第9話
「千鶴!」
千鶴に向けて手を伸ばす一太郎。だがその手を、祖父が叩き落した。
「やめんか一太郎!」
「親父」
一太郎は驚いたように、父親である祖父を見つめる。
「神様と約束したのは、おまえ自身じゃ! ましてや神様のおかげで、村は救われたんじゃ。だが、神様は千鶴一人を差し出せばよいとおっしゃってくださっている。おとなしく千鶴を差し出さんか!」
祖父が一太郎を𠮟りつけ、頭を無理やり下げさせる。そして自分も正座して深々と頭を下げた。その隣に、祖母も同じように正座をして頭を下げた。
「神様。愚息の願いを叶えてくださり、ありがとうございます。あなた様のおかげで、村は無事に冬を越すことができます。千鶴一人で対価が足りるのであれば、どうぞ千鶴をお連れください」
「さすがは村長。話がわかる人間だ」
「ありがたきお言葉」
祖父はより一層、深く頭を下げる。だが、一太郎は暴れている。
「千鶴、千鶴! 行かないでくれ! 頼む、おれにはおまえしかいないんだ!」
祖父に頭を押さえつけられながら、一太郎は千鶴に懇願する。千鶴は白銀を見上げた。
「……白銀様」
「あぁ」
千鶴の意図を察した白銀は、千鶴の手を放した。千鶴は一太郎たちに振り返り、そっと父である一太郎の肩に手を触れる。
「千鶴、戻ってきてくれるんだな?」
「いいえ、父様。私は戻りません」
「千鶴!」
千鶴の即答に、一太郎が千鶴の手を掴む。だが、千鶴はやんわりとその手を外させた。そして三人に向けて、頭を下げた。
「父様、おじい様、おばあ様。今まで、育ててくれてありがとうございました。私は白銀様に生涯、お側にお仕えいたします。それが私の幸せなのです」
「な、なに言ってんだ千鶴! 戻って来い」
「愛してくれて、ありがとうございました。さようなら」
千鶴が別れの言葉をはっきりと告げると、一太郎は呆然となって言葉が継げずにいた。
千鶴が家族に背を向けると、再び白銀が手を差し伸べたので、千鶴はその手を取って家を出た。
空は澄んで真っ青な色をしており、太陽も光輝いているが、細い雨が降っていた。
「お天気雨は狐の嫁入り、いえ、この場合、狐に嫁入り、ですかね」
「なかなか面白いことを言う。さぁ、我らの社に戻ろう」
「はい」
雨の中、静かに社がある森へ向けて歩いてく二人。神である白銀の姿をみた村人たちは、みんなその場に正座で座り込み、頭を下げる。そんな村人たちに見送られるように、二人は村を抜けた。
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