ゲーム原案01

QU0Nたむ

貴方はファイルを開きました。


 『ゲーム原案01』←


 会社支給のタブレット端末で、その文字をタップした。


 音もなく立ち上がるtextファイルには、文字が羅列されてある。

 私はゲームの原案として応募された小説を読み、良し悪しを評論する審査員だ。


 このタイトルで応募した神経を疑う。仕事として読まなければいけない事を思うと、私は憂鬱だった。


 序文としてコンセプトや仕様の概略が書かれていた。


「小説投稿サイトとのコラボゲームということで、ノベル要素の強いゲームにしましょう?」


 なんとも当り障りの無いコンセプトだ。もう、読むのをやめて次の審査へ進んでしまいたい。


「主人公は『審査員』として小説を読んでいる。応募で送られてきた『物語』に取り込まれ、そこからの脱出を図る展開と……」


 ジャンルは未選択だが、一般的にはホラーだろうか。


 『取り込まれる』とは、なんなのか。

 具体的でないし、イメージがかない。


「ご応募ありがとうございましたー」


 落とすつもりで、概要はそのまま流し見し、スクロールする。


 本文に差し掛かったところで、私が手に持っていたコーヒーカップが落ちた。


「なんだ、これ」


 ゲーム概略の後に続く本文のテキストファイルには、『私』の感想や台詞セリフが一字一句もたがわずに書かれていた。


 今のコーヒーカップを落とすことまで、書かれている。


「……冗談だろ」


 落ち着け。


 別に暗い部屋で一人で読んでいるならともかく、『私』は『審査員』として【日の当たる時間】に【他の人とリモートで繋がりながら】読んでいるのだ。


 文章から目をそらして考える。


 不安なら直接日光に当たりに行ったり、同じ審査員に話しかければいい。


 思い浮かんだ不安をぬぐう為の行動を取るよりも先に、『私』は気になって、本文の続きに目を落としてしまった。


『次の瞬間、。』


「っ!?」


 そこには『物語』に場所を切り替えられたシーンが目に飛び込んできた。


「おい!やめろ!」


 悪寒がして、咄嗟に出た声がに嫌に響く。

 さっきまで、確かに仕事用の部屋にいたはずなのに……


 気付けば、独りで硬く無機質な部屋にいた。

 直前まで他人と繋がっていたPCも、陽の光を取り込んでいた窓もない部屋だ。


「嘘だろ……」


 冗談だと思いたい。強く目をつむって開き直した。だが、視界に入るのは変わらずコンクリートの灰色だった。

 手元には、あの出来の悪いホラー小説のテキストが表示されたタブレットだけがある。


 その事実が、すっと背筋を冷たく流れていく。


 続きを読んで結末を知ったとき、私がどうなってしまうのか本当に恐ろしい。


 はやる気持ちを抑え、流し読みで読み飛ばしてしまった概略を読み直す。

 ゲームシナリオとしての小説なら攻略方法も書かれているはずだ。


「『審査員』である『私』は突然、『物語』に囚われてしまいます。プレイヤーは『審査員』として『物語』を読んでください。そして、脱出を図ります……当たり前だっ!」


 前置きの邪魔な説明に苛立ちながらも、どうすればいいのか知るために概略を読み進める。


「『私』が『物語』から脱出するためには、『物語』を読む必要があります。読むことで『物語』は進み、いづれ読み終わるでしょう……」


 どんな結末を読むことになるか分からないのに、読み進める事でしか道は開けないようだ。


 この『物語』の作者は悪魔かナニかか。


 げんに今の『私』のいる、この部屋は出入口のドア一つない密室だ。

 『物語』を先に読み進めることで何か起きることを期待しなければ、この密室で狂うか、飢えるかするだろう。


 意を決して続きを読んだ。


 『意を決して続きを読んだ』ことや、読むまでに葛藤することすら書かれていて心底気味が悪い。


 『。』その一文に顔を上げれば密室の出口が生まれていた。


 内心の不安を勘付かれないよう、舌打ちしながらそのドアを開けた。


_______________________


 ドアの先はコンクリートの部屋よりかは明るいが、それでも暗いことに変わりわなかった。


 夜間照明のような頼りない光がある、リノリウムの廊下が左右に遠くまで続いていた。窓の外は暗く、遠くまで見通せない闇が広がっていた。

 さっきまで昼間だったことなど、塗り潰すような漆黒だ。  

 外もマトモな空間ではないのだろう。


「まるで、隔離病棟サナトリウムだ」


 普段口にすることのないだろう『私』自身の表現に薄ら寒い思いをする。

 この感想や思考さえも既に『物語』の作者が想定したモノではないか。そんな考えがぎってしまう。


 いや、自分の意思だけは誰にも譲るつもりはない。例えどんなおかしな状況であろうとも、『私』は『私』だ。

 偶々、こんな状況下で普段思わない感想が出ただけだと言い聞かせた。


 自分の意思で前へ進むために先を読む。


 『物語』は相変わらずの精度で『私』を描写しているが、なるべく平静をよそおって読み進めた。


『ヒタヒタと足音が聞こえ、『私』は私以外の存在に一瞬歓喜するが……』


 まさにそこを読んだタイミングで裸足はだしで床を歩くようなヒタヒタとした足音が右手から聞こえた。自分以外のの存在に思わず駆け寄りたくなる。

 しかし、『物語』の続きが『が』と、続くことに嫌な予感がして踏みとどまった。


『暗がりから現れたのは、裸足で異様に手の長いヒトのようなナニカ。

 眼窩には眼球が無く、外の闇と同じ虚ろだけがそこにあった。』


 その一文を読んだ瞬間、そちらを見ずに音がする方と逆側へと『私』は走り出した。


 この『物語』がホラーであれば、ろくな展開にならないのは先を読まなくても分かる!


 駆け出した『私』は振り返らず、とにかく逃げた。

 延々と続くと思われたリノリウムの廊下も途中で曲がり角があった、その先には階段。


 『私』は転がるように駆け下りて、その先にあった病室へと飛び込んだ。


_______________________


 四人分のベッドが置かれた病室。各ベッドに備え付けてあるカーテンを全て閉めて、その一つに大の字に横たわった。


 荒い息を整えたいところだが、少しでも読んでこの先の展開を知りたい。


 必死に走っていたが、タブレットだけは手放さなかった。


『ナニカから逃げ、病室の中で続きを読む。今はとにかく脱出したい。ホラーゲームだとすれば病院から脱出することがクリアの条件だろうか』


 読んだ通り、『私』も病院からの脱出が条件のように思える。

 あのバケモノをくぐり抜け、エントランスから外に出られればクリア!といった展開がよくある流れではないだろうか。


『こういったホラーゲームにおいて、素直に出入口から出れる事はあまり無いが、とにかくエントランスまで行ってみよう。』


 『物語』に書かれているので、エントランスへ向かう気持ちになった。


 しかし、思い直す。


 さっき私は、ナニカを『物語』で読んだだけで、


 『物語』は、状況を改変する力を持っているが、その場面が来るよりも先に私に起きる展開を伝えることもある。

 ならば、先を読んでしまえばナニカに会わずにエントランスまで辿りつく方法や、辿り着いてから先の展開も知れるのではないだろうか。


 そう期待して、再び文字に目を落とした。


『エントランスに向かう前に少しでも先を知ろうと改めて『物語』を読み進めたかったが、ヒタヒタと廊下から足音が聞こえ、病室の前で止まった。

 ガラリとドアを開ける音に心臓が跳ねる。』


 これから、ナニカが来るのか。戦慄するが、まだ足音は聞こえていない。

 やはり、その場面が来るよりも私が読む方が早いんだ。

 この安全圏で物語をもっと読み進めたかったが、ここから先の展開を把握したら逃げ出すべきだろう。


『ヒタヒタとした足音はやがて1つのベッドの前で止まり、ジャッ、ジャとレールを詰まらせながらカーテンを開けられた。幸い『私』のいるベッドではなかったので、その隙に病室の外へとそろりと抜け出た。背中に「イナイ、『シンサイン』イナイ……」と、ナニカがボソボソと言う声を聞きながら。』


 ヒタ……ヒタ


 ぁあ、来た。


 とても恐ろしい展開に呼吸が乱れるのを感じるが、『物語』が逃げ出せると保証してくれている。


 足音は病室に近づいてきた。


 『物語』で知っていてもドアの音に、悲鳴がもれないように必死だった。


 入口横の『私』のいるベッドを通り過ぎ、はす向かいのベッドまで歩みを進める。


 「イナイ……イナイ……『シンサイン』……」


 その隙きにそろりと病室を抜け出した。


 本当はもっと『物語』を読んで先の展開を知って動きたかったが、こんな状況には一秒も身を置きたくない。


 脱出するためにも、エントランスに向かってそこで隠れながら先を読もう。

 病室を出てすぐ隣、さっき使った階段へと向かう。

 とにかく下に降りれば、一階に着きさえすれば、きっと出口はあるだろう。


 しかし、そんな安易な考えを嘲笑うかのように下への道は閉ざされていた。

 階段を下に降りようとすると、道を閉ざすようにシャッターのような防火扉が降りているのが目に入ったのだ。


「っ!?」


 悪態を吐き、喚き散らしたいがぐっと堪えた。

 急いで戻って別の階段を探さなければ、ここは袋小路だ。


 先程の病室の前を慎重に、それでも駆け足になる寸前の速さで通り過ぎた。


 ナニカはまだ、病室にいるのか「イナイ……」と聞こえた。

 ホラー小説として読むのと、その声が耳に入るのでは体感する恐怖が段違いに変わる。

 低音で歪み混じりの声が、耳を伝って精神を削ってくる感覚に気が遠くなる。


 ナニカが病室にいるうちに少しでも先へ。だが、見通しのいい廊下では絶対に会いたくない。


 精神的に追い詰められる。

 『私』はすがるような思いで『物語』を読み進めながら歩くことにした。


『ナニカの気配に怯えながらも、『私』は『物語』を読み進める。

 ナニカは4つのベッドを順番に見ているようだ。下まで確認する念の入れようで、まだしばらくはあの病室から出てきそうにない。

 一般的に、建物の階段は各階の突き当りにあることが多い。つまり、まっすぐ行って曲がるのが唯一の正解ルートだろう。『私』はそう、当たりを付けた。』


 読み進めた事で、少し猶予が有りそうなことと、進路が分かった事にわずかに安心する。


 とにかく先へ、ここから逃げなければ。


 バレないように、それでも残された猶予を有効に使うべく全力で。

 音を出さないように廊下を曲がり角まで進み抜いた。


 その後に、ガラリ、ピシャンとドアの音がした。

 あのナニカが病室を出てきたのだ。『物語』を読んで、迷わず全力を出していなければきっとここまで来れなかっただろう。


 階を越えて追ってこないタイプのゲームであることを祈りながら階段へと急いだ。

 果たして、そこには下へと続く階段があった。


_______________________


 一つ下の階へと降りると、この階段も下には防火扉が降ろされていて先には進めなかった。

 この世界が『ゲーム原案』であるという証左のような展開に吐き気がする。


 先へ進む前に『物語』を読む。そんな悠長な事はせずに走りたい。


 いっそ駆け抜けてしまいたい。

 恐怖から目をそらすように『物語』を読むと、最悪な展開が待っていた。


『ナニカが上にいるうちに、この階を駆け抜けたい。そう思っていた。

 しかし、ズルズルとナニカを引きるような音に慌てて『物語』を読んだ。』


 ズルズルという表現では足りない、べチャリと水気のあるような音。粘度のある液体の音が、耳にこびりつくような錯覚を起こす。


 震える手で『物語』の通りに『私』は先を急いで読む。


『階段から続く廊下ではさっきとは別のナニカがいた。髪が長く、女性のようにも見えるがそんな事はどうでもいい。下半身が無く、臓器を引き摺りながら這い回ってるのだ。

 上の階のナニカと同じように、異様に発達した腕がぬっと床を掴んで前へ前へと進んでいる。

 ……』



 『……私が何をしたっていうんだ。』


 『物語』と全く同じ気持ちになるのに、嫌悪を抱く余裕すら無い。


 幸いといっていいかはわからないがこちらに気付いてる様子は見受けられなかった。


 このナニカをなんとか出し抜くシーンまで読み進めたい。震える指先でタブレットの画面をスクロールした。


『この階のナニカは移動するたびに赤黒い血を床に残して動く、薄暗い空間では黒さがより暗い色に見える。

 恐怖におかしくなったのか、あの血は酸化した血だとふと思った。それは出血後、しばらく経った色だ。   

 あぁ、やっぱりあのナニカ達はマトモな生き物じゃないんだろう。』


 『物語』の『私』と同調してるのか、私自身も正気を保てているのか疑わしくなる。

 どうにか先を、逃げ切れる展開を……


『気が狂いそうな世界の中で、タブレットを支える左手の薬指が光って見えた。マリッジリングだ。』


 『物語』のままに『私』も左手の薬指を見た。


『その時、大事な人の顔が浮かんだ』


 ハッとした。私は死ぬわけにはいかない。


 情けない事に、比較的安物といえるリング。

 『私』にはそれでも大事なモノで、贈った相手も今も大事にしてくれている。

 想起された着けた指の触れあう温かさが、恐怖で凍った心を溶かしてくれた。


 最近は一緒になってから時間も経って、少し冷めた態度を取っていたかもしれない。

 帰ったら二人で旅行にでも行こう。美味しいものでも食べて、温泉にも入って……


「『ありがとうって伝えよう』」


 そうだ、こんな訳のわからない『物語』になんて負けるものか。

 続きをスクロールする、指の震えは落ち着いてきていた。


『恐怖に打ちった『私』はナニカの徘徊ルートを注意深く観察した。

 すると、ナニカは見回りのうち、一箇所だけ見ない場所があった。

 そこは、男子トイレだ』


 『物語』の作者が、明らかにゲームとして意図的に作った見回りの穴。

 これを利用しない手は無い。


 『私』が今いる階段から進んで、さっきの階では封鎖されていた階段へと至る道のちょうど真ん中に男子トイレはある。


『一部屋を見回って出てくるまでおよそ30秒、廊下に出て次の部屋に向かうのに10秒。

 動きさえ読めれば男子トイレを利用して、すれ違いながらもう一つの階段へ向かえる。』


 よし、『物語』も『私』の出した結論と同じだ。何とかなりそうだ。


 読むのをやめて、歩き出した。


 ナニカが2つ先の部屋へ入る。それと同時に『私』も部屋を移るという形で動く。


 心臓がバクバクと煩い。行動パターンから、急に前の部屋に戻るような動きはしないと思う。


 そして、問題の男子トイレに差し掛かる。

 『私』は足音を立てないようにしつつ、飛び込むような勢いで駆け込んだ。


 ここは安全地帯だと言い聞かせる。

 ナニカをやり過ごす為に、暫くここにいなければならない。


 ナニカが下への階段側の部屋を見回り終えて、『私』がやってきた側の見回りに行ったタイミングで場所を入れ替わるのだ。

 となりの女子トイレに入ったナニカ、静かすぎる院内にその声がよく響いた。


「……コウひょうかヨロシク!……ホシみっツ!……こうヒョウカヨロシク!…………キャハハ……」


 ナニカは壊れた合成音声のような、場違いな声を発しながら動いていた。

 高い声や音割れのような、ディストーションのひどい声が入り交じる。


 コウヒョウカ……高評価。

 動画チャンネルでよく聞く単語だ。


 なぜ、人は他人をとやかく評価してしまうんだろうか。

 『私』が評価する側、『審査員』であるのも忘れて、そんな考えが出てきた。


 ナニカの声が遠くなる。


 その間にまた、『物語』を読むことにした。この先、上手く抜けられることを確信したかった。


『しばらく、男子トイレに籠もる事になる。

不安で『物語』を読んで気をそらさないとおかしくなりそうだ。

 ただ、こうして、じっと待つだけでクリア出来るものだろうかと思い至る。

 ホラーゲームであるなら何らかのアイテムなんか必要ではないだろうか。』


 『物語』の私の視点にドキリとする。これが、ゲームであるなら確かにアイテムの捜索なんかも要素がありそうだ。


『じっとしていられず、男子トイレにも何かアイテムがないかと探してみる。

 すると、発煙筒が奥から二番目の個室に不自然に置かれていた。』


 『物語』の通りに発煙筒はあった。役に立つ場面はあるのだろうか。


『発煙筒……建物の中で使ったところで消火装置や火災警報が鳴るくらいか』


 『私』は使い道を思い付かないアイテムを藁にもすがる思いでポケットにねじ込んだ。


 先を読みたい。これをどうすればいいのか知りたい。


 しかし、ズルズルとしたあの音を引き連れて、折り返してきたナニカが近づいてきた。

 このタイミングを逃すわけにはいかない。


 そして、『私』がいた側の部屋を見に行った。


 今だ!


 一世一代の思いで飛び出す。

 結果、気付かれずにすれ違えた。


 その後も順調に、タイミングをはかりながら動く。

 階段へと一部屋、また一部屋近づいていった。


 あと二部屋も動けば、曲がり角へ入って視線を切って階段へとたどり着く。



 慢心があっただろうか。


「あっ」


 廊下はナニカの血油で泥濘ぬかるみ、滑りやすくなっていた。


 出来るだけ避けていた。それでも、ここまでで少しずつ踏んでしまっていた。


 それに足を取られたのだろう。


 他人事のように意識が思考する中、身体が傾き、強烈な鉄の匂いに片膝をついた。


 ばちゃんっと水気のある物が跳ねる音が、『私』とナニカしかいない廊下に響く。


 ナニカはちょうど部屋に入っていた。出てくるまでほんの少しの時間がある。


 『私』は体勢を立て直して、咄嗟に駆け出す。


 がむしゃらに階段を目指した。


 「キャハハハハハッ!コウヒョゥカ!コウヒョウKaaァああァァァっ!!」


 廊下に獲物を見つけたナニカの、歓喜の声が響き渡る。


 後ろを見るのが恐ろしく、走りながら目くらましにでもなればと発煙筒に火をつけた。


 ボシュと言う音のあとに煙を吐くこれに意味があるのかは分からない。


 火災報知器がけたたましく鳴り出す。混乱しているところに警報の大音量が、追い打ちをかけてくる。


 顔面が恐怖に引きつり、走った事で呼吸困難に陥る。

 階段を降りきり、下の階のドアへと身体ごと突っ込む。



「しまっ」



 ドアに体当たりした際に、発煙筒が転げ落ちてしまう。


 ドアの向こう、血みどろのナニカのいる方へと転がる。


「こウHiョウカ!ヨロシクオネねぇネガイシマ!シマス!」


 ナニカに追いつかれた。頼みのアイテムは落として、その足元だ。


 ゲームオーバーの文字が脳裏にチラつく。


 その瞬間、ガラガラと何かが降ろされると音がした。


 ドア越しのナニカからの視線がシャッターに遮られた。


 唐突に現れた壁、『私』は気付いた。

 あれは、だ。


 発煙筒によって警報装置が作動し、持ちながら走り回ったことで辺りに煙が充満した。

 それで、防火隔壁としての機能が働いたのだ。


 斯くして、ナニカと『私』は壁に隔てられた。

 悔しげにガリガリと引っ掻くような音がしたが、やがて音は去っていった。


 警報音もやがてしなくなった。

 訪れた静寂に耳鳴りがする。 


 『私』は腰が抜けたように、そのままへたり込んでしまった。



______________________


 10分近く呆けて、『私』は、ようやく立ち直り、歩き始めた。


 そして、廊下に並ぶ窓の外。枯れきった花が揺れる花壇が目に付いた。

 あぁ、ここが一階なんだ。


 思わず拳を握り、静かに喜んでしまう。

 あとはエントランスへと向かって、ここから脱出すればゲームクリアだ。


 あと少し。


 浮つく気持ちに蓋をして、『物語』を読み出す。  

 きっと最終ステージとしての展開が待っているのだろう。

 『私』は気を引き締めた。


 しかし、読み始めからいつもと雰囲気が違った。


『『物語』に導かれるように、遂に一階に降りきった。

 エントランスまではすぐだった。吹き抜けの広い空間にガラス張りの自動ドア。

 おどろおどろしいナニカの気配もしない。』


 拍子抜けするような展開に『私』は安堵する。


 そして、続く文を読んでから思わず駆け出した。


 『物語』通りにすぐに広々とした、エントランスホールに入る。

 診察受付や待ち合いスペースを無視し、ガラス張りのドアへと駆け寄る。


 そして、『物語』の通りに、なんの抵抗も無く自動ドアは


 病院の外、漆黒の闇が広がるその空間に出る。


 まっすぐにそのまま駆け出す。

 眼の前に飛び出したはずの病院が現れる。


 方向転換し、駆け出しても、いづれ病院に行き着く。


 『物語』にはこうあった。


『なんの障害もなく『私』は外に出ることが出来た。

 しかし、そこには何もなかった。


 ゲームクリアのファンファーレも無く。

 ただ、何度も連れ戻される。


 ナニカも出てこないし、なんの気配もない。


 ただ、出れないという結果だけが残った。


 


 『物語』はそう終わっていた。

 この『物語』に『私』がクリアする描写は無いのだ。


 ただ闇の中に『私』だけが取り残された。

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