第7話 (僕+私)の高嶺の花は手に届く。
全ての始まりは高校一年生の中間試験だった。
私は中高一貫生で、中学までは学年でずっと成績はトップであった。
しかし特進科と合流する一年前の高校一年生、まだ合流していないとはいえ、特進科と同じ試験を一貫生も受ける。
私はいつも通り自信満々だった...のだが、私は総合二位だった。
順位表を見た時に心臓が掴まれたような心の締め付けのようなものを感じた。
悔しかった。勝負に負けたことがほぼないという私にとってこれは私のプライドを限りなく傷つけた。
私は先生に一位は誰ですかと聞いた。先生は答えられないと言った。
少なくとも一貫校生でないことはわかっていた。
なので私はかなりの頻度で一般棟に出向き、特進科の誰が一位だったのかを探りに行った。
廊下を歩く時は自分の歯を力強くかみ締めながら下を向いて、早歩きだった。
それほど悔しかった。
ドンッ
「いっ!?」
その時ある人にぶつかって私は廊下で転んでしまった。
私は勢いよく転んで膝を廊下に擦らせ、火傷してしまった。
ぶつかった子は私みたく倒れることは無く、すぐに私の元に駆け寄ってきて、なぜ持っているのかは知らないが、私の膝に消毒液をかけて、跡にならずに治る絆創膏を貼ってくれた。彼はその後に
「大丈夫ですか?」
と本当に心配そうな声で、心配してくれた。
この絆創膏は人に易々とあげられるほど安いものでは無いが、彼はそんなことを気にすることなく私に使ってくれた。
「なんで...」
私は思ったことをそのまま口にした。
「なんでって...せっかくの綺麗な足が僕みたいな男のせいで傷つくなんて、僕も嫌ですし、あなたも嫌ですよね?」
彼は私を気遣ってくれたのだ。私は男子に普通に接されて、気遣われるのなんて、家族以外初めてだった。
そこで初めて私は顔を上げた。私は目を大きく見開いた。
恐ろしく整った顔立ち、綺麗な笑顔。
私はこの人が誰なのかすぐにわかった。
橿原雅
入学早々、校内で美女と言われた人達に次々告白され、その全てを断ったという学校中の女子の高嶺の花、学園のプリンスと言われた男の子だ。
イメージは人のこと散々好きにさせといて告白されたら振るという最低な男子のイメージ。
少なくとも女子間では憧れの存在であると共にそういったイメージがある。
彼も私を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。そしてまだ心配したきた。
そんなに私を心配する前に、彼も小走りしてたのだから、どこかに行く用事があったのではないかと思ったが、私は彼の手を見た瞬間にその行き先がわかった。
いや、別に場所がわかった訳では無いが、何をしに行くのかはわかった。
彼の手には一通の開封済みの手紙。名前は女子の間で美人だと言われている先輩。
そう、彼は告白されに行くのだ。
「...早く行かなくていいのかしら」
私はそんな先輩に告白されることなんてそうそう無いわよと言う意味を込めて『行ったらどうかしら』と、彼を促した。
「いや...本当は行きたくないんですよね...」
ははっ...と苦笑しながら彼が言った。彼は続けて、
「...よくある事なんですが、見た事も話したことも無い人に告白されてお断りするのは...いえ、そもそも人の告白を断るのは好きじゃないんです。胸が痛くて大嫌いなんです。」
「じゃあなんで...」
じゃあなんでそんな可愛い人の告白を承諾しないわけ?勝ち組じゃない、と言おうとしたが、彼がそれを言わせない。
「相手のことを何も知らずに了承した告白ほど相手を裏切ったような悪質な行為は無いと...僕は思うんです。」
「あ...」
私はそれ以上言葉にならなかった。今まで彼にはさっきのような、散々好きにさせておいてって言うイメージがあったが、違う。
『ただ彼は優しいだけなんだ』と思った。
それならこうして嫌な行為に背を向けて時間を潰したくなるのも分かる。彼も人間なのだ。嫌なことから目を背けたくなる。
私も中学時代からそれなりに男子から告白されてきたが、そもそも呼ばれた場所にさえ行かなかった。
私はその話を聞いて今までの自分の行為に心が苦しくなった。
彼は「では、僕は行ってきますね...」と、私に笑顔を見せて決心した顔で目的地まで早歩きで向かっていった。
私はその時の彼の笑顔が頭から離れなくなっていた。
試験の順位なんかこの頃にはとうに忘れていた。
彼がどういう人なのか知りたくなった。知りたくて知りたくてどっかで会ったら軽く話して...
そうしている内に一年が経って...いつの間にか私の彼への好奇心は恋心へと変わっていた。
み...
み...こ
みや...
私の耳に何か声が聞こえて来た。それは私がずっと追い求めてきた声だった。
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「みやこ、おはよう。」
「え...みや...び?」
「ああ。雅だ。」
私は雅に呼ばれた気がして目を覚ました。目の前には少し起き上がって私の手を握って笑顔を向ける雅の姿。
私は目頭が熱くなるのを感じた。
私はもう我慢しない。
「ううぅぅ...みやびぃ...良かったよぉ...」
「心配をかけたな。」
「うぅぅ...ううぅ...」
私は彼の前で初めて号泣を見せた。雅は少し苦笑いして、
「女の子を泣かせるなんて...俺は...相変わらず最低な男だな。」
「そんなこと...ない...わよ...」
私は自嘲する雅に「違う」と否定する。
「雅は...私の...ヒーローだよぉ...」
「...」
心の中で京は『もっといい言葉があったのではないか』と思ったが、情に流されすぐにその思いは消えた。
雅は管が繋がれた手を泣いている私の頭の上に置いた。「頼むから泣かないでくれ、僕まで泣きそうだ。」と震える声で京に言う。
「みゃびぃ...」
「ん?」
泣きが入った声で雅の名前を呼ぶ。それに雅が「ん?」の一言で返す。
京の声に普段の迫力は残ってない。その中で彼女は震える唇を開く。
時は5:15分。今日の始まりを告げる朝日が上り、雅の病室の窓から光が差し込んだ時、
その少女のか弱い声は病室に響いた。
「...雅...私...好きよ...あなたが好き。伝えられないままいなくなるなんて...いや...よ...大好き...だから...大好きだから...さ...」
「ははは...困ったなぁ...」
京の必死の告白を雅が遮る。そして笑顔の雅がそのまま続ける。
「泣いた女の子に告白させるなんて、男が泣くよ、」
「そんなことない...わ...」
「だからさ、僕に言わせてよ。」
「...これは...貸しよ。」
「ああ。」
京は雅の要望を受け入れる。
「よし、じゃあ言うぞ。僕の初めての告白だぞ?」
「そんなことわかってるわよ!」
「はは、じゃあ京...」
沈黙が一瞬病室に流れる。
「こんな僕と...付き合ってくれますか?」
いつもの雰囲気を作り出そうと雅が京に冗談を挟む。悲劇からの告白よりも笑顔からの告白の方がよっぽどいい。この告白はそう思った雅の計らいだった。
それは京も何となくわかっていた。
なので京は一つ深呼吸して呼吸を落ち着かせ、涙を引っ込めた。何分か経った後に、いつもの調子で雅の告白に返事をした。
「もちろんよ。私は誰の為に泣いたのかしら?」
「そうだよな...ありがとう...迷惑を...かけたな...」
「良いのよ。私はあなたの恋人よ。甘えなさい。」
「うぅ...すまん...すまんかった...」
「いいのよ、いいのよ。」
起き上がれない状態で号泣し始めた雅を京の方から体に負担のないように優しく抱きしめて涙を拭った。
1度は涙を引っ込めた京も再び泣き始めてしまう。雅も京を抱き締め返す。
静まった早朝の病院には二人だけの空間が拡がっていた。
二人にとっての大きな悲劇が、二人にとっての大きな喜びに変わった瞬間であった。
周りから見ればスッキリしない告白ではあったが、維持を張り合って成し遂げた告白にはこの二人らしさがあった。
二人が出会ってたった一ヶ月。この一ヶ月は間違いなく二人の17年間の中で最も密度が高かった一ヶ月に違いない。
この2人の組み合わせは周りから見れば高嶺の花同士の理想のカップル。
これからも二人のそんな高嶺の花な高校生活は続く。
泣き疲れた2人は重なるように、微笑みながらまたスヤスヤと寝息を立て始めたのであった。
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"両片思いの高嶺の花"編 終
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読んでくださりありがとうございます。
もしこの作品を気に入って下さったら、次回も是非よろしくお願い致します。
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