第21話

「お疲れ様です、貝塚さん。これ、お土産です」


 イベントの日中は普通に仕事をしている。

 NPC対応ありにしてるからできるこの仕事。

 中身ありの時間はみんなには言ってないが、反応が違うので大体バレているとは思うけどね。


「んにゃー、おやつタイムにゃー!」

「今日は新作だそうで、皆さんの分もあるのでちゃんと分けてくださいねー?」


 お茶請けにアルバートさんのところのお菓子を買ってきた。

 いつもお茶を飲んでもらってるが、今日はカルーアさんところのコーヒーも買い付けたのでそれをドリップする。


 と、給湯室から部署を覗くと、早速手につけてる面々が。

 もう少し待つこととか覚えてくれたらいいのに。

 いや、早い者勝ちみたいなところになってるからね。

 全部美味しいけど、みんなの食べたいものが偏っているのがいけないんだ。

 アルバートさんの品揃えの極端さは今に始まったことじゃないが、NAFに関わってから特に顕著になった様に思う。


「今日はコーヒーをお供にどうぞ」

「あー、生き返るにゃー」

「徹夜ですか?」

「この子、ログインしてアルバートさんのところに通ってたらしいんです」

「あー……」


 完全に自業自得というやつだ。

 業務外でのログイン事情を会社に持ち込まれても誰も庇ってくれないというのに。

 それでも通いたくなるのはわからなくもない。


 ちなみに差し入れもアルバートさんのところのお菓子だが、彼女達は見抜けるだろうか? 別に見抜けなくたっていいけど。


 話題を変えるために今取り掛かってる仕事の進捗を訪ねる。

 貝塚さんは話にならないのでクールビューティーの那須さんだ。


「イベントはどんな感じです?」

「向井さんは参加されてないんですか?」

「遊んでますけど、運営側から見た手応えはどんな感じかなーと」

「流石にそこは終わるまでわかりませんよ」

「ですよねー」


 那須さんはにこりと微笑む。

 そりゃそうか。なんせイベントはトータルで2週間ある。

 まだ開始して2日目。

 結果など終わってみなければ分かりようがない。

 GMはそれをサポートする役目。

 お話を聞くだけとはいえ、プレイヤーがどの程度このイベントに参加してるかも気になるが、気にしすぎてもよろしくないと言っていた。


「あ、でも。第三陣受け入れ準備は出来そうですよ」

「あれ? まだ第二陣受け入れ中じゃなかったっけ?」


 僕がVR版NAFに参加したのも二陣の頃だと聞く。

 うぐぐいすさんが一年がかりでようやく二陣受け入れできるレベルまで環境を整えたと言っていたけど、まさかもうそれ以上の環境になったのだろうか?

 うーむ、基準が分からん。


「何言ってるんですかー、とっくに埋まりましたよ。ムーンライトさんが来てからすごい速さで埋まったらしくて」

「へー、流石は始まりの16人の内の一人ですね。集客力が段違いだ」


 ちなみに僕がそのムーンライトである事は部署のみんなには内緒である。

 一応NAFで遊んでる事は話したが、プレイヤーネームまでは教えてない。

 流石にそこはプライベートの問題だし、この部署にはうっかりの権化がいるので内緒にしたままだ。


 僕の仕事はあくまでGMのケアマネジメント。

 運営には直接関わらないのだ。


「ムーンライトさんそのものより、連れてきた人がどんどん新しいお店を開拓して、味を占めたプレイヤーが駆けつけたという方が正しいですね」

「うん? アルバートさんは社長が直々に引っ張ってきたと聞きましたが?」

「独断で誘致はできなかったらしくて、その裏にはムーンライトさんが関わられていたらしいんですよ」

「成る程、人脈で社長に勝ると。何者なんでしょうね?」

「それはこっちが聞きたいですよー」


 那須さんがチェリーパイを頬張りながらコーヒーを喉に流し込んだ。


「いやー、ごちそうさまでした。活力満タン! 今日も元気いっぱい頑張りますよー。ウヒョー」


 今日も那須さんはテンションが高い。

 貝塚さんや安藤さん、麻場さんがそれを微笑ましい顔で彼女を見ていた。

 どうやら普段はあんな感じではないらしい。


 どちらかと言えば貝塚さんがあんな感じで、那須さんが諌める係。

 彼女がはっちゃける様になったのは僕が来てからだという。


「気持ちが楽になっているのなら何よりだけど」

「テンション高すぎてついてけないにゃ」


 同僚からこの言われ様。

 普段おとなしい人がキレたら怖い前触れだろうかと戦々恐々としているが、普段ツッコミ役に回らずにはいられなかっただけで僕がそれを引き受けた途端水を得た魚の様に暴れ出したらしい。


 損な役回りを僕に押し付ける事でやる気になったのならそれでいいんじゃないかな?

 僕自体はこれっぽっちの仕事量を損ともなんとも思ってないけどね。

 これはブラックな企業に長居しすぎて感覚が麻痺してるのかもしれない。少しずつ今の環境にも慣れていかないとなぁ。


 ◇


「と、まぁ今日担当部署でそんな事があってね?」

「あら、あの生真面目な那須さんが珍しいわ」


 今日の夜食はお歳暮でもらった牛霜降り肉の消費につきあっていただけませんか? という要望で焼肉パーティーとなった。

 投資家というだけあってお歳暮の数もすごいらしい。

 僕も断る理由もないのでどうぞ、とご招待した。


 今の設備はすごいね。

 焼肉屋の設備が個人宅でも再現できるなんて思いもしない。

 僕もバーベキューで備えた知識を披露しつつ、網の上で肉を並べて野菜も置いていく。肉だけだと肉汁で網がすぐ焦げ付いてしまうからね。野菜を置くのは肉の避難所だ。肉汁の旨みを吸った野菜も美味しくいただける。まさに一石二鳥なのである。

 そこに発泡の強いお酒も添えれば尚いいが、彼女はこれからVRに乗り込むのでノンアルコールでお付き合いしてくれた。


 泥酔時のログインはプレイヤーにどの様な影響を与えるか?


 実際は個人差があるのではっきりしたことは言えない。

 僕は平気だけど、千枝さんはダメだった事ははっきりしている。

 単純にプレイスタイルによるのだろう。


 彼女の様に動き回って細かい精密動作を強いられるプレイヤーにアルコールは大敵なのである。

 じゃあ生産職なら平気か? というわけでもない。

 だからこれは個人差なのだ。


「僕の能力が役に立ってくれたのなら本望だけどね」

「最近あの子達も仕事にのめり込んでくれてるのでプレイヤーからの反応もいいんですよ?」


 程よく焼き上がったお肉に塩を振っていただく千枝さん。


「へぇ、僕は普段の彼女達がどの様な仕事をしてるかまでは知らないんだよね。イベントしてるのは知ってるけど、その内容までは教えてくれないし」

「一応社外秘ですからねー」

「でも第三陣の受け入れ態勢が整ったのは教えてくれたよ?」

「それは遅かれ早かれ告知する予定だからですね。あ、このキャベツ美味しい」

「僕が複数の焼肉屋さんを渡り歩いて突き詰めた黄金比の特製塩ダレドレッシングだよ。焼肉屋さんのだとビールに合わせるためにニンニクマシマシなんだけど、僕のレシピは気持ち抑えめだね。ご飯にも合うので単品でもどうぞ」

「わー、明斗さんの手作りだー」


 彼女の味覚は辛すぎるものはダメで、しょっぱすぎるのもアウト。

 繊細な味覚を持っているので強い味付けで誤魔化すのはダメなのだ。

 代わりに素材の味を生かしながら、更に旨みを引き出す様な味付けにしてやると食いつきが変わってくる。


 未だに大河飯店のエビチリを再現しきれない僕だけど。

 彼女のためにも是非とも隠し味を見つけたい所だ。


 あの味は彼女ですらぞっこんになる繊細な味わいの集大成。

 僕も好きだったし、当時ファンが多かったお店でもある。

 店主の怪我が原因で店を畳むことになったのは本当に残念でならなかった。


「んふふ、おいしー」

「喜んでもらえて何よりだ。むしろこんなにお高いお肉をご馳走してもらっちゃって僕の方こそ申し訳ない気持ちだよ」

「いいんです! こういうのは料理できる人に渡した方が確実ですから」


 はて? お肉を焼くだけなら誰でもできるのでは?

 訝しむ僕に、千枝さんは付け加える。


「正直に告白しますと、今まで私が作ってきたおかずは、具材をオールインするだけで簡単にできるクックシェフという機械が作ったものでした」

「ああ、ありますね。それの何が問題なんです?」

「えっと、その……お料理できない女性は好かれないかなって、なんとか繕ってたんです。ごめんなさい」


 モジモジしながらシュンとする千枝さん。

 何をそんなに謝ることがあるのか。

 

「僕は嬉しかったですよ? どんな形であろうと、女性からそうやってアピールされたことは一度たりともありませんでしたから」

「じゃあ、私が実は料理できなくても問題ないですか?」

「それぞれ得意分野が違いますから。今時女性だから料理ができて当たり前! だなんて言いませんよ。僕はただ、興味があったから料理もしてますがこれは結果論です。そこに興味を抱く何かがなければ今の千枝さんと同じ状態になっていたでしょう。だからと言って責めますか?」


 千枝さんは首を横に振る。

 彼女が僕を選んだのは、料理ができるかどうかではないからだ。

 僕も同様に、彼女にその部分を求めてない。


「それ以前に千枝さんにはもっと別の魅力があるじゃないですか」

「うぅ、良かったです。私、明斗さんに嫌われたら、もうどうしようかと」

「ほらほら、お肉の煙が目に染みるからって泣くことはないでしょう?」

「えーん、お肉の煙がいつも以上に染みますー」


 逃げ道を用意すれば、即座に飛び乗ってくる。

 今は彼女の不安な気持ちに寄り添って一緒にイチャイチャした。

 食後の彼女はアルコールを摂取してないのにほろ酔い気分で帰宅した。

 同じ階層とは言え夜中は危険なので送っていく。

 数メートルの差だけどね、二人で出かける時間はVRでの中ぐらいしかない。

 イベントが終わったらどこかに誘い出そうかな?

 今はまだ、イベントを優先するべきか。


 ◇


 ログインすれば、人々はまばらに散っていく。

 この時間帯はいつも混み合うというのに。

 どこに行ってるのかと思えば、イベント会場だった。

 クランメンバーのログイン状況から察するに、全員参加してるらしい。


 だと言うのに中身不在の僕が流暢に対応してる事をクランメンバーはフェイクか? と腕を組んで考察してるのだ。


 ポッケに眼鏡を挿してるからNPCだと言うのに、蓄積されたデータ、受け答えをまるで僕だと指摘する。

 自分が出来ないことを僕がやってのけたのが悔しい様だ。


 本当にここの人たちは負けず嫌いが多いな。

 僕はイベント会場には寄らず、前回仕上げた解毒薬のレシピを、タイプの違う毒を仕上げる為に流用していた。


 あれほど大量に毒を浴びせられたのは初めてだ。

 僕はどこかでR鳩さんを甘くみていたのかもしれないな。


 流石にミーシャ程猛毒に精通していないだろうと高を括っていたが、それは間違いだった。

 彼は危険と知っても、それに飛びつく僕と言う人物を知ってしまった。

 そして危険なほどに旨みを強めるNAFの食材に魅入られてしまったのだ。


 そしてその凶刃は僕どころか一般プレイヤーにまで向けられていた。

 優しいとは言え、猛毒をメニューに混ぜる悪戯をしてしまったR鳩さん。

 一応趣旨は述べたし、自己責任とした。


 それでも狂気的なファンがついてしまった。

 貝塚さんことGM:ぐるぐるあんもにゃいもその一人だ。

 並んでまで席に座り、危険食材をふんだんに使った美味を求めた。


 まるで麻薬だ。


 そんな食品が跋扈してるゲームに新しく人を呼ぶ?

 正気じゃない。僕ですらそう思うのだから狂信とは怖いものだ。

 きっとみんなして僕には言われたくないって言うんだろうね。


 でもさ、僕が毒耐性を求めるのは、プレイヤーに僕の屍を乗り越えて欲しかったからだ。

 特にシステム面。

 状態異常を率先して獲得しろと言わんばかりのスキル獲得枠255個。

 一見して埋めるのも大変だと思うが、これはパッシブスキルも含まれる。

 命中補正だって補正値によって細かい数値が振り分けられ、それが一つにまとめられることもない。故に255個は少ないのだ。


「もっとのんびりと遊ぶつもりでいたけど、R鳩さんの犠牲者がこれ以上増える前に、全ての状態異常回復薬を作り上げねば」


 これは彼に僕と言う存在を見せてしまった罪滅ぼしだ。

 別に好きに遊べばいいとも思う。

 でも、またあんな風に人が減っていくのを見るのはごめんだった。


 PC版はまさに理不尽とも言えるキャラロストで辞めていった人が多かった。


 特に今回は失敗はできない。

 僕の恋人が全権を指揮するゲーム。

 だから僕は彼女を支える大黒柱としてその予兆を消し去る役目を担うよ。得意分野が、趣味だった仕事に今度は明確な義務感を持てた気がした。


 例え身内の凶行だとしても、身内だから未然に防がなければ。

 そんな風に考えて没頭してたら日を跨いでいた。


 徹夜するほどのめり込むことなんて仕事してから初めてだ。

 遅刻こそしなかったが、那須さんからはらしくないと心配された。

 ゲームに夢中になっていた旨を語れば、貝塚さんが鬼の首を取ったようにマウントを取ってくる。


「向井さんもアチシのこと言えないのにゃー」


 君の目的と比べてくれるなとは言いたいが、趣味に没頭していたのは事実。

 仕事場に疲れを持ってきたのは僕なので、彼女の指摘にぐうの音も出なかった。

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