CRAZE
濁烈叫悦のアスラトシカ・ジンジャー
おとなりの少女
鼻唄しつつ歩く。音階だけで歌が歌えるなんて、すごくいい。声を出さないから煩くならないし、口を閉じれば鼻腔で響いてずのうに直接届く。つまり鼻唄は骨伝導?
軽く跳ねながら歩く少女は、そんなことを考えていた。歌うのが好きだけど他の迷惑にはなりたくない。
何か面白いことが無いかな、とステップを刻んでから彼女は駆けていく。
ととったたんたたっ
ぴーぴぴっぴーとトランペット風のパントマイムをして舞い歩いて、交差点に差し掛かる。右見て左見て、そして上を見て赤確認。
「んん~」
そもそもここには信号が無いので赤信号の確認なんていらないのだが。笑顔で手を上げて跳ねる。背丈が低いので自己主張の為にもこうしておく。ぴょんぴょんっ、てとっと。
と、その時途轍もないアイデアが少女に降りかかった。ドンッ、という大きな太鼓……ドラム?だったか、の音である。そうか、このインパクトは知らない音だったけど使える。
天にも昇るような感情と共に学びを得た少女は、目の前にいる中年のおじさんに向かい直り笑顔で話しかける。
「ねえ!ドラムってすごいね!」
目が覚めるような表情の彼は目を見開いた。
そんなに驚くようなことかな?
それにしてもすごいなぁ、涙まで出てきた。身体も冷えて鳥肌が立ってきた。どうしよう、ねむくなってきちゃった……
ちょっとだけ、めをとじて、
少女は昔を思い出していた。
「ううん、過ぎたことは過ぎたことだから!」
φへの奉仕を開始して数年、彼女は自身の仕事に誇りを持っていた。今日も今日とて彼女は金を叩き調律する。
そして今夜は待ちに待っ……来客。
「ウノイ~」
「ルィシノスさん!こんにちは!」
配属先の先輩のルィシノス=ネドケセッフが遊びに来たようだ。とりあえずお茶を出さなければ。少女は焦って手の中のものを出した。
「粗茶ですが!」
「それは……えっと?」
「お飲み物を!」
「一先ず落ち着こう?ね?」
狐のお姉さんに促されるまま、一息つく。手の中のものを見てみ……
「まさかトランペットとは……!」
「確かに口に入れるけど食べ物じゃないね」
しょげた少女だったが、ぶんぶんと頭を振ってほっぺたを叩く。トランペットを握ったままだったが真の大人なので気にしない。
ちょっと頭がクラクラする。
「ほれで何のご用でつか」
「いや、調子を見に来ただけだよ」
「こうあんでくか」
「喋りにくいなら喋らなくてもいいんだよ?」
リスのように頬が膨れている後輩を見て少し心配しているらしい。少女はふんっ!と力んでみせた。ぷにっぷにの二の腕である。
「これでも戦えるので!」
音に特化した者であり、物体や空気を震わせ、いや奮わせることで戦う少女。通称、音束の殲律である彼女はにへらと無垢に笑う。
その無垢さは本来のものか、それとも。
その夜はライブであった。主である正神と負神とのライブに自分が加わるのだ。ボーカルは未だに発表されていないものの、正神のドラムと負神のギターに負けないようなボーカルが……
『私が来たッ!』
予想外のモノが来た。
祖たるαが自分の音を聞いて歌うのだ。失敗は許されない。でも、楽しいから自分の心には既に失敗なんてない。今を目一杯に楽しむのだ。
『じゃあ行くよっ、そいそいそい!』
力強い正確なドラムと荒々しい愉しげなギターに負けないように枝を広げて音を集める。拾った音を増幅して、跳ねる電子音を散りばめて、会場に拡げる。
「奮えろっ、盛り上がれーーーー!」
会場を、歌い手を、演奏者を。そして世界を。全てを奮わし、少女は鋼の翼で唄った。
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