第一試合:武蔵五号

 日本武道タイプの闘士と、西洋武道タイプの闘士の試合というのは、定番中の定番と言っても良い対決カードだ。


 剣道型とフェンシング型の試合も定番の一つで、手堅い集客が見込める。試合を初めて観戦する客も多いことから、試合への入門の役割も期待されていることだろう。

 機械闘士が生まれる以前より、人間は娯楽の一環として、異なる武道を極めた者同士を闘わせ、どの武道が最も優れているのかを議論し合った。

 当然、自国の武道が最も優れているという結論を導き出したいと考える人間が多い。このような試合では、剣道型の勝利を望む人間が多いことは容易に想像がつく。


 とはいえ、会場に入った瞬間、割れんばかりの歓声や拍手で迎えられれば、それは僕の幻想だったのかもしれないと錯覚してしまう。

 機械闘士にとって、歓声は試合の象徴。

 これを聞けば、試合が始まるとわかる。

 身体を包む音声のすべてが、どうしようもなく、僕を奮い立たせる。

 試合場であるリングは正方形。それを囲むように、全方向から無数の観客がじっと僕らを見据えている。


 僕とは反対側から歩いて中央に向かってくるのが、今回の試合相手だ。

 名称は「武蔵五号」。

 名称通り、日本風の彫の浅い顔立ちは、凛としてどこか優雅な印象を抱かせる。と人間たちは評してやまない。

 一方で、武蔵五号のプレースタイルは、優雅というよりも、むしろ苛烈で激しい。攻撃重視のパワータイプ。

 武蔵シリーズは機械闘士の中でも名門と言われるが、最強と言われた二号以降の戦績はそれほど振るわない。制作が老舗の企業である故に、思考面のソフトウェアの精度が旧式で弱いとされているからだ。

 とはいえ、それを補って余りあるほどの反射や処理の速度が優秀であることから、ランクは螺鈿の少し上、中堅といったところだった。

 腰に携えている日本刀は、一度も折れることなく初号から引き継がれているという。素晴らしく頑丈な刀だ。

 その刀を見ていると、存在しないはずの胸の穴に風が通り過ぎたような感覚があった。


 武蔵シリーズに特有の、着物風のユニフォームの大きな袖や裾を揺らして、彼は近づいてきた。

 3メートルほどの距離で僕と相対すると、背筋を伸ばしてお辞儀をする。

 そして3歩前に出ると、ゆっくりと腰を下ろす。しゃがんだまま、抜いた刀を構えた。剣道型の闘士に多い構えだ。


 僕はそれを見ながら、自身の剣のガードに目をやった。

 日本刀で言うなれば鍔に当たるであろう、金属製のガードは細かな傷があるせいで、鈍く曇ったように光を反射している。

 以前使用していた剣のうち、前回の試合の後で唯一壊れずに残った部分だった。

 僕は戦友の名残に唇を寄せた。ひどく冷たく、ざらざらとしている。

 唇を離すと、相手、そして観客に剣先を向ける。

 これがフェンシングの礼儀作法だ。この感覚は、もう何度も経験しているのに、何故か落ち着かず、身体中が高揚したままだった。

 そして再び剣に唇を寄せる。

 今度は、新しい僕の戦友に礼儀を向けたつもりだった。

 持ち手の先から剣先まで、緩やかなカーブを描いた刀身は、今回のために新たに制作されたもの。一つの傷もなく、照明に照らされて眩しく光り輝いている。

 僕は、相手に再び剣先を向ける。

 同時に、右足を前に、両足を大きく開く。

 螺鈿の構えだ。もう、この先は、何をかもを考えている暇は無い。


 一瞬の静寂。


 誰も動かない。


 自分の内臓モーターの音も聞こえない。


 静かだ。


 そして何故かうつくしいと思う。


 この瞬間の、この場所を。

 

 瞬間。

 音が、空間を切り裂く。

 会場に鳴り響く。

 ブザーだ。

 そう認識する以前に僕は一歩踏み出す。

 相手は立ち上がる。


「やあああああああああ!!」


 相手が声を張り上げた。

 剣先が僕の喉元の延長線上に、ぴたりと合わせられる。今すぐにでも貴様を討つ、そういう念の籠った姿勢と見えた。

 ボディを震わせるように伝わってくる攻撃性。一方で、その身体はどっしりとした構えを崩さない。立ち上がったその場所から、1ミリメートルも動こうとしない。

 僕は前後に軽くフットワークをして、相手の様子を伺う。

 相手は僕に会わせて、間合いを保ったまま、フィールドに円を描くようにゆっくりと動いた。


 一見、何の変哲もない動きだ。だが、あることに気付かされて、全身に鳥肌が立つ。

 前後左右、どこへ動くときもまったく上半身にブレが無い。

 移動する際に生じるはずの上下の動きがほとんどない。ブレが最小限に抑えられているために、ほぼ水平の移動が可能になっている。

 何と滑らかな動作だろう。

 まるで、足の裏に球体が装備されているのではないかと疑うほどだった。

 例えるならば、大きな水面。湖の上の静寂。本当はどちらも僕は見たことなどないのだが、きっとその表現が相応しい。

 ああ、素晴らしい。何と素晴らしい動作なんだ。

 見惚れていたわけではない。

 賞賛していても、僕の思考は常に相手に勝つことに集中していて、油断などあるはずもない。

 

 しかしその瞬間。


 相手の剣先が何十倍もの大きさに膨れ上がる。


 今までの静寂が嘘のように、突撃と斬撃が頭上から嵐のように降り注ぐ。

 信じられないほどの速度だ。

 頭、頭、肩、腕。体中を粉々に切り落とそうと刃が幾度となく振り下ろされる。

 僕は必死に下がって間合いを取る。駄目だ、どんどん詰められる。身体を振って避ける。刃が目のすぐ横を掠り、皮膚が破れる。傷から火花が散るのを目の端で捉えた。

 あと少しずれていれば視界をやられていた。この刃は危険だ。切れ味が鋭すぎて、掠るだけでも内部の電気神経系統まで破壊される。

 猛攻がほんの一瞬、ぴたりと止まる。

 湖の水面のような当初の静寂が思い出される。僕は咄嗟に前に出ようとした。それが間違いだったと直ぐに気付く。


「シェラアアアアアアーーーー!!!」


 相手の口から音が爆ぜたその瞬間、喉元に向かって突きが繰り出される。斬撃以上の速度。身体で避けるのは間に合わない。剣を刃に当てて、軌道をずらす。

 材質の異なる金属同士が擦れ合う、激しい高音。再び火花が散る。

 圧力が、剣を握る拳を殴るように伝わる。真っすぐで、あまりに力強い突き。細い剣では到底受けきることができない。

 流しきれなかった刃が、僕の左肩に深々と突き刺さる。会場がどよめく。

 電気神経が破壊されたことを感じ、思考内で危険信号が鳴り響く。しかし致命傷は避けた、貫通も免れた。


 相手の刃が僕の身体に引っかかっているのをいいことに、僕は躊躇わず剣先を相手の瞳に向けて腕を伸ばす。剣先が相手の黒い睫毛に触れる。

 間一髪、相手は刀を抜いて十分な間合いを取った。いつでも攻撃できる、という姿勢と気迫が、距離を取ろうとも内臓の奥まで伝わってくる。

 肩に穴が空いているのは奇妙な感じだが、そんなことを気にしている余裕はない。利き腕で無かったことを幸いと思うばかりだ。


 さて、どうする。

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