落ちこぼれ機械闘士の病熱【完結】

日野月詩

第一試合 螺鈿とは

プロローグ

 細い剣先が相手の体に吸い込まれていく。

 

 僕は、この瞬間がいっとう好きだった。

 この剣の尖った先端が、相手に触れた瞬間。

 服を裂き、皮膚を破り、体中の精密機械を壊して進む。

 そして背中を突き破って、ずっとずっと真っ直ぐに突き抜けていく。


 この感覚を、僕はよく知っている。

 僕は彼と戦っている。

 しかし本当は、もっとずっと遠くの景色を見ている。

 彼の背を超えたずっと先まで、この剣は進んでいくのだ。

 そう思うと何とも愉快で、恍惚とした気持ちになってたまらない。


 もうすぐ美しい瞬間がやってくる。

 剣先が僕をはるか先の未来へ連れていく。まるで最初から決まっていたかのように進み続ける。

 待ち望んでやまないその瞬間を……



 熱にのぼせ上がった体が一瞬で固まる。

 違和感。

 何故だ。


 彼は一歩、前に出た。


 剣先が吸い込まれていくにもかかわらず。


 おかしなことだ。まるで、僕の剣を自身の肉体に迎え入れようとしているかのように。

 彼の硬い胸に、剣が確かに刺さった手ごたえを感じる。

 このままの勢いならば、刺さった剣は貫通するのみだ。

 そのはずだ。だが、僕の頭には警鐘が鳴り響いている。

  物理的に鳴っているのか、僕の思考内での幻聴なのかは分からない。だが、確実に危険を示している。


 彼は1歩前に踏み出している。

 僕は攻撃のために既に重心を前脚に乗せている。2人の距離はかつてないほど近づく。

 剣がしなる。確かに刺さった。それはわかる。だが、突き抜けない。

 細い剣が曲がる。まるで弓のように大きくたわむ。


 その瞬間、僕は予感した。


 悲鳴だ。握り拳の中から、悲鳴が聞こえる。

 急に手の力が抜けた。腕の故障か。いや、そうではなかった。

 弧を描いた剣は、丁度真ん中で、直角に近い角度まで折れ曲がる。

  僕の刺突と、相手の突進。近すぎる間合いの両側からの力に、細い剣は耐えきれない。


 剣の半分が、くるくると回転しながら、相手の体を離れて後方に飛んでいくのが見えた。僕は思わずその剣先を目で追ってしまう。

 きっと、彼から目を話した時間は、ほんの一瞬だった。

 だが、それは目の前の彼にとっては長すぎる時間だったらしい。

 完全に彼の間合いだった。僕の顎の下に彼の拳が触れる。

 体が地面に叩きつけられる。アッパーカットが僕を身体ごと吹き飛ばした。


 衝撃で何もかもがぐわんぐわんと揺れる視界の中で、ぼんやりと相手が近づいてくる姿が見える。

  彼の小型ナイフが僕の首に突き刺さり、何の引っ掛かりもないように滑らかに横に流れていくのを、ただぼんやりと見ていることしかできない。


 ごろりと、何か重たいものが転がって落ちた音がする。

 視界がぐらぐらと揺れ、暗転する。

 僕はここでようやく悟った。


 そうか、落ちたのは僕の首だったのか。

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