第30話

「ムーンライト君が農業に手を出したと聞いて久しぶりにこっちに顔出したよ」

「こっちでは初めてですね、ブルームーンさん」


 奇しくも名前に同じ月を抱く者同士、仲良くさせて頂いているのが、このブルームーンさんだ。

 単純に苗字が青月さんということなのだけれど、彼は別に農家出身という訳でもない。

 単純に都会暮らしでそっちの道に興味を示している一人だった。


 ただ、このクランに与してる以上変人のうちの一人。

 僕と同様に興味がある事柄に関して妥協しないことで有名だ。


「しかし君が農業とは、驚いた」

「実は彼女から野菜を育てていると聞いて、じゃあ僕もやってみようかなと興味本位で」

「彼女ってクランマスター?」

「ええ、最終的に落ち着きまして。今現在結婚を前提におつきあいさせていただいてますよ」

「そうか、彼女もいよいよ年貢の納め時か。嫌ね、うちの娘の同級生なのさ、彼女」

「ブルームーンさんの人脈も割と謎ですよねぇ」

「君ほどじゃないさ。一般人でその域に至れるのは君くらいだってクランマスターが息巻いてたよ?」


 出会い頭に近況報告を交えた雑談はPC時代からの流儀である。


「それで、わざわざこっちに顔を出すってことは僕に用事ですか?」

「うん、それなんだけど新種の種を手に入れたんだが、どうにも土が悪くてうまく根付かない。君、土の種類はやたら詳しいだろ? 相談に乗って欲しくてさ」

「僕なんかで良ければいくらでも。そのかわり野菜作りのノウハウを教えてもらっていいですか?」

「勿論、たくさん学んで帰ってよ。お土産も用意させるよ?」

「ありがたく頂いていきます。実はR鳩さんに平凡と言われたのがショックで……」

「ああ、新規で入ったあの人? あの人僕の持って行った野菜にも平凡って言うよ?」

「ブルームーンさんのでも?」

「きっと彼なりの基準があるのだろうね。基準点を超える何かがなければつまらない食材なんだろう」

「なんだかわかる気がします」

「君も似た感じの人だもんね?」


 この人一言おいよな、と内心で止めつつに例の畑へと赴く。

 畑はセドーイの街の北の農地エリアの一区画。

 そこにデカめの木が生えていた。


 あれ? 畑と聞いていたけど気のせいだったかな?


「あ、こいつ? うちのカカシのウッドストック君だ。オークってモンスター知ってる? 体が木でできてる奴」

「トレントですか?」

「そいつの亜種かな? 産業革命さんの開発した隷属のロープで縛り付けると、こうやって養分を渡す代わりに畑の世話をしてくれるんだ」

「畑の栄養って半分くらいこいつに取られてるんじゃ? だから新種の種も芽吹かないんじゃ?」

「そんな訳ないだろう?」

「いや、モンスターはどこまで行ってもモンスターですよ? 人に懐くとか聞いたことないですけど?」

「そうなのかい?」


 頷いて見せると、ブルームーンさんは斧を振るって一刀両断した。

 ウッドストック君が、左右に割れて絶命した。

 相変わらず農家とは思えないパワフルさだ。

 この人農家の他に林業も木材加工も、ついでに畜産もやってるからね。家畜の小屋も手作りしちゃうんだから。


 僕はそれだけじゃ安心できないとして、ウッドストック君の足場を掘り起こす。

 そこには彼の子供と思しき根っこがウネウネしていた。

 やはりこいつらが畑の栄養泥棒じゃないか。


「何だこいつら、人の畑に不法侵入してきて迷惑な奴だなぁ」

「僕はオークについて詳しくないんですが、こいつってどこのフィールドに出現するんです?」

「山岳エリアの奥だね」

「もしかして新種の種も原産地そちらです?」

「よくわかったねぇ」


 それは単純に土が合わないんだろうなぁ。

 セドーイ近辺の土は山岳地方に比べて柔らかい。

 本来ならこれほど増えずに隠れ住む程度で済んだのだが、ここは居心地が良すぎたか。


 全てのオークを殺処分してから畑を作り直す。

 今の畑は栄養剤が即効性だとかで種を植えてもすぐ芽吹くらしい。

 そして例の種を植えて出てきたのは……


「グァアアアア!」


 モンスターだった。

 うん、トレントだね。早速例のキノコの毒を注入して動きを止める。

 トレントは植物型モンスターの中でも上位種族だ。

 多様な果実を実らせて、それらはプレイヤーによってさまざまなデバフをもたらす。

 普通なら好き好んで食そうとは思わないのだが、僕はそれをもいで食べた。普通に見た目通り柿だった。渋くない。カリカリでほんのり甘いの。


 それができるのはあらゆる毒物耐性を持つ僕ならではだ。

 ピコンピコンと立て続けに僕の耐性がポップアップしていき、そして胸元をグッと抑えて蹲る。


「ちょ、ムーンライト君!?」

「大丈夫、僕の耐性が抜かれた程度ですから」

「それを普通大丈夫とは言わないんだよ!?」

「少し意識がくらくらするので、少し戦闘できません。すぐに乗り越えてみせますが、あのトレントは任せていいですか?」

「そりゃいくらでも任せてもらっていいけど。君の事だ。きのみはいくつか確保しといて欲しいんだろう?」


 僕はニコッと笑ってその場で昏倒した。

 五体投地である。中途半端に蹲ってるよりこっちの方が楽なので。


「うぉおおお! ムーンライト君の仇!」


 死んでないってわかってるくせに派手な演技で鼓舞してトレントを討伐していた。

 うつ伏せで寝ながら先程の柿を媒介にしたシロップを作成。

 舐めて耐性をつけながら自動回復していく。


 さっきの種、どこかで見たことあると思ったら柿の種だったか。

 しかもトレントが実るとか、なんだかんだこのゲームのモンスターって逞しいよね。

 しかも猛毒に混合毒、植物毒*Vがもう混ざってくるとは。

 これはもしかしなくてもVR版の毒のグレードはⅤ以上あるな?

 ほのかにそんな嫌な予感を覚えつつ、落ちた木の実から再度リポップするトレントと終わりのない激しい攻防を繰り返すブルームーンさん。


 これ、もしかして畑の栄養なくなるまで続くんじゃないのと予感しながら、畑の土の味を堪能した。


「ふう、ようやく乗り越えたぞ?」

「君が相変わらずの変人で良かったよ」

「褒めても何も出ませんよ?」

「貶してるんだけど」

「ひどい!」

「うそうそ、冗談だって。君は相変わらずノリがいいね。話していて飽きが来ない」


 ブルームーンさんだって相当な変人だろうに。

 うちのクランの連中はみんな揃って棚にあげるのが得意だ。

 トレントの残骸を拾い集めながら、何かの印をつけていく。

 そしてありあわせの素材で椅子とテーブルを作った。


 僕が端材から調薬キットを作るように、この人は丸太からテーブルセットを作り出す。設計図も何もなく、頭に全部そういうのが入ってるんだ。

 やっぱり変人じゃないか。


「それで、その果実は味はいいの?」

「瑞々しくて美味しいですよ。ただ毒が……」

「毒マニアのムーンライト君の耐性を貫通するんだっけ?」

「今は普通に食べれます」

「ずるいなぁ、産業革命さんに耐性魔道具作って貰わないと」


 一人でもぐもぐ食べてると、羨ましそうな視線を送られる。

 いや、これは状態異常耐性を乗り越えた人の特権だから。

 でもずるいと思われるのは心外なので、手記からページを一枚切り取って、予測される状態異常を綴って渡した。


「何この羅列?」

「産業革命さんがこの柿を食するために乗り越えなきゃいけない状態異常耐性のリスト」

「こんなにあるの!?」

「多分だけど、これこの前見つけた魚類毒の上位互換だよ。トレントの種類によってはまだ上位があるかも知れないけどね。林檎や梨、みかんや葡萄とか色々用意してそうじゃない?」

「ああー、ここの開発のことだからありそうだなぁ。PC版じゃ直撃でデバフだったけどVR版で採取も可能だとすればワンチャンあるものね? じゃあ僕はそれを育ててムーンライト君に提供すればいいわけだ」

「そこから頑張るのは産業革命さんだろうけど、単純に毒料理として消化してくれそうなのがR鳩さんかな?」

「腕はいいって聞くよね」

「うん、そしてとびっきりの命知らず」

「君が言うんだ?」

「現時点でキャラロストが40超えてるのは彼くらいだよ?」

「流石、うちのマスターがスカウトされてくるだけはあるか」


 ね、開いた口が塞がらないとはこのことだよ。


 ◇


 そして案の定食材を持っていくと目を輝かせてこう言った。

 

「ムーン君、どうして全ての種類を調べてこないんだ。モンスターさんの果実だって!? 絶対にうまいし猛毒に決まってるだろう!? ここの開発なら死ぬ代わりに極上の旨味成分を仕込むに決まってる。ほら、準備して! 早速集めに行くよ!」


 あとは魚類毒の時と同様、彼の知的好奇心の赴くまま。

 僕の毒耐性の好奇心の赴くまま市場に新たな毒素材が並び、そして新しい毒メニューのレパートリーが並ぶ。


 信者の如く喫茶アルバートに列を作る層は決まって名前の後ろにつく数字が大台に載っていた。


 僕も人のこと言えないけど、間違いなく火付け役はR鳩さんだろう。

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