第19話 最後の追い込み

 お姉様が一瞬ちょっぴりいつもの不思議ギャル語で話し始めてしまったときはどうしようかと思いましたが、これまでの私の発言と合わせて驚きの連続だったせいでしょうか、あまりみなさん気にしておられないご様子。

 これにはホッとしてしまいましたね!!


 まあ私がホッとしただけで、エッカルト様は生きた心地がしないようですけど。

 ザマア。

 あの会場入り口で婚約破棄をされて晒し者にされた恥を今晴らせた気がします。


 とはいえ、ここで手を緩める気はないけどね!

 今でも十分私が婚約解消どころか破棄を申し入れても、誰も反対しないとは思う状況だけど……まだ、王子殿下がどう出るかわからない部分がある。

 これで〝学友のために〟って王子殿下が私に対して『反省させるからもう少し様子を見てやってほしい』なんてお願い・・・してきたら詰むのだ。

 王子殿下からしてみたら善意の言葉だろうけど、それは個人の問題。

 重要なのは、王子殿下が王族であり、私はその王家に仕える家の娘……発現の重さはどちらに傾くかっていったら王族だ。


 勿論、王族だからって無理難題を押し通せるってわけじゃない。

 かといって、婚約者を蔑ろにして婚約破棄を一方的に申し出たっていうのが軽い話ではないにしろ、王族がもう少し様子を見てあげて……なんて口添えをしたとなるとややこしくなるのは目に見えている。

 そんなのごめんじゃないですか。


 最終的に私としてもこの婚約にメリットは見出せていないモノの、付き合いも長いし私自身が彼を蔑ろにした部分がないとは言いきれません。

 だから関係さえ良好にさえなれば……と思ったこともありましたがそんな欠片の情すらブチ壊したあの婚約破棄宣言ですものね!


「姉が大変失礼を。とはいえ、姉にも心配をさせるほどに私とエッカルト様の関係は傍目に見てもおかしなものだったのだと思います」


「大変だったでしょうに……両家の親御さんはなんて?」


「エルドハバード侯爵家は今、当主であった母を亡くし……父も再婚はしたもののすっかりと伏せっておりますので相談するのは憚られておりました。ですので、子爵夫妻にはお伝えしておりましたが……」


 私はそこであえて言葉を切って目を伏せ、扇で顔を隠しました。

 うん、嘘泣きとかそんな高等テクニックは使えないので。


 でも察しの良い方々はすぐに理解したのでしょう、子爵夫妻が居心地悪そうになさっているのが視界の端に見えました。

 私は! きちんと言いました!

 でも『息子もそのうち落ち着くから~……』ってそれ以上対応してくださいませんでしたものね。なんなら文書で残ってますよ。


 さすがに王子殿下もその空気を察したのか、信じられないモノを見る目でエッカルト様のことを見ています。

 いいぞいいぞ。


「今回、このような形になってしまったのは大変遺憾ではございますが……これも良い機会捉え、この場にいる皆様を証人とて私、ルイーズ・ディララ・エルドハバードは正式にエッカルト・バイカルト子爵令息との婚約破棄をいたしたいと思っております」


 私がきっぱりはっきりそう言えば、これまではなあなあ・・・・にしてきた子爵夫妻も異論を口にできませんし、ここまで恥を掻かされてカイバン公爵様がエッカルト様を庇うこともできないでしょう。

 頼みの王子殿下もあらゆる意味で素直で正直な御方ですから、エッカルト様の行動のなにもかもが考えられないものだと非難の対象になることでしょう。

 淑女に恥を掻かせることも貴族家の対面を蔑ろにすることも、婚約者への対応も何もかもね!


「これまでは長い将来を考えればとそう思っておりましたが、姉を虐げていると一方的な思い込みをした挙げ句、我が家に押しかけ家人にもそのようなことがないか聞いて回った上に今回、衆目の前でのあの行動。さすがに我が家としても望んで婿にと申し入れたわけでもございませんのでなかったことにしていただきたいのです」


 そう、本来なら当主であるお母様が望んだ私の婚約者は別の方だったのだから。

 また私もエッカルト様のことなんてこれっぽっちも好きではないので未練なんてありませんし!


「ご本人もお望みですし、私にその旨を言い渡された際にはご家族にもこれから話すと仰ってましたし、お互いに願ったり叶ったりでしょう? ですが、たかが・・・子爵家が我がエルドハバード侯爵家を散々コケにしてくださったのです、解消ではなく破棄とさせていただき、どちらに非があるかきちんといたしましょう」


「ま、待て! 思えば確かに俺に非があったかもしれん。あれもお前を反省させようと思ってやっただけで本気では……!!」


 これまで黙って震えるばかりだったエッカルト様が慌てたようにお声を発しましたけど、まだおわかりではないご様子。


「あらいやだバイカルト子爵令息……何を仰っておられるかわかりませんわ。ねえお姉様、ライルお義兄様、私に反省するところがあったかしら」


「ないわ! うちの家族を温かく迎え入れてくれて、使用人たちとの間も取り持ってくれたルイーズに非なんてこれっぽっちもないのに何を反省しろと?」


「そうだな、自分とカサブランカの婚約を通して辺境伯とも繋がりができた以上、エルドハバード侯爵家が子爵家からわざわざ婿を取らなくても軍部との繋がりは今後も安泰だろう。それにルイーズ嬢は大変な努力家であるし、今回の騒ぎや婚約破棄の件があろうとも婿捜しには困らないだろう」


「ねえ、バイカルト子爵令息」


 ライル様が大変いい笑顔で『軍部との繋がり』『婿捜しには苦労しない』とまで仰ってくれたのでもうエッカルト様だけでなく、誰もがこの婚約を維持することは無理だと察してくださったでしょう。


「無知な私に教えてくださらないかしら。私に何を反省させたかったのか、私を含めこの場にいらっしゃる皆様にもね」

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