第5話 私の雅

今回も少々重めの内容となっております。ご理解の程よろしくお願い致します。

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私は急に意識が覚醒した。光景は病室。


「...えっ...」『ここは...病院?』

「おはよう京。スッキリした?」

「なんで楓がここに...なんで制服で...その手首...」


私の目の前には制服を着て手首に数珠を付けた楓がいる。楓は複雑な顔をしている。そして楓が一息ついてからまた話し始めた。


「京。突然だけど、驚かないで聞いてね。」

『やだ。いやよ。聞きたくない。そんなの聞きたくないわよ!』


心の中で「やめて!やめて!」と絶望の顔で叫ぶが、その言葉は現実に出てこない。出せない。


そしてついに楓が、京の一番待ち望んでなかったその言葉を言い放った。














「雅くんは...亡くなったわ...」













「...え...」


わかってた。休日に制服で数珠も付けてその顔だもの。予想はできたわよ。でも、


「嘘...でしょ?...」


私の頬を一粒の雫が流れる。


嘘だ。信じたくない。信じたくない。絶対に信じるものか。嘘だ。こんなの楓のタチの悪い嘘に決まっている。


「嘘よ!そんなの絶対嘘だよ!!雅は病院に入る直前まで意識があった!!担当医は私の父さんだった!お父さんは大丈夫って言ってた!!だから嘘よ!!嘘!そんなの私は絶対に認めないわ!!」

「...」


私は何も悪くない楓に向かって必死になって叫んだ。

楓は黙ったまま下を向いている。


私の初恋の人、本当に心から好きだった人が想いを伝えるあと少しと言うところで伝えられないまま亡くなった。


少なくともそんな結末が私の人生に起こるはずはない。


いえ、起こっていいはずがない。


なんで伝えられなかったの?なんで好きっていえなかったの?振られるのが怖いから?私はそんな人間だったの?


「私は伝えたかった...せめて伝えたかった...雅に好きだって伝えたかった!私の思いを聞いて欲しかった!どうして手どうして伝えなかったのよ馬鹿!!私の馬鹿!!ぁぁぁあああ!!」

「...」


楓は黙って荒れ狂う私を見る。


「そうだ...雅は...雅はどこ...好きって伝えなくちゃ...雅に...好きって伝えなくちゃ...行かなくちゃ...」


私は布団から降りてゆっくりとフラフラと病室を出ようとしたが無言の楓に止められる。


「邪魔しないで...邪魔しないでよ楓!!私の恋を邪魔しないで!!私を自分の恋に利用したくせに!私の恋を邪魔しないでー!!」


私は必死にもがき、楓の拘束から逃れて自分がいた病室の扉を開ける。すると目の前には顔に白い布をかけられた一人の少年が質素な板の上に寝そべっていた。


私は千鳥足でその少年に近づく。


そして顔の上にある布を恐る恐る取る、それを見た私は足元から崩れて絶望の底から泣き叫んだ。


「嫌よ...雅...いやよ...いやぁぁぁあああぁぁあああああ!!!!!!」


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「ハッ...」


京の目の前の景色が急に変わった。


「雅は!?」

「...一番最初に心配するのが自分じゃなくて雅なのね。」

「え...」


私は今起きた状況に理解が追いつかない。さっき目の前で雅の亡骸を見たと思ったら、今度は自分がまた布団の上に戻されて隣には和子さんがいる。


「雅は無事よ。後遺症も残らないそうよ。今ICUでぐっすり眠ってるわ。」

「えっ...」


私はその言葉を聞いた瞬間に目から大粒の涙がボロボロと零れた。声は上がらない。自然と涙だけが零れてくる。


「そうとう辛い夢を見たのでしょうね。寝てる時に凄い唸り声を上げながら涙を零していたわ。それはもう雅という単語が何回も聞こえるくらいにはっきりと唸っていたわ。」

「...雅は...雅は生きているんですよね...」

「ええ。生きてるわよ。」

「そうですか...そうでずが...私...嬉じいでず...」


京は声をつまらせながら号泣した。それを和子がそっと抱きしめる。


「辛かったわね。」

「うぅ...うぅ...」


私はその後も泣き続けて和子さんから詳しい話を聞いた。


雅は軽度の外傷性気胸だったらしい。折れた肋骨が胸に少し刺さってしまったようだ。しかしそれも既に手術してあり、そう遠くない内に治るそうだ。


そして頭蓋骨にヒビが入っているとの事。それは安静にしていれば一ヶ月もしないうちに治るそうだ。


問題は轢き逃げの犯人。彼は逮捕されらしい。当たり前だ。だが当の本人はそれを否定している。目撃者や防犯カメラが沢山ある中で無理がある話だ。最早怒りも湧いてこない。


そして私が病室で寝ていた理由。それは過呼吸が原因だそうだ。待合室で号泣し、そのまま過呼吸となって、ストレスも重なって倒れたそうだ。


『私はそこまで追い込まれていたのね。』と、少し恥ずかしくなった。でもさっき見た夢で私は決心した。


次は私がこうなるかもしれない。でも伝えきれないままこの世から去るなんてそれは私自身が許せないし、耐えられない。


少しでも早く雅にこの想いを伝えたい。


伝えられないままいなくなるなんて嫌だし許せない。


私は雅が目を覚ましたら...
















「好きです」






って、伝える。そう心に決めた。






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読んでくださりありがとうございます。


もしこの作品を気に入って下さったら、次回も是非よろしくお願い致します。

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ちなみに京が病室の扉を開けたら目の前には雅がいた、というのはそれが京の夢である隠喩です。

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