第14話 そして喜劇は始まった
私たちが会場に入ると、あちこちから視線が向けられるのがよくわかりました。
先ほどまでの醜態もそうですが、おそらくその前から流れていたという『平民出身の義姉を虐げる血筋主義の妹』とやらと合わさって、一体何が正解なのかとここにいるみなさまの興味が尽きないことでしょう。
(ああ、本当に面倒くさいこと!)
好奇の眼差しを前にして内心うんざりしていますが、これも耐えねばなりません。
ここで逃げ帰ってはエッカルト様の思い通りになってしまいますものね。
「レディ・ルイーズ、お久しぶりですわね。お元気だったかしら?」
「まあ、これはシャレンズ公爵夫人。先日は母の葬儀に参列してくださいましてありがとうございました。ようやく我が家も落ち着きを取り戻しまして……」
目の前に現れた女性に私は深々とお辞儀をし、それに倣うようにお姉様も頭を下げました。
まだ夜会の参加者については名前と顔が一致していないので、基本的には黙って微笑む。そして私の会話から順次覚えていく……という手筈です。
大丈夫、お姉様が素を出さなければ大丈夫!
基本的に頭の良い人ですし、今日はライルお義兄様も一緒ですからね!!
「それにしても、噂で持ちきりの真相はどうなのかしら?」
「噂でございますか」
どストレートに切り込んでこられたなあと思いつつ、私は穏やかに微笑んで見せました。
シャレンズ公爵夫人はエッカルト様の親戚筋とは別の公爵家、母が生前お世話になったことがある方で大変公平な方と伺っております。
私自身社交界に出た回数は少なく、ご挨拶をさせていただいた程度しか記憶はありませんが……。
「ええ。貴女が最近迎えた義姉を平民出身だからと虐げ、忠告をした婚約者に対して権力を盾に追い返したというものね」
「まあ! それはまったくの誤解ですわ。ああ、公爵夫人、どうか紹介させてくださいませ。私の義姉、カサブランカとその婚約者で辺境の英雄、ヴィズ男爵ですわ」
「あら!」
驚いた素振りを見せる公爵夫人ですが、茶番もいいところ。
貴族家の婚約話なんてお茶会の席じゃいつの間に知られていたのかってくらい話題になりやすいものです。
それに加えて、噂の侯爵家の義姉と、辺境の英雄と称えられ陞爵した男性の婚約ですもの!
話題にならないはずがありません。
「カサブランカにございます」
「男爵位を賜りました、ライル・ヴィズにございます」
「あらあら、あなたたちが!」
公爵夫人は楽しそうにお姉様たちを見てから、ちらりと周囲に視線を向けました。
「仲睦まじい様子だけれど、婚約に反対されることはなかったのかしら?」
「いいえ。私がカサブランカ嬢に一目惚れし婚約を申し入れ、彼女もそれを受け入れてくれました。我々が想い合った仲であると知ったルイーズ嬢が後押ししてくださり、早々に婚約を結ぶことができたのです。まったくもって噂とは異なることを名誉にかけて誓わせていただきましょう」
「まあ! そうなのね……」
ライルお義兄様の堂々たる宣言に、周囲はまたヒソヒソと……本当に噂話がお好きな方々だこと!
けれど、公爵夫人のおかげでエルドハバード侯爵家の姉妹仲が悪いという噂は払拭されたことでしょう。
会場前でお姉様が私を庇ったことを目撃している方もたくさんいらっしゃいますしね!
「それでは、ルイーズ様? 貴女をエスコートしているそちらの殿方は一体どなたなのかしら。婚約者が普通はエスコートをするものだと思ったのだけれど、私の目には違う殿方のように見えるわ!」
「そ、そうです! ルイーズは婚約者である自分を蔑ろにし、他の男に
周囲の目に耐えられなかったのか、それともこれを好機と捉えたのかは知りませんが、飛んで火に入るエッカルト様です。
私はにっこりと微笑んで、私をエスコートしてくださる男性を見上げました。
そして彼もまた、私の視線を受けてにこりと微笑んでくださって、ええ、ええ、さぞかし私たちはお似合いのカップルに見えていることでしょうね!
「残念なことに、婚約者からはドレスもアクセサリーもいただけなかった上にエスコートもしていただけず、入り口の前で婚約破棄を申し込まれてしまいましたの。本来であれば恥ずかしいことですから、伏せておくべきですが……入り口での出来事でしたから、多くの方に目撃されてしまいましたし……」
「あら……」
「そんな折、ライル様からエスコートなしでは心許ないだろうからとこちらの方を紹介していただいたのですわ。公爵夫人もお会いするのは初めてかもしれませんわね」
あらあらエッカルト様、顔を真っ赤にして今にも怒鳴り出しそう。
さすがにこの場でそんな振る舞いはいけないと理解なさっておられるのか、なんとか堪えているようだけど……。
ドレスやアクセサリーを贈ったことがないのはともかく、私が彼にエスコートされず入り口で婚約破棄されたのは多くの証言が取れるもの。負ける気がしません。
その上で、ライル様が助っ人にと招いてくださったこの方の存在があれば、オーバーキルだってできるのです。
さあ、覚悟なさい!
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