第15話

「え、あのモンブランもう辞めちゃうんですか?」

「ごめんねぇ、向井さん気に入ってくれてたのに。でも栗農家さんももう歳だし、後継もいないしで辞めちゃうらしいんだ。ウチも子供達はみんな違う道に独立しちゃったしそろそろ畳もうかなって」

「ええ〜、僕の憩いの一時が……」

「今週いっぱいまでは作る予定でいるから、それまでよろしくね? はいこれスタンプ。一杯になったよ」

「ありがとうございます」


 このケーキ屋さんは個人営業のお店で、昔ながらの派手さはないが値段のわりにボリュームの大きなお店。

 モンブランは一番人気で、僕が買いに行くと大体残り1個か運が良くて2個残ってる。出せば売れると分かっていても、ご主人と奥さんの家族経営だとそんなに数が作れないというのがネックだった。


 僕は何とかしてこの味を再現したいと思い、ゲーム内でその話を持ちかけた。


「アルバート洋菓子店さんですか? 残念ですが聞いた事ないですね」


 うぐぐいすさんの言葉に、拳を強く握る他ない。

 そうだよな、ケーキ屋さんなんて世にたくさんある。

 知らなくて当たり前だ。

 大河飯店を知っていたから同じ商店街のケーキ屋くらいてっきり知ってるものだと思い込んでた僕も悪い。


「そっか。そこのモンブランがすごく美味しくてね。僕が紹介した栗職人のお爺さんの栗を丁寧に煮て渋皮付きの栗が口の中でホロリと溶けるんだ。クリームもさっぱり目で、マカロンて言うのかな? サク、シュワと口の中で溶ける土台が栗の風味と非常にマッチしていてね。これがまたコーヒーと合うんだ。そっか、知らないなら仕方ないね」


 話を切り上げて他に知ってる人がいないか移動しようとしたところで、うぐぐいすさんに腕を引かれた。


「えっと?」

「そのお店について詳しくお聞かせください! 今もう口の中がそのモンブランでいっぱいになっちゃってますから!」

「と、ごめん。大河飯店さんのあった商店街あるでしょ?」

「はい」

「そこから北通りに外れた場所にあってね」

「あー、そっちですか。駅前からだいぶ外れちゃうと私の活動範囲外ですね」

「僕はよく買い出しに行くから満遍なく見て回るよ。ミーシャさんとか西通りの花屋さんだし」

「あー、そっちも行かないなぁ。駅通りの南口が私のよく行く場所ですねー。学校帰りに寄ったりして」

「大河飯店さんは中央通りだったけどね?」

「匂いにつられて……えへへ」


 まぁそれは否定しない。

 周りに八百屋さんや金具屋さんと文房具屋さんと、食べ物屋さんが皆無だからね。昔はあったらしいけど、シャッター街になりかけて誘致して今に至る。

 その食堂も僕が大学に通ってる間に畳んでしまったし、中央通りからは本当に食べ物屋さんがなくなってしまったのだ。


「では私は所用ができたので落ちます!」

「オープンは12:00〜15:00。木曜休業だからね?」

「短っ! オープン時間短くないですか?」

「もうご主人もお年だからね。ご近所さんのために趣味でやってるとも言ってたかな? 雰囲気の良いお店だし、お客さんもご主人と同年代が多い。若い娘さんが一人で行くには入りにくいかもしれないけど、大丈夫かな?」

「センパイだって若いんだし平気です!」

「僕はほら、年齢以上に疲れてるしくたびれてるからかな? 入るのに躊躇は無かったよ」

「大丈夫です。仕事柄いろんな場所にお話聞きに行きますから」

「ああ、うん営業だとね?」


 後輩であるなら営業時代の後輩だと思うし、そうだと思っておこう。それにしてはお金に不自由しなさすぎるのが気にかかるけど。


 ◇


 翌日、ログインするとうぐぐいすさんが落ち込んだようにテーブルに突っ伏していた。

 声をかけるとガバリと起き上がるなり肩を掴まれた。


「センパイの人脈は一体どうなってるんですか!?」

「えっと?」

「あの方、帝国ホテルの元オーナーで総料理長だった人ですよ! 今は引退して実家で小さなお店開いてるって聞いてました。まさかあんなこじんまりとしたお店だなんて知らずに……」


 どうやら凄い人だったらしい。

 って総料理長でありながらオーナーってどういう意味?

 聞けば本職はオーナーの方で好きが高じて拘りすぎた結果全ての料理に口出しをしてしまったのだとか。

 自分のホテルだからと好き勝手やった結果が元オーナー兼総料理長だったらしい。

 まさかケーキ以外もお手の物で、それどころか本職がホテルマンだとは思いもしなかった。


 しかし彼女はよくそんな人と繋がりがあるよね?

 僕、高級ホテルにお世話になる機会なんて滅多にないのに。

 いや、ぶっちゃけ一度たりとも世話になった覚えはない。

 少し見栄を張っただけさ。


「そうなんだ。そりゃ美味しいはずだよなぁ」

「それに値段が信じられないくらい安くて、ボリュームが凄くて!」


 うぐぐいすさんがワナワナと震え出す。


「うん、そうだね。僕のような貧乏人には貴重な甘味で」

「もうあれ、出すとこに出せば単価¥3000取ってもおかしくない出来ですからね? あの値段はあり得ませんて! なんですか一個¥250て。安すぎますよ!」

「いや、流石にそれは大袈裟だって。僕にはリーズナブルで非常に助かってるよ。コンビニで買うとどうしても高くつくし、嫌な甘さがつきまとうじゃない?」

「そんな紛い物と比べるのもおかしいですけど!」

「ごめん……」


 バン! とテーブルが叩かれた。物凄く怖い。

 何が彼女をそこまで駆り立てるのやら。


「しかし、センパイのお話を振ったら物凄く食いついてくれまして。いろいろ思い出話を語ってくれましたよ。本当にあの方とはどんな関係なんです?」

「どんなと言われても、お仕事でいくつか商品紹介しただけだよ? 個人的にも買いに行かせてもらってるけど」

「それだけであれほどべた褒めしませんよ。世の営業舐めないでください!」

「本当にそれだけなんだけど」

「センパイは自己評価低すぎるんですよ!」


 自己評価って言われてもね。

 実際処世術が通用しなくて仕事干されてるから自信を持ちようが無いのもあるんだよ。


「まぁまぁ、モンブラン終了まであと6日もあるんだから、一日一日を楽しもうよ」

「なのでシェフをこちらにお呼び致しました」


 なんで!?


「あの方はゲームなんて触ったこともない人だよ? 本当、ケーキ一筋って感じで。お話聞いてても体が動くまで仕事一筋だって言ってたし。呼んだからって来てくれるかな?」

「いいえ、私の同級生にお孫さんが居るので知ってます。彼、結構VR触ってるんですよ」

「君の人脈の方が謎なんだけど?」

「女はミステリアスな方がモテるんですよ?」

「僕は別に秘密持が無くてもうぐぐいすさんには好感を持ってるけど?」

「じゃあその謎はなかったことにしていただけますか?」


 なんだかなぁ。

 僕よりも行動力があって、僕よりも人脈が凄まじい。

 本当、何者なんだろう?


 

 ◇



 アルバート洋菓子店からモンブランが消え、それと同時に我がクランに新規メンバーがやって来た。

 うぐぐいすさん、本当に連れてきちゃったよ。


「はじめましてR鳩だ。こちらではリアルと同様の技術が扱えると言われてやってきた。よろしく頼む」


 名前、アールバト? アルバートを組み替えただけのアナグラムじゃないか。意外とネットスラングにも詳しいんだな。意外な一面を見た気がした。


「こんにちは、R鳩さん。向こうでは一週間お世話になりました。向井、こちらではムーンライトです」

「おお、向井くんだったか。向こうでは世話になったね。まだお店は開いてるからいつでもきてくださいね? そして改めてこちらでもよろしく頼むよ?」

「ムーンさんとはお知り合い? あたしは都コンブよ。探鉱家をしてるの。欲しい金属が入り用なら旦那のワンコ狼経由で融通するわ」

「みやこ?」

「本名とは関係ないわ」

「そうかそうか。知り合いかと思ったが違ったのなら申し訳ない。リアルで顔を合わせた事があると思ってね」

「? ……R鳩って、もしかしてアルバート?」


 あれ? 都コンブさんともお知り合い?


「待て、アルバートがこっちに来てるだって?」

「え、アルバートさんてゲーマーだったんです?」

「実はコンブさんもワンコさんもその道のトップで、いくつかパーティを開いた時に」


 ああ、帝国ホテルのオーナーだったっけ?

 そっち系での知り合いだったか。

 ていうか僕は初めて聞くんだけどその話。


「近日中にカルーア君も来る予定だ」

「ああ、あの人か。と言うかここのクランは実際大御所しか居ないんじゃないか?」


 すいません、急に居心地が悪くなったんですけど。

 僕だけ一般人ですいません。


「センパイ、自分だけ一般人だと思ってます?」

「ああ、うん。ちょっと胃が痛くなってきたよ」

「いやぁ、ムーン君が一般人枠はないでしょ」


 後からやってきたニャッキさんが楽しそうに笑う。


「何言ってるんですか、何もないところから上下水道作り上げた変人のニャッキさんと比べないでくださいよ!」

「いやぁ、俺らも大概だが、それについてこれるムーン君も十分大概だからな? 専門用語の羅列に、当たり前のように話し合わせられるのってこの中じゃ君だけだ。話がスムーズ過ぎて逆に怖くなる時があるくらいだ」

「おやおや、こんな奇人変人の中にいて埋もれる事なく才能を発揮していると? 流石向井君。いや、こっちではムーンライト君だったか。いやぁ、こっちでの生活も楽しみが増えたよ。まずは素材集めからだなぁ」


 R鳩さん事、アルバートさんが楽しそうに顎を揉み込む。

 この人、愉悦部部員の如く人が困ってる姿見て笑うからタチが悪いんだ。笑われてる方は溜まったものじゃないんだよ。

 

「ここのクランなら特定素材以外なら割となんでも揃いますので、大船に乗ったつもりでいてください。と言って、僕もまだこっちきて二ヶ月未満のペーペーですが」

「え、アール君そんなもんだっけ? 古参面してるからすっかり同期かと思ってたけど。そういやそうだったな」

「初日組の俺らより実績あげてる奴が何か言ってるぜ?」

「センパイは私の一押しですから!」


 うぐぐいすさんが会話をまとめた。

 アルバートさんのニヤニヤとした笑みが妙に引っかかる。

 僕は本当にこのままでいいのだろうか?

 どちらにせよ、このゲームの謎を解き明かすまではログインし続けるのだけどね。


 今は新しい仲間の活躍に期待するとしよう。

 モンブランの為に!

 その前に栗に変わる素材集めだなぁ。

 

「開拓がんばりましょうね!」


 うぐぐいすさんに声をかけられ、そうだねと答えたら。

 さーて、好物のために僕もありとあらゆる人脈を使いますか。


 メールを開けば2,000件程、とあるプレイヤーから届いている。

 ずっと無視し続けていたけど、たまには取ってみてもいいか。

 彼らだってこの世界に生きるプレイヤー。

 たまには手を取り合うのもいいだろう。

 僕はそれこそ数ヶ月ぶりに第一フレンドであるゼノジーヴァへと連絡を入れた。

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