第20話

 イベント当日、ワクワクした気持ちでNPCの中の人を担当するも、僕のエリアは閑古鳥が泣いていた。


「思ってたのと違う」


 思わずそんな呟きが漏れる。

 PC版NAFでは終ぞイベントらしいイベントも起こらず、じゃあ開催されてたからって参加したかは別としてイベントってもっとこうお祭り的要素があるものじゃん?

 せっかく無理を通してサポートしたのに、なんで僕の周りだけこんな……


 おかしい、おかしいよ。

 もっと僕は普通の人にあれこれ教えたかったのに。

 なのにどうして僕の前には知り合いだけしか居ないのだろうか?


「ムーンライトさん、聞いていますか?」

「聞いてる、聞いてる」


 ただいま、調薬クラン『人類の灯火』マスターであるミントさんから詰め寄られている。

 ちなみにそれ以外はまるで興味も持たれてない、やたら周囲からチラチラ見られるのはきっとミントさんが居るからだと思うんだよね。


「それでですね、例のレシピですけど」

「ああ、うんエビチリの」

「それです! 何度やっても想定の味にならないんですよ。だからきっとレシピに不備があるんじゃないかと問い正しに来たんです!」

「えぇ、分量から手順まで全て書き込んだよ?」

「それでも、そっちの道のプロと素人さんじゃ捉え方が違うものさ」

「あ、R鳩22さん。今日はイベントに参加しに来たんですか?」

「そうだね、みんなは忙しそうだったのでここに」


 どうせ僕のところは暇ですよ。

 空いてるテーブルに座って、寛ぐR鳩22さん。

 あれ? 前会った時R鳩21じゃなかったっけ?

 またキャラロストしてるあたり、危険食材に手をつけたな?

 この人なんだかんだ僕のこと責められないからな。


「実はムーンライト君に試食して欲しい料理ができてね」

「ムーンライトさん、この方は?」

「純喫茶アルバートのマスター」

「え!? ファンです!」

「こんな綺麗なお嬢さんに気に入られて嬉しいねぇ。ご贔屓にね?」

「欲を言わせてもらえればもう少し作り置きを増やして欲しいくらいで、それと以前置いて桃のコンポートゼリーはもう置いてないのですか?」


 桃にそっくりな果実を糖類、赤ワインで煮込んで甘味をマイルドにしたゼリーだ。面白いのは3種類のスライムの距離を調整して硬さ、口溶け、そして喉越しの全てが計算されていた。

 あれも僕は好きだった。ミントさんが気にいるのも仕方ないことだろう。


「ああ、それは難しいね。その日その日で作りたいものが違うし、私は基本的に一度作ったものは飽きちゃう人だから。食材ひとつとっても次使う時は全く違うものにしちゃうしね」

「この人こういう人だから。基本的に商売に向いてないんだよね」

「聞き捨てならないね、しかしその通りさ。商売っ気を出してるのは同時経営者のカルーア君ぐらいでね」


 カルーアさんは同じ商店街のあの喫茶店のオーナーさんだ。

 僕のアドバイスを真に受けてコラボ先をこのNAFに絞ったようだ。

 ちなみにR鳩さんとカルーアさんは同級生らしい。

 同じ商店街の店舗同士でのつながりかと思ったら、もっと根深いものだった。


「バリスタの方ですよね? 味もよく店の雰囲気も良くてついつい居ついちゃって」

「それで進捗遅れてたら意味ないんじゃないの?」

「なんのお話?」

「ああ、この方は調薬関連のクランマスターさんで、僕の作った解毒薬のレシピに難航してて今クレームを受けているところです」

「普通にお茶してるから、もっと軽い雑談かと思ったら」

「会話だけじゃ喉も渇くし、これくらいは出しますよ。普通」

「普通ではないよね?」

「普通ではないですねー」


 二人してひどいや。


「あー、ミントちゃん抜け駆け禁止って言ったじゃないですかー!」


 そこへ我らがクランマスターであるうぐぐいすさんがやって来る。

 もうイベントの受付対応はいいのだろうか?


「休憩です。みなさんセンパイのレシピに興味津々でしたよ。後からこっちに来るかもです」


 どうやら自分の場所に来た人全員に僕の売り込みをしてくれてたようだ。彼女曰く僕はレシピの人って印象を受けてるようで、それが開示されてるなら本人は必要ないみたいに受け取られてるようだ。

 今ここに人が集まらない理由はそこか。

 確かにレシピ以外は毒ジャンキーという不名誉な称号しかないものな。

 変人? それはクランメンバー全員に言えることなので僕は気にしない。気にしないったら気にしない。


「ふぅん、大河飯店さんの味、か。私も食べたことはないねぇ」

「その当時はR鳩さんお店やってなかったですもんね」


 多分バリバリでホテルマンやってた頃だろう。

 年齢的にも大河飯店さんの店主はR鳩さんより年上。

 地元が同じでも接点はないだろう。


「私は実際に食べたことはないので、どれが正しいのかわからなくて」

「と、言っても僕のも再現というほどでも無いですよ。免許皆伝を貰ったわけでもないですし」

「少し味見をしても?」

「どうぞ、ちょうど対応した毒料理の肉があるのでそれにかけてお食べください」

「エビチリなのにお肉なのか……」

「エビがあれば良かったんですけどね?」

「それを探す事から始めてると」

「そんな所です」


 まずは肉によく絡めてナイフで一口大に切ってそのまま口へ。

 果たして元ホテルマン兼総料理長のお眼鏡にかなうか。


「ほぉ、これはこれは! 意外と肉にも合う。随分と辛味が強く出ている。けど油はそこまで多くはない。さぞエビに絡めれば極上の味わいになる事だろう」

「分かります? そう、このタレが意外となんでも合うもので。賄いで頂いたこの味をなんとか再現しようと四苦八苦しましたよ」

「これで完成品から程遠いの?」

「本来はこれほどの辛味は口に残らないのです。まろやかな甘味、そして口の中に残る余韻でご飯が何倍もいけるというのがオリジナルレシピでして。僕はそこにまで至れてないんですよね」

「これの上か。料理人として挑んでみたいものだな」

「レシピをお渡ししましょうか?」

「そうだな、ではこれと交換で如何かな?」


 手渡されたのは蒸し器。

 中に込められているのは果たして?

 問題はすごくいい笑顔でこれを渡してきたことだ。


「これ、中身なんです?」

「それは食べてみてからのお楽しみさ」

「ちなみにキャラロストの危険性は?」

「20%」

「あるんですね?」

「ムーンライト君なら乗り越えてくれると信じてるさ」


 以前あなたの料理食べて大変なことになったと言うのに。

 けど、任された以上は成果は出したい。

 それにまだみぬ素材、耐性が手に入るのなら望まないわけにもいくまい。

 僕のことなんてお見通しと言わんばかりだ。


「何やら先程から不穏な会話が聞こえて来るのですが、何事です?」

「ああ、彼は実はミーシャ以上に危険物をどうすれば食事に昇華できるかに傾倒する趣味があってね。以前僕がキャラロストした時と同様か、それに近しい素材で料理をして持ってきてくれたのさ。状態異常マスターとしては是非この研究に対して明確な答えが欲しい所だよ」

「そんなものを口に入れて平気なんですか!?」


 正気か? と言う顔で僕を直視するミント氏。


「僕の尊い犠牲で他のプレイヤーが安心してくれるなら安い物じゃないか。彼の作る料理、味だけは確かだから怖いのは食べた後なんだよね」

「お店で出してるやつは!?」

「当たり障りのない、なんの面白みもない食材だねぇ」

「世間との評価とは違う位置にいる!?」

「この人もうちのクランに在籍してる以上変わり者でねぇ」

「センパイはその中で群を抜く変わり者ですけどね?」

「お褒めいただきありがとうございます」

「皮肉です」

「知ってる。まぁ僕のことはいいじゃないか。それよりR鳩さんが僕のエビチリレシピに挑戦してくれるみたいでさ。ちょっと楽しみにしてるんだ」

「なるべく食べられる味に調整してみよう」


 あ、この人毒物使う気だな?

 意味深な笑みがまた怖い。

 蒸し器の中には美味しそうな肉まんが三つ並んでいた。

 仄かに薫る肉、または出汁の香り。


「センパイ、その食べ物ご相伴に預かってもいいですか?」

「うーん、やめておいた方がいいかも」

「ロスト率20%でしたっけ?」

「わざわざ全状態異常*Ⅰ、*Ⅱをマスターした僕に持ってきた代物だからね。うぐぐいすさんが食べて命の保証があるかどうか」

「あ、なら大丈夫です。このキャラ今日の為に用意したデータ蓄積のない予備ですから」

 

 そう言いつつヒョイパクして満面の笑みを見せるうぐぐいすさん。

 味はいいんだよ、味は。

 自他共に認める調理師だからね。

 問題はそれを食べた結果どうなるかで……


 うぐぐいすさんは特になんともなさそうにニコニコしていて、じゃあ僕も食べてみるかと一口入れる。

 あ、これフカヒレまんだ。

 とっても美味しい。

 ただ、夥しい数の耐性がポップアップする。

 これ、重複毒だ。

 そしてついに現れる未知の状態異常『神経毒*Ⅳ』


 早速食べかけのフカヒレまん、主に具にポト液を垂らして良く混ぜる。簡易シロップの出来上がりだ。

 これはこれで美味しいのだが、少し土の香りが強いので味覚調整をかける。


「それは?」

「味の素。要はふりかけさ」


 こいつでパパッと味を調整してやれば、あっという間に風味と旨味を付け加えられるのさ。


「味見をしても?」

「状態異常にかかる前提でよければ」

「調薬を志してる以上、いずれ通る道です」

「ならばどうぞ」

「ペロ、これは!」


 なんだか麻薬の取り引き場みたいな真顔でミント氏が驚きの声をあげている。

 ここはノリを合わせた方がいいのだろうか?


「フカヒレのスープですか? ホッとする味です」

「結構重めの状態異常かかってるのに、随分と余裕そうだ」

「こんなもん慣れてなんぼですよ」

「じゃあ、こっちも?」


 もう一個余ってるフカヒレまんを提示すると、ミント氏は思い切りかぶりつき、いい笑顔で昏倒した。

 言わんこっちゃない。

 欲をかいたものの末路としてはふさわしい。


 とはいえ、彼女のキャラがロストしたらあんまりだ。

 僕は来客が来るまでの間、解毒薬の開発に勤しんだ。

 全くR鳩さんめ、とんでもない置き土産を置いていくんだから。

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