第26話

 エンシェントドラゴンが「よっこらしょ」と若いくせに年寄りのふりをして外に出る。

 ゴブリンさんはそれを気にせずお菓子を食べているだけで、一体何をするのだろうと興味津々の冒険者たちは続いて外に出た。

 すると何やら口を開いて空に向かって立っているエンシェントドラゴンの姿があるだけだ。

 なんだか日向ぼっこしてる時に口を閉じ忘れた老人にしか見えないが、多分意味があるのだろう。多分。


「あ……あの、なにを、なさっておられるのですか……?」


「うん? お前たちにあの日記を読んでくれる『ヤツ』を呼んだんじゃ。じき、来るじゃろうて」


「え、何も聞こえなかった……」


「まあ人間の耳に届く音ではあるまいよ。ほれ、見えてきたわ」


「え? どこどこ?」


 エンシェントドラゴンが指し示す方角に何も見えない。

 というか、そもそもここは亜空間。呼んだところで誰かが来るのか? そう疑問を感じ始めた冒険者一行の目に、砂煙のようなものが僅かに見えた。

 目を凝らしてみれば、確かになにか・・・がこちらに向かってものすごいスピードで迫っているようだ。一体それが何なのかわからない程に遠距離ではあるようだが。


「き、危険な生き物とかじゃねえよな?」


「ふむ、その判断基準はよくわからん。じゃが大賢者は友人と呼んでおった」


「大賢者の、友人?」


「そうよ。単なる変わり者じゃと思うがの」


 一体それはどういうことだ、と男戦士が問う前にそれは到着した。


 地につくほどの流れるような金のたてがみ、真っ白な体躯、鋭く長い角――それはユニコーンだった。

 ぶるる、と鼻をふるわせて現れた、冒険者たちが知る馬よりも大きく壮麗なその存在に思わず後ずさるがユニコーンが気分を害した様子はない。

 エンシェントドラゴンを見下ろし、その済んだ青い目を向けている。


「……よし、こやつが読んでくれるそうじゃ」


「えっ、今なんか会話あったのか!?」


「うむ、この距離ならば念話も容易いわ。先ほどまでは遠距離にいたからの、亜空間を超えるとなると声を掛けた方が早い」


「え、どういう理屈……うんいややっぱいいや! 聞いてもよくわかんないし長くなりそうだしよくわかんないだろうから!」


 盗賊男は諦めるのも早かった。だがそれを責める者はパーティ内で誰もおらず、ユニコーンが文字を読めるという事実もまた驚きを大きくしていたからかそちらに気を取られていた。


「で、でもどうやって中に入っていただくんですか? それともあの日記帳をこちらにお持ちした方が……」


「その必要はないわい。こやつは人化の術が使える。いくらドライアドの亜空間がある程度安全とはいえ、家の外では“なにがあるか保証できない”からな」


「えっ……」


 何気なく発せられたその言葉の意味が、『安全ではない』と言われているのだと気づけばやはり気分が良いものではない。女神官が慌てて家の敷地に一歩下がる。

 他の冒険者たちもそうだ。


 慌てる冒険者を意に介するでもなくユニコーンが前足を高くあげ、いなないた。

 それと同時にたてがみがその体躯を包み込むように広がり、魔力が煌めく。

 鮮やかな煌めき、そして金色がゆらりゆらりと波打ち、落ち着く頃にはすらりとした手足が見えた。


 だが、冒険者たちは何とも言えない表情で硬直していた。

 なぜならば、そこには、確かに変化したユニコーンがいたのだ。


 巨大な角は消えたがその頭部は馬のまま、全裸の男性が、局部などをたてがみ……この場合は髪と呼ぶべきであろうか?

 とにかく一見すればただの変質者である。いやむしろ変質者である。


「では読み上げてしんぜよう」


「いっ……」


「うむ? どうかしたのか人間の乙女よ」


「いやあああああああああああああああああああああ!!」


 女神官 が 悲鳴 を 上げた!

 女戦士 が 剣 に 手をかけた!

 男戦士 が それを 止める……成功!

 盗賊男 が エンシェントドラゴンからローブを奪い去ってユニコーンに巻き付ける……成功!!


 見事なコンビネーションの末、ユニコーンの命は守られたのである!

 だが果たして挑んだところで、大賢者の友人であるというユニコーンの力がどの程度のものか不明であるため勝負になったかどうかすらわからなかったのだけれども。


 とりあえずユニコーンはきょとんとしていたし、エンシェントドラゴンはローブをはぎ取られて不満そうだ。そしてそれらを家の中から見ていたゴブリンさんが、のんびりと歩み寄ってくる。


「おまエら、ナに、騒いデるンだ?」


「だ、だって、はだ、はだ、裸だったんですよ!?」


「それは仕方あるまい、人間の娘よ。我はユニコーン。本来の姿たるあの姿のどこに布切れを巻いておけと言うのだ。寧ろ人間は布に頼り過ぎなのだ。いや、たおやかなる女体、それを傷つけぬため、そして恥じらいと装い、それらを考えれば妥当であると確かに我も思う。だがその見識を我が理解し賞賛するように、人間族もまた周囲に存在する我ら別種族に対し理解を深めるべきなのだ。かの大賢者たる淑女は数多の人間の理解を、同族でありながらも得られなかった。その事に対し我は大変悲しみを覚えたものだ」


「は、はあ……」


「ああ、すまない。我は人語もこのように流暢りゅうちょうに扱うのだが、それもこれも大賢者と名乗った彼女が始まり。それからは人間族とも我は交流しようと何度も何度も言葉を交わし磨いた結果故、驚かせたことは申し訳ないと思う。だがこれにより意思疎通ができるということは大変に素晴らしい事と思わないかね? そこなゴブリンの若者もそうであるが、意思疎通をし、互いの誤解をなくし、手をつなぎ合う。なんと素晴らしい事であろうか! そう、これこそが愛ではないのだろうか。他種族であろうと愛を育み、子を産み育て、そのように愛が広がっていけばこの世界に種族による隔たりなどなくなるのだ!! そうなれば愛は愛で世界を見たし、そしてすべての生き物が愛が愛で満たされるのだ!」


「え、へ。あ?」


「あ、愛、ですか……?」


「そうだ! 愛だ!!」


 力説を続けるユニコーンに、男戦士が手を額に当てた。

 そして横で胡乱な目をしているゴブリンさんに声を掛ける。


「……なあゴブリンさん、また変な奴が増えたと俺ぁ思っちゃいけないかな」


「いイと思ウ。あれはない。絶対、ナイ」


「そうだよな、俺はおかしくないよな」


「ああ、大丈夫ダ、おかしくナイ」


 ぽん、とゴブリンさんが男戦士の肩を慰めるように叩いた。

 その間にも女戦士や盗賊男に向かってユニコーンの力説は続いている。

 内容はそこそこ真っ当であるように聞こえるが、なんだかやっぱり……どこからどう見ても変質者が正論を垂れて若者に詰め寄る変質者である。


 冒険者さーん、こっちですー!! あ、詰め寄られているのも冒険者だった。

 そしてそれをゴブリンさんと男戦士が、遠くを、ただただ遠くを見つめながら落ち着くことを待つのであった。

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