第33話

 どうやら今回のイベントはうまいこと盛り上がってくれたらしい。

 勤務中の那須さんはウキウキとした表情でパソコンに食いついて作業していた。

 前のめりという奴である。


 話しかけて集中を途切らせても悪いので、コーヒーを淹れたポットと、ケーキを個包装にした物を差し入れしておいた。

 テーブルに置くと邪魔になるので台車ごとだ。

 それを見かねた同僚の貝塚さんが怪訝な顔で僕を見る。


「ちょっと向井さんたら、那須さんだけ特別視しすぎじゃないですか?」


 さっき普通に食していた彼女は、誰よりも特別視してもらいたい年頃であると言わんばかりに嘯いた。


 本当は業務そっちのけで話を聞いて欲しいのだろう。

 普段からサボりの常習犯である彼女は、何かにつけてサボる理由を探している。

 今僕に話しかけてきたのもそうだ。

 特に那須さんが羨ましいとかいうわけではない。

 

 僕は彼女を一瞥しながら用意していた回答を述べた。


「業務中に業務を放棄して喫茶店に通う常習犯に言われたくないですね」

「んにゃ! なんで知ってるにゃ!?」


 最近ようやく引っ込んだと思った「にゃ」の語尾は、興奮すると出てきてしまうようだ。

 これってロールプレイじゃないのか?

 しかしつけ耳とは思えぬ動きっぷりだった。


 が、今現在はアバターではなく一般人。

 そもそも社会人が業務中にそんな語尾を連呼する方が問題があるのだが。それよりも今は原因の追求である。


「僕も一応、NAFで遊ぶ身ですよ? GMなのにバックナンバー増やした人がいれば掲示板にタレコミがあったっておかしくないと思わないんですか?」

「にゃ! 全部消したはずにゃ!」


 その回答は肯定と受け取りますが?


「消しても、その場で閲覧は出来ます。僕は偶然閲覧中にタレコミがあったんです。直後に削除されましたが、よもやそれは職権濫用ではありませんよね?」

「そ、それはー……」


 泳ぐ視線。逃げきれないと悟ったのか、貝塚さんはその場で土下座をしながら擦り寄ってきた。


「しゃ、社長には垂れ込まないで欲しいにゃ。後生にゃ!」


 藁にもすがる思いというのはこの事か。

 しかし、この絵面は要らぬ誤解を招く。


「はい、離れてください。業務中ですよ、それとも社長に直接お話ししてもらいますか?」


 懐から内線を取り出し、構えるだけで分かりやすいくらい仕事に真面目になる。と言うか、こんな茶番を挟まなくても業務を実行して欲しい物だ。


「で、何に詰まってそんなに仕事したくないんです?」


 逃げ場を塞ぐように背後に陣取り、椅子を押さえつけて固定しながら問いただす。

 PCのデスクトップには、ランキング別に集計された『始まりの16人のかけら』のポイントがあり、どうやら彼女は一般的な業務の他に、これらのピックアップを頼まれたらしい。


 普段ならさっさと選べる人数であるが、今回のイベント参加者が想像を絶したらしい。

 時間帯もあるだろうけど、総参加数が30万人を超えたのは自由人の多いNAFにしては多い方。


 第一回、第二回に比べてサーバまるまる使ったのが功を奏したのか。そのおかげで労力の皺寄せが来た感じだ。


「手伝ってあげますのでチャッチャとやっちゃってくださいよ。肩とか揉んだら良いですか? 取り敢えず今日は例の喫茶への入店は絶望的ですね」

「にゃー、鬼にゃ! 鬼がいるにゃ!」

「普段からサボらずに終わらせてれば定時に帰れるんですよ?」


 結局騒ぐ事で休憩タイムまで時間稼ぎするつもりがそうはさせないぞ。結局僕も休憩時間を超過して貝塚さんとつきっきりで業務を終わらせた。


 ◇


「「お疲れ様でした」」


 勤務を終え、深夜。

 食事の時間くらいは日を跨ぐ前に取っておきたいが、彼女もまた社長として海千山千の老獪達に張り合って頑張っている。

 弱音を吐く時間すら惜しいと今日も夜まで根を詰めてウチに来た。

 そのくせおかずの持ち寄りはやめないあたり豆なのだ。


 彼氏の一人くらいいてもおかしくないというのに、お付き合い経験は僕以外にないというのだから世の中わからないものである。

 今日のおかずはビーフシチュー。

 おかずどころかメインを張るな。


 僕はいつも通り炊いた米に、フレンチ慣れしてるであろう彼女に合わせていくつかスープを見繕った。

 ガツンと重めの食事に合わせて、ここ最近の引き出しは多めに用意しておいた。

 その中の一つにバゲットなどもある。

 要はフランスパンだね。それをナイフで切り分けて、シチューを吸わせて食すのだ。

 

 日本風にご飯と一緒にいただくご家庭もあるだろうが、食べ方なんてその人次第。決めつけるのは良くない。どうせなら選ぶ食事スタイルを提供したい物である。


「それと〜、今夜はこちらを持って参りました♪」


 持ち上げられたのは赤ワイン。

 何分嗜むこともないので銘柄までは判らないが、彼女が持ってきてくれた物だ。お値打ち物なのだろう。


「千枝さん、ログイン前はお酒は飲まない派だったんじゃ?」

「今夜は飲み明かす気で来ました。明斗さんに聞いて欲しい愚痴がいっぱいあるんですよ。本当にムカつく、あのハゲ親父!」


 飲む前から随分と感情的だ。

 これは今日のログインは絶望的かな?

 しかし彼女がここまで悪態をつく相手と言うのは聞いたことがない。ご年配相手でも一歩引いて己を曲げずに申し出る千枝さんが、こうまでボロが出るとは。


 とは言え、彼女の申し出はありがたく引き受けよう。

 第二サーバの様子も気になれば、第二の街の取り掛かりも気になるが、さりとて急ぎでこなしたい用事もないしな。

 それに情緒不安定な彼女を慰めるのも彼氏の立派なお勤めだ。


 もちろん、仕事でなくプライベートのだけど。


 ◇


 散々愚痴を聞いたあと、その場で寝入ってしまった彼女をベッドまで持ち運んで寝かせた。

 流石に彼女を置いてログインするわけにもいくまい。

 食洗機に頼らず食器を片付け、風呂の準備をしておく。

 僕も入るし、彼女ももしかしたら入るかもしれないからね。


 そんな時に水風呂は少しかわいそうだ。

 テレビをつけると、ニュースでNAFについて取り上げる番組があった。

 そのコメンテーターの一人が、なんともはや『ゲームは悪』だと遊びもしないで決めつけるタイプの老害タイプで、特徴を取り上げていくと千枝さんの愚痴の相手が彼だと言うことに気がついた。


「成る程、こいつかぁ……あれ、でもこの人。どこかで見たことあるな。どこだっけなぁ?」


 世代的には僕の祖父か、ギリギリ下。

 70代までは行かないが60代後半。

 そして後頭部が随分と寂しくなった人で思い出す。


「あれ、近藤さん?」


 前の会社でお付き合いしたことのある、町工場の社長さんだった筈。この人いつの間にコメンテーターだなんて立派な肩書き得たんだ?

 む、隣にいるのは確かそのご近所さんの旅行会社さんの……

 もしかして商店街の集まりで担ぎ出されたか?


 確かにこの人があまりゲームで遊ばないのは知っているが、だからこそNAFで遊んでもらいたい。

 ちょうど明日は有給だ。

 本当だったら千枝さんとのディナーを満喫する為に引き出しを増やすための研鑽に費やすところだが。

 ちょっとばかしお節介を焼かせてもらおうか。


 彼女にとってNAFは会社の社運がかかってる遊び場兼、僕やみんなが集う憩いの場となっている。その場所を風評被害でなくされたら僕の方も困る。

 イベントの盛り上がりの陰でこんな陰険なヘイトスピーチを受けてれば愚痴も言いたくなるさ。

 

「後は僕に任せて。彼も引っ張り込んで見せるさ」



 ◇



 翌日。


「どうも、お久しぶりです、親方」

「おう、最近見かけないと思ったら随分久しぶりじゃねぇか若ぇの」


 ニュース特番に出ていたコメンテーター姿とは大きく変わって作業着姿の近藤さんは今日も快活に作業を行っていた。


「テレビに出てて、懐かしい気分になりまして最近伺ってないなと。あ、こちら最近できた和菓子屋さんのお団子です、お茶請けにどうぞ」

「おい! 母ちゃん、茶を淹れてくれるかー? 悪いな。近所の恭平ちゃんが腰を悪くしちまってから納得いく団子屋が出来ずにいたんだが、兄ちゃんが選んできたって事は期待して良いんだな? お、ずんだ餡か。俺が好きなの覚えててくれたのかい?」

「本当は自分の茶請けを買いに来たんですが、ちょうど良いので親方さんの分も買い足しておいたんです」


 自分の分を吊るすと、抜け目ねぇなと苦笑された。

 奥さんの幸恵さんからお茶をご馳走され、休憩をする。

 そしてやはりと言うか、近藤さんの性格に目をつけたゲーム業界に仕事を奪われつつある旅行業がゲーム撤廃を通じて動き出したのが今回の背景だった。


 なぜ旅行会社が? と思うのかもしれないが、割とVRで何でもかんでも出来てしまうと旅行会社が煽りを受けるのだ。


 老人達より絶対数の少ない若者に人気が集中するならまだ犠牲は少ない。

 しかしNAFは全年齢、どころかご年配も夢中になる要素が含まれていたため、今回矢面に挙げた可能性もある。


 茶をしばきつつ、近況報告。


「そう言えば兄ちゃん、会社の方は残念だったな。事業縮小だって?」

「いえ、あんな業務態度では仕方ないと思いますよ」

「自分の勤務先が不安定だってぇのに随分と余裕だな?」

「実は転職しまして」


 名刺を渡す。近藤さんは胡乱げな瞳で名刺をジロジロ舐め回す。


「あぁん、兄ちゃん。あの会社に入ったのか!」

「ええ、新規会社でありながら福利厚生が行き届いて良い場所ですよ」

「まさかテレビのコメントを聞いて異議申し立てしに来たんじゃねぇよな? 俺はあの場で言ったことを曲げる気はねぇぜ? 息子や孫もゲームのやり過ぎで空返事が増えちまってる。あれは人の営みを奪う悪ぃ遊びだ。人間だったらよぉ、顔付き合わせて会話しやがれってんだ」


 言いたいことはわかる。

 それでも、こちらも一歩も引けない。


「まさかまさか。親方は勘違いをされていますよ」

「ゲームって言うのはあのコントローラーを握ってピコピコするやつじゃねぇのかい?」

「一般的にはそうでしょう。しかし実際のところは僕よりも上の立場の方が夢中になって遊ぶ場所です。よかったら一緒に遊びませんか? もちろんお時間は取らせません。遊んでみて、思った通りつまらなかったら投げ捨てて構いません」

「どうして俺にそこまで進める? 俺ぁ、曲がったことは大嫌いな男だ。ゲームなんかどれも一緒だ。そう思ってるぜ?」

「そんな親方にだからこそ、ぜひ手に取っていただきたいソフトがあるんです」

「そいつが例のゲームだってぇのかい?」

「ええ」


 刀を切り結ぶかのように視線が交わる。

 恐ろしいほどの威圧だ。

 けどここで屈するようならわざわざ足を運ぶ必要もない。

 ここに来た時点でこうなることは分かっていた。

 恐ろしく長いと思うほどの時間。

 一時間か、二時間か。それともまだ十秒も経っていないのか?

 額から流れた汗が頬を伝い顎から滴り落ちる。


「チッ、兄ちゃんには敵わねぇな。無論、遊び方は教えてくれるんだろう?」


 先に折れたのは親方だったよ


「無論。やり方含めてお教えしますよ」


 僕はまたも頑固職人をNAFへ誘致してした。



 ◇



「いや、こいつぁ驚いたぜ。VRって言うのか? 今のゲームはここまで進化したんだな!」

「凄いですよね? 風に乗る匂いまで風土による影響を受けるんです。本日は親方に是非遊んで欲しい場所がありまして」

「ほう、俺の納得のいく遊びがあるのかい?」

「きっと気に入っていただけますよ。都コンブさん!」

「ああ、ムーンさん。準備できてるよ」


 事前に話を通していたので、準備は万端だ。

 今回はクランの外で金属の加工を通じた昔懐かしい遊具の再現をする試みをしている。


 金属はごまんと用意した。

 後は己の技量をどれほど活かすかにかかっている。


「今日は世話になる。リュウゾウじゃ」

「あたしは都コンブ。どうとでも呼んでくんな」

「僕はリュウゾウさんの付き添いで来ました。正直金属加工については門外漢ですので、今日はお二人からお知恵を拝借したいと思っています」


 初めて顔を合わせたのに、都コンブさんと近藤さんことリュウゾウさんは顔を見合わせて僕を鍛えるつもりで振る舞う。


「ほう、ここの火炉は鋼まで溶かせるのかい?」

「その上で墨の盛り具合で硬さがピンキリでね。こればかりは毎日触ってもまだ慣れないよ」

「あんた、そう言いつつも見事な技術だ。その腕前でさえその謙虚さ。俺も大言吐けねぇな?」

「あたしはまだあんたの腕前を見てないので何も言えないね?」

「見ていろ、吠え面かかせてやる」


 職人は出来上がった作品で腕を見せる。

 リュウゾウさんはすぐにこのNAFに夢中になった。

 何をしても自由だからこそ、何に手をつけて良いかわからない。


 だから僕はお互いの得意分野が合致する組み合わせを提供した。

 彼は職人だからこそ、腕を磨きたい。

 しかし自分の工場に篭っている限り、必ず限界が来る。

 こうやって腕を競い合う場をゲームで体験出来たなら、彼のゲームに対する価値観はきっと変わる。



 ◇



 そして数日後。

 例のニュースに再びコメンテーターとして呼ばれた。

 親方には例の旅行会社の人には何も言わないで良いと伝えてある。


 千枝さんは不機嫌そうにその番組を見ていた。

 しかし親方が口を開いた途端、ビックリしたように目を見開く。

 信じられないと言うようにテーブルをバンバン叩いている。

 僕は、夕食の準備をしながら上機嫌になった彼女とお祝いのワインを開けたのだった。

 

 後日、天地創造に新しいメンバーが加わったのはまた別の話。

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