第3話

「待てよ、お前。藻紅ちゃんをミュートした奴ってお前か?」

「? あなた達は誰ですか。僕は向こうへ行きたいのですが」

「うるさい! いいから答えろ!」


 ログイン後、カリカリ梅さんこと都コンブさんとの合流地点に向かう途中、複数の男に囲まれて詰問された。


 話を聞けば、代表の男は前回インした時に袖にした彼女のファンであるようだった。

 特にアイドルといった風には見えなかったが、確かに人目を引く容姿。彼らはその熱心な追っかけだそうだ。


 そんな彼らの言い分は、なぜ彼女の質問に答えずミュートしてしまったのかという点。彼らの常識では彼女の質問に答えるのは義務らしく、その義務を果たさなかった僕は異教徒として糾弾されても仕方ないそうだ。

 どんな理屈なの、それ?


「すみません、どうにも話が錯綜していてピンと来ません。ここは一つお互いにわかるように自己紹介から始めませんか?」

「「「は?」」」


 まるで怯まず対話に持っていく僕に、男達が訝しむ。

 罪を認めないのは論外とばかりに憤るが、代表の男はまだ理性が残っていたのか周囲を抑えて僕の話に耳を傾けてくれた。


「まずは色々お手数おかけしてすいません。僕は見ての通り、こちらのゲームにログインして間もない一般人。貴方達のお探しのムーンライトという方とは偶然名前が一致してしまっただけのプレイヤーです。そして貴方達が崇拝してやまない彼女、藻紅さんとは悲しい行き違いがあったのです」

「いや、あの方がただのプレイヤーにそんな言いがかりをつけるなんて信じられない」


 男は訝しげに僕を覗き込む。それほどの信頼を得ているのに、どうして僕にはそんな態度を貫けるのか不思議で仕方ない。

 しかし僕にだって言い分はあるぞ?


「ですが事実は事実。彼女は最初僕が噂のNPCではないかと当たりをつけてきたのです。ですがあなた方は違いますよね? 僕をプレイヤーと認識して、ログインスポットで待ち構えていた。もうその時点でお探しの相手ではないはずです」

「いや、それはそうなんだが。俺たちは別に例のNPCかどうかなんてどうでもいいんだよ」

「俺達は都合が悪くなったからって理由でミュートにしてまで藻紅ちゃんとのトークを断ったお前が羨ましいから文句言いに来ただけだぞ?」


 なにそれ? 僕ただの被害者だよね?

 しかし彼らにとって彼らの協議こそが正義。

 異端者の僕の言い分は聞くに値しないと言わんばかりだ。


 その上で彼らの共通事項は、藻紅さんとは一切接点がない点。

 彼らは結局彼女の見た目に振り回されてるだけの追っかけ。

 なので彼らを突き動かす為に僕は手持ちのアイテムを取り出した。


「ねぇ、貴方達。フレンドコードって知ってる?」

「目の前に居なくてもフレンド申請できるシリアルナンバーの事だろう?」

「ならば僕は君達に提供できるアイテムがある。藻紅さんのフレンドコードだ。彼女は僕がNPCか確かめる際にフレンド申請してくれてね。僕としてはこれを切り売りするのは気がひけるんだけど、もし今後僕に付き纏わないと誓ってくれるなら、特別に貴方達にこれプレゼントしちゃおう」

「本当か!?」


 途端、目の色を変える男達。

 ただの追っかけからフレンドにランクアップできる特急券だ。

 “お話し”するだけでこの羨ましがりよう。

 その機会が自分の手に入る。喉から手が出るほどのアイテムだろう。


「勿論だよ。僕としては自由な時間が欲しくてね。むしろ僕より貴方達のような熱心に彼女を応援している人たちが持つのにふさわしいとさえ思うよ。二度と彼女の近づかないために、僕の方からフレンドを削除することも厭わない」

「そこまでする必要はないが、すごい助かる。その、数人で押しかけて威圧するように振る舞って悪かったな? この恩はいつか返す」

「なに、困った時はお互い様だよ。その代わり、僕が困った時は手助けしてくれると嬉しいな」

「分かった! 恩を返すためにもフレンド申請してもいいか?」

「彼女との連絡口に使われるかもだけどいいの?」

「むしろ本望だよ」

「すぐに対応できなくても怒らないでくれると嬉しいな」

「そこは、考慮する」

「ならば交渉成立だ。僕はムーンライト。ただの研究好きのプレイヤーだよ」

「俺はゼノジーヴァ。クラン『藻紅ちゃん応援し隊』のマスターも務めている」


 クランまで立ち上げて熱心なファンだなぁ。

 あんな子でも愛されてるなんてこのゲームはなんて懐の広い。

 今後彼、ゼノジーヴァ経由で色々聞かれるかもだけど、通知は無視する方向で流そう。僕は研究中、そういうの気にしなくなっちゃうからね。


 いい笑顔で見送ってくれたゼノジーヴァと別れて、僕は約束の時間を大きく超えて目的地にたどり着く。

 そこではなかなかやってこない僕に対する不満を溜め込んだカリカリ梅さんこと都コンブさんが仁王立ちしていた。


「遅いわよ、ムーンさん。待ちくたびれちゃったわ」


 ダークグリーンの髪を背中まで伸ばしたスタイル抜群の美女が、僕を見据えてそう言った。


「その髪色、ネーム由来?」

「最初に口にする言葉がそれ?」


 だって気になるものは気になるし。


「ごめんって。そう睨まないでよ。せっかくの美貌が台無しだよ」

「既婚者を口説くような真似したって無駄よ」

「ワンコさんは?」

「あの人はクランハウスの近くの採掘場にこもってるわ。せっかくムーンさんが来るっていうのに、来たら教えてくれって」

「あはは」


 相変わらずだなぁ。


「ニャッキさんも居るんだよね?」

「居るわ。おかげさまでうちのクランだけやたらと上下水道が完璧に整ってるの。ムーンさんが来たらもっと賑やかになるんでしょうね」

「どんな期待のされ方、それ?」

「それくらいあたし達にとっての非常識なのよ、あなた」


 ひどい。

 立ち話の後、クラン加入申請を終える。

 クラン申請はすぐにパスされたが、加入して23時間はクランの施設が使えないらしい。

 クランルームには入場可能だけど、そこで何かするのにも時間制限が設けられてるようだね。


 クラン名は『天地創造』

 随分とだいそれたネーミングだ。

 ニャッキさんあたりの名付けだろうか?

 知り合いはそれぞれプロフェッショナルと言って差し支えない人たちの集まりだから、そこに僕が入ったからと劇的に何か変わるわけでもないだろうに。

 

「お、やっときたな、錬金術師?」


 ルームに入るなり懐かしい物言い。


「誰が錬金術師ですか、水道工事業さん?」

「お前だよ、お前」


 そう茶化してくるのはニャッキ小郎。

 信じられない。一文字変えただけだ、この人。

 その手があったかと僕は顔を手で覆った。

 そこで知らないメンバーが話しかけてくる。

 僕は言われるがまま、対応する。


「お噂はかねがね。16人目の“うぐぐいす”と申します」

「あ、はい。そう言えば当時僕含めて15人しかいないのに16人? と聞いて頭がこんがらがったな」

「この子、お前の追っかけだから」

「ムーンライトさんを尊敬してます!」


 『うぐぐいす』と名乗る少女は探検家として僕のメモを活用し活路を切り開いた人のようだ(ニャッキさん談)

 その上βテスターでの有名人。

 掲示板でも取り上げて、やたら僕の名前が売れてるのはこの子が元凶のようだった。

 ゲーム開始前から無駄にハードルを上げないで欲しいんだけど。

 

「ええと、どうも? ムーンライトです」

「これからよろしくお願いしますね、先輩?」


 例の自称記者と同様、押しが強い。

 しかし根掘り葉掘り聞いてくることはなく、どちらかと言えばヨイショしてくれる感じ。

 今までそんな対応された事ないから居心地が悪いんだけど。


 彼女からしてみれば、僕は例の記者と同じく追っかけをしてでも惜しくない存在なのだろう。よもや僕が追っかけられる側になるなんてね、想像してもいなかった。


「そういえば早速掲示板で取り上げられてましたけど、何したんですか?」

「ちょっと細工ものいじってたくらいで特に何をしてたというわけでは……これくらい普通ですよね、ニャッキさん?」

「俺に聞くなよ。初めてすぐそれに取り掛かれる奴なんて知り合いの中でもお前ぐらいしかいねーよ。で、何作ったんだ?」

「これです」


 僕は完成品をクランのみんなに見せつける。

 そこには薄く剥いた木の皮で形を作り赤土とポト蜜で整形した乳鉢とすりこぎ棒。

 それをみて目頭を強く揉み込んだニャッキさん。

 うぐぐいすさんに至っては目をキラキラ輝かせている。


「いやー、あの手持ち資金と装備でいきなりこれを作ったら疑われて当然だわ。俺は先に水源を探すことから始めるからな。加工はその後だ。名前で疑われることもねえ」


 言われてみれば確かにそうだ。ぶっつけ本番で実験を繰り返すのって僕くらいだよな。

 あれ? じゃあ僕は彼女から疑われて当然のことをしていた? 

 全く自覚がなかったのは、僕だけのようだ。

 それは悪いことをしてしまったな。


「流石です、先輩!」


 いつの間にか出来た後輩が僕をヨイショする。

 都さんが連絡を入れたのか、ワンコさんや銅豆ドウナッツさんなど懐かしいメンバーと再会した。


 どうせ今日は満足にプレイできないのだからと当時の思い出を語り合う。

 だと言うのに、みんなの語る僕は口を揃えて『変人』という答えで一致した。うぐぐいすさんだけは否定してくれたけど、集まった全員がそう述べる。

 酷くないかな?

 僕からしてみたら皆似たり寄ったりの筈なのにね。

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