第9話 知らぬは本人ばかりなり

 お姉様の好みの男性を探すのは、少々骨が折れました。

 いえ、正確には好みを聞いた段階で思いあたる相手はいたのですが……残念なことに、私にはその方と接触するだけの人脈がなかったのです。


 とはいえ我が家もそれなりに歴史ある侯爵家。

 伝手をフル稼働してなんとかお見合いに漕ぎ着けましたとも!!

 先方のご都合もありましたので一ヶ月ほど猶予があったことも助かりました。

 その間にお姉様の令嬢教育もなんとか……普段はいつも通りで構わないので夜会などの社交の場で猫を被ることさえ出来れば……。


 勿論、教師にお任せするだけなんてとんでもない!

 私も一緒に頑張りました!


「ねえええ、もうコレ苦しいぃい~~~マジつらたん~」


「もう少しの辛抱ですわ。コルセットは慣れと気合いです!」


「うえぇええん、ルイーズたんが今日もかっこ可愛い~神ィ~でもマジエグいって、これぇ……令嬢パなぁい」


 ほうっとため息を吐くお姉様はそりゃもう色気バッチリです。

 とはいえ、淑女として恥ずかしくない露出を控えた装いに、アクセサリーの類いも最低限。


 私たちが向かっているのは、とある辺境にほど近い軍事施設なのです。


(まさかお父様の伝手がまったく使えないとは思わなかった)


 お姉様の好み、それは『がっしりしてお飾りじゃない筋肉を持っている、腕っ節の強い男』だったのです。

 ならば騎士職、それも現役で最前線に立つような方がよいだろうと私はすぐさま思いました。

 この国では一般的に貴族の女性が述べる『逞しい殿方』といえば、物語に出てくるような騎士をイメージされがちです。

 それ以外は野蛮な印象があるんだかんだか知りませんが、敬遠されがちなのは事実です。


 ですがお姉様の希望を満たすのは、がっつり前線に立つような男性。

 これは私にとっても幸いな気がしました。


(お父様ったら武人だからって理由で婿入りしたのに、前線の騎士たちとはまるで繋がりがないってただの張りぼてじゃないの!)


 実はわが侯爵家、代々優秀な武人を輩出する家系なのです。

 ところが先々代夫妻……つまり私の祖父母の間に生まれたのは母だけで、祖父の弟や妹のところにも女の子ばかり。

 かくして直系である母に武人を婿に迎え、跡継ぎを……と思って選ばれたのが父だったわけです。


 武人であることを条件に……ってことで侯爵家に婿入りした父は地方の騎士団から栄転として王城勤めになったという話だったからお姉様の希望に添う方をご存知ないか期待したのですが……壊滅的でしたね!


(なにが『地方の連中なんて覚えていない!』ですか。かつての同僚でしょうに!!)


 そういうわけで独自に他の令嬢たちを通じてなんとかこうして、辺境を守るヴィズ男爵という方が独身で、あまりに厳ついのでお見合いを悉く断られているという情報を得てお見合いをセッティングできたんですが……。


(強い騎士たちと知り合えるのは大事だわ。私の婿はエッカルト様で決まっているけれど……もし、私が産んだ子供も娘なら次はきちんと強くて立派なお婿さんを見つけてあげたい)


 そんなちょっとした打算も含まれているのです。

 勿論、ヴィズ男爵という方の情報を伺ってお姉様の好みだと思ったからの縁組みですよ!


 とても逞しい筋骨隆々な殿方で、部下を率いて盗賊団と戦ったり武功で男爵位を賜ったという男性です。

 まだ二十代という若さで辺境の守りを任されているのですから、きっととてもお強く、そして仲間からの信頼を集めておられるのでしょう。


 お姉様からしてみるといくら練習で何回も着ているとはいえ、まだまだ慣れないドレスで馬車に長く揺られるなんて苦行でしょうが……。


 そうこうしている間に到着すると、私たちを出迎えてくださる屈強な兵の方々がいらっしゃいました。

 普通の令嬢ならばここは驚いたりドン引いたりするところですが、私も侯爵家の血筋だからでしょうか。逆に『カッコイイ!』と胸が高鳴ってしまいました。

 エッカルト様はこういってはなんですが、高名な騎士に憧れるだけのなんちゃって武人ですから……こう、ちょっとね、ヒョロっとしてらっしゃるっていうか。


 コホン。

 いけません。


「エルドハバード侯爵家のご令嬢がたで間違いないかな」


 低い声を発しながらのっしのっしと私たちの前に現れた男性を見上げて、私はにっこりと笑みを浮かべて見せました。

 威圧的に見下ろされようとも、怖くなんてありません。だって隣でお姉様が、目をキラキラしてらっしゃいますもの。


 この婚約、勝ち取った!

 そう思いましたね!!


「これはこれは、出迎えありがとうございます。私はルイーズ・ディララ・エルドハバード、こちらは義姉のカサブランカにございます。本日はお時間をいただけて嬉しゅうございますわ」


「ワタクシ、カサブランカ。ドウゾ、オミシリオキヲ」


「……ふむ、噂とは違って随分と仲の良い姉妹のようだ。失礼した、自分がライル・ヴィズであります。ご令嬢がたにはちとむさ苦しい場所かも知れませんが、精一杯おもてなしをさせていただくべく準備を調えさせていただきました」


 ……噂?

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