー!!!!!!」


 花子さん、ビクッとする。


絵画「ふざけんなよ!! ギャグ漫画やぞ!!」


花子「だから楽しくはないって言ったじゃない!!!」


絵画「そんなレベルじゃないだろ!!! 淋しすぎるだろ!!! 社会問題だろ!!!」


花子「絵画さんさっきから声大きい!! 心臓止まりそう!!」


絵画「おまえ死んでるやないか!!!」



 由紀、苦笑い。


由紀「ま、まあ、そんなこともあるよ」


鏡「しかしなあ、幽霊が優しいと勘違いされちゃ、ますます俺達が苦労するぜ。S級の花子は寿命長くていいけどよ」

花子「ごめんね、みんな」


由紀「でもさ、そういう鏡だって、そんな子がいたら放っておける?」

鏡「そりゃあ……無理だな」

兵隊「僕もです」

水野「夜中のプールで待ち合わせして遊ぶだろうな」

絵画「まあ正直、私も断る自信はない」

由紀「私もそう。花子が異常なわけじゃないって」


 花子、口に手をあてて笑う。


花子「ふふふ。私達って……駄目な幽霊ね」


水野「ああ、駄目だな。ダメダメだ」

兵隊「その子、今度、音楽室に連れて来てくださいよ」

由紀「あー私、ピアノ聴かせたいから、3日以内によろしく。もう寿命だし」

兵隊「由紀ちゃん、そんな淋しいこと言わずにリセット頑張ってくださいよ」

由紀「無理だよ今さら。別にサボッてたわけじゃないんだもん」

花子「……由紀」


水野「下級幽霊が消えるなんて日常茶飯事だから、まあ慣れてはいるが、由紀のピアノが聴けなくなるのは残念だ」

由紀「きっと変わりが見つかるって。考えてみれば私って、ピアノが下手で自殺したのよね。本当は人前で弾けるレベルじゃないんだ」

兵隊「上手いですよ。私より」

由紀「兵隊さんに負けたら、もう一度自殺するわよ」


花子「協力するよ、私。一緒に人間、怖がらせよう」

鏡「おいおい花子……」


由紀「……さんきゅ。でも、わかってるでしょ? 下手に協力すると、ペナルティがあるってこと」

水野「……そうだ。幽霊はそもそも、束になる存在じゃない」

絵画「この学校は花子が上手くまとめているおかげで仲良しやってるが、本来は独立した存在だ」

鏡「花子さんやこっくりさんや兵隊さん、そんなジャンルの違う幽霊に、一緒に追いかけられた事例なんて人間界にはないからなあ」

兵隊「ペナルティ……。寿命を削られたり、下手をうてば階級を下げられる、なんてこともあるらしいですね」


花子「……でもさ。由紀……消えちゃうんだよ」

鏡「冷徹かもしれないけど、そんなの花子が一番慣れたものだろ。誰かを特別扱いすると、キリがないぜ。後にも先にも、俺たちゃ幽霊」

水野「そうだ。それに、こっくりさんを助けなかったのに由紀を助けるのは、おかしな道理だ」

花子「それは……」

由紀「……」

兵隊「S級幽霊の花子ちゃんは僕達のリーダーであり支えであり、アイドルです。ペナルティなんて、受けないでくださいね」


花子「……」

由紀「まあまあ花子、私は大丈夫だよ。そもそも、こんな学校に幽霊として生き残るってこと自体が予想外だったし」

花子「由紀……」

由紀「生まれ変わったら、またこの学校に入学するよ。そしたらまた、自殺するからさっ」ウインク

鏡「明るく言うなよ由紀。ここは未来が輝く小学校だぜ」


水野「考えているんだが、消える消えるっていうけど、どうなるんだろうな、その後」

兵隊「ああ、黒霊の扉の中ですか。……うーん、あの世って、あるのかなあ」

絵画「幽霊が言うと違和感だなっ」


 音楽室の外で、ギイと足音が鳴る。


皆、一斉に振り向く。扉は閉まったまま。


花子「誰か、来たのかしら? 入ってくればいいのに」

兵隊「オバケですかねっ」

鏡「俺らがな」

水野「まあ照れ屋な幽霊もいるからな」


 由紀が立ち上がって扉に向かう。他の幽霊達はまた雑談に戻る。


 きゃあ、と声。また皆、一斉に扉のほうを見る。


 女の子が、怯えた様子で立っている。


由紀「誰あんた……てか……この臭い……人間」


花子「彩香ちゃんっ」


彩香「は、花子さんっ」


鏡「……! まじかよ人間かよっ!」

水野「と言うか、彩香って」

兵隊「ええ、花子ちゃんの話の子でしたね」

絵画「なにごとだよ。夜中だぞ」


 花子さん、彩香に近寄る。彩香、花子さんに抱き寄る。


彩香「ごめんなさい。見るつもりじゃなかったの。でも声がしたから……つい」


花子「う、うん……でも」



 ――少し経って



花子「じゃあ、校内の掃除用具入れの中にいたの?」

彩香「うん。クラスの男子が、明日まで入っとけって……親には上手いこと連絡するからって」

水野「とんでもない奴らがいたもんだな」

花子「……そんなことが」

彩香「いいんだ……私……見てるとムカツクんだって」

花子「そんなことないよ、彩香ちゃん」

兵隊「ええ、そんなことはありません。彩香ちゃんはベリーキュートです」

絵画「日本兵が英語使ってんじゃねえよ!」


 彩香、くすくす笑う。


水野「……怖くないのか。一応、幽霊だ」

彩香「ううん。……人間のほうが……怖いな」

花子「親には何も話してないの?」

彩香「……心配かけたくない」

鏡「ガキがなに言ってやがる。小学生なんて心配かけるために生きてるようなもんだぞ」

花子「先生には?」


彩香「言ったら、怒られるもん。お前が悪いって。意志が弱すぎるって……逃げるなって」


由紀「典型的なダメ教師だね」


花子、涙がつたう。「……うん。意志とかそんなの、関係ないんだよね。彩香ちゃんが弱いんじゃないんだよね……相手が卑劣なんだよね……相手の悪意が強すぎるんだよね」


彩香「花子さん?」


花子「あはは………ごめん」


水野「実は自分も泣いているが、身体が液体のゆえに、わからない」

鏡「だまってろ」


貞子「こんなのギャグじゃないわっ」

鏡「おまえもなっ!!」


 彩香、くすくす笑う。


鏡「次になにか言われたら、俺に言いな。鏡の世界にご案内するぜ」

由紀「そうそう。我慢したら駄目だよ」


 彩香、笑顔になる。


彩香「私……幽霊になりたいな。そうだ、今から死ねば、みんなの仲間になれるのかな」

由紀「ばーかなこと言わない」

花子「そう。だめっ」

水野「それに未練がなければ、幽霊にはならない」

兵隊「未練があっても、霊界の判断しだいでは残れませんしね」

鏡「それに幽霊って、けっこう大変だぜ。〆切りに追われる作家みたいなもんだ」


絵画「なんか、人間が死ねと言い、幽霊が生きろって言うのも新鮮だな」

鏡「ちくしょう、恐怖もクソもねえな」


 全員で笑う。


彩香「……あ。でも私、怖い幽霊さんも知ってる」

鏡「お、誰だ?」

由紀「聞きたいね。今どきの小学生も怖い幽霊。賞状送らなきゃ」


彩香「去年……5月だったかな。トイレで……」


兵隊「トイレ」

絵画「花子か」

水野「花子だな」


花子「わ、私? 去年、会った?」

彩香「ううんっ違うの。花子さんじゃない。もっと髪長くって……赤黒くって……」


 花子と由紀以外の幽霊メンバー、ドキッとしたような顔。


鏡「さ、貞子じゃねえか?」

彩香「うーん……ちがうみたい。すぐ逃げ出したから……あまり詳しくは言えないんだけど。アレは、みなさんの友達じゃないの?」


由紀「5月か。私、一応もう死んでたけど、まだ地縛霊になってないな、うん。花子、あんたなら把握してるでしょ」


花子「――しらない霊だわ。どうしてかしら。全員、知ってるつもりだけど」


 幽霊メンバー、少々慌てて。

絵画「み、見間違いじゃないかい? 大きくて赤黒い? そんな不気味な奴、いないよなあ?」

兵隊「え、ええ。花子ちゃんが知らないんですし、錯覚でしょう」

鏡「人間が一方的に存在すると思ってる幽霊って、案外多いからなあ」


彩香「そうかな……確かに見たと思うんだけど」


花子「どこの校舎かな? 少し、気になる。悪魔の類かも」

彩香「あくま……」

鏡「確かに。まれに学校に悪魔だとかが乗り込んできて、幽霊との異種格闘技戦があるらしいなあ」


彩香「5年生の校舎。一番奥」

花子「……」


由紀「もしそうなら、まだいるはずでしょ。誰も追い払ってないんだから。でも、そんな様子ないよね」

水野「逃げ出したか」


 花子、窓の外を見る。


花子「……そろそろ夜が明ける……眠らなきゃ。私は日暮れ前には行動できるから、確認してみる」


絵画「悪いなあ花子」

花子「みんなになにかあると、困るもん」

兵隊「花子ちゃん、優しいです。可愛いです」

水野「気のせいだと思うがなあ」

由紀「そうだねえ。誰も見てないみたいだし」


花子「彩香ちゃん、もう帰ろう? 少しは眠らなきゃ。寝る子は死なない」

絵画「育つ、な」

貞子「イマイチね」

鏡「だまってろ」


 彩香くすくす笑う。


 彩香、手を振って帰って行く様子。

 幽霊達も解散していく絵。



 ★場面3――夜明け前の屋上。


 花子さんが一人で夜明け前の景色を眺めていると……


黒霊「――こんばんは。いいえ、おはようございます、でしょうか」


 花子、景色を眺めたまま


花子「――夏の夜明けは、早いよね」


黒霊「……お話があります」


花子「そろそろ来ると思った」


黒霊「ペナルティです花子さん。人間とあそこまで親しくなるのは、やりすぎましたね。あのような行動一つで、幽霊界の仕組みがバレてしまうことだってあるのですよ」


花子「そうね……ごめんなさい」


黒霊「しかしあの子から秘密が漏れる確率は低いと判断して、これに関しましては、寿命一年のマイナスで済ませましょう」


花子「……そう」


黒霊「しかし」

花子「……」

黒霊「世話の妬きすぎでは? 例えば、兵隊さんが怖がらせようと思った女の子は、貴方がボールを校庭に置いておいたから遅くまで遊んでいました……他にもありますね……こっくりさんで遊ぶように、やり方の本を男の子の机に忍ばせたのもあなた……まあ結果は残念でしたが」


花子「どこから見てるのかしら、あなた達」

黒霊「これが仕事ですから」


花子「じゃあ、他の件もバレてるのね」


黒霊「もちろん。最近は皆さんの寿命をリセットするために、ずいぶん走り回っておられる。幽霊らしくもない」


花子「嫌になったの。……もう嫌なの、友達が消えるのは」


黒霊「何十年も、我慢してらっしゃったのに」


花子「もう嫌よ……ねえあなた達は、どうしてこんなことをさせるの。死んだらみんな、霊界に連れていけばいいじゃない」

黒霊「そうお考えなら、リセットを放棄して消えるしかありませんね」

花子「そうしたいよ。でも無理よ。この学校でみんなと一緒にいたいの。その楽しさを、覚えてしまったんだもの。それに私達は、霊界に行けば何が待っているのかも聞かされてない……不安もある」


黒霊「……それは企業秘密です」

花子「……」


黒霊「とにかく、そんなこんなで、寿命はさらに2年マイナスされます。……いくら花子さんと言えども、お気をつけください」

花子「すぐにリセットしてやるわ」

黒霊「たのもしい。下手をすれば由紀さんよりも早く逝くのではと心配していましたが」


花子「……由紀。……その由紀も……助けたいの」

黒霊「またおっしゃる」

花子「助ける。こっくりさんは駄目だったけど……由紀は助ける。彼女はE級幽霊。違反しても、私の寿命、まだ残るわよね?」

黒霊「――確かに下級幽霊ほど違反ペナルティも軽いですが、今回はバッテンです。最近やりすぎましたね。短期間のうちに、これ以上重ねられては困ります」

花子「――お願い」


黒霊「G級幽霊になる覚悟はありますか? ――わかりますね、そういうことです。由紀さんを助ければ、もう自分のことにしか集中できなくなる」


花子「……G級(寿命は一週間……だめ。それじゃあもう、みんなを救えない)」


黒霊「ご理解いただけたようですね」


 花子、黒霊をじっと見て


花子「……だったら私、オーバーテラーをねらう」


 黒霊、ふっと笑う。


黒霊「それはなんとも。――S級特権、オーバーテラー。対象の人間が持つ恐怖感の限界を著しく超えた場合、その超えたぶんの程度で他の幽霊の寿命をもリセットする」

花子「それしかないもの」

黒霊「もっとも、このご時世、滅多に拝めるものではありませんがね。それに今の優しすぎるあなたでは、少々苦しい。オーバーテラーは発狂で人間を殺すこともあるんですよ? 学校の最恐幽霊が聞いて呆れますが、貴方は人を殺さない」

花子「……」

黒霊「……話は以上です。では私はこれで」


 黒霊、扉を出す。


花子「――あ、待ってもう一つ。あなたは知らない? 去年、五年生の校舎に現れた、赤黒い幽霊」


 黒霊、少しだけ反応を示すが。


黒霊「……さあ」


花子「そう。あなた達が把握できないって、やっぱり悪魔、いや――鬼? 死神の類ってことも」


黒霊「そんな報告は聞いてませんがね。――他に用件は」

花子「……ない。これ以上言うと、貞子さんにギャグじゃないって言われそうだし」


貞子「こんなのギャグじゃないわっ」


花子「でたっ!」


黒霊「……」


 黒霊、去る。


 ――夜が明ける。

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