1-12 出来ること
◆
事件現場の処理が終わり、僕たちは事務所へ戻った。
「魔法が破れた時の対処法?」
帰り際の詩歌に、僕は質問を向けてみた。
「私は基本的に魔法が破られないようになったから、最近では考えないな。前衛の魔法使いの魔法が容易に破綻しているんじゃ、そもそも前衛なんて務まらないし」
「えっと、どういうことですか?」
「体を常に別世界の物質に置き換えている、ということ」
常に置き換えている?
理解が追いつかない僕に、普通の肉体であんなことができるわけがないでしょう、と詩歌が苦笑いする。
突っ込んできた車を止めたことだろう。
言われてみれば、それもそうだ。あまりにも簡単にやってのけたので、おかしくないように見えたけど、おかしい、おかしすぎる。
「私の体はね、恒常的な魔法が発動して、身体機能を底上げしている。そのあたりは所長の指導で、常に魔法を発動し続けることで自然と魔法を扱えるようになれ、ということもあったけど」
「もしかして、寝ている時もですか?」
「そう。慣れれば普通にできる。あなたもいつかやってみれば?」
「もしかして市郎太さんもやっているんですか?」
それは聞いたことがない、と詩歌はあまり興味もないという言葉と同時に、直接聞け、という視線を僕に向けてきた。
彼女は用事があると定時に帰って行き、僕は事務所でハンと二人で午後の仕事の事務処理の残りを進めて、日が暮れてから帰ることになった。市郎太は午後の現場にはいなかったけど、別の仕事が忙しく、事務所に戻らずに帰宅すると連絡が来ていた。
二人での自動車の狭い車内で、僕は詩歌から聞いた話をハンに向けてみた。
「恒常的な魔法? まぁ、それを勧めることは多いね。魔法っていうのはどこまで行っても慣れが大きな位置を占める。自分のもう一本の手のように操れれば、有利だ。この世界で最強の魔法使いは、腕が六本も七本もあるように魔法を操るというから、まぁ、上には上がいるね」
「僕も、その、少しは工夫するべきですか?」
「やってみてもいいけど、体に作用する魔法は破綻した時の反動が強いから、まだお勧めはしないと言っておくよ。やるなら本当に小さなことから始めるしかない。きみのような魔法に関する訓練を始めて、まだ二ヶ月にもならない素人がやることではない、ということも明確にしておこう」
つまり、まだ早い、ということか。
焦りを見透かされて、釘を刺されているんだろう。
「所長もやっているんですか?」
「え? 何を?」
本当に理解できてない口調なのは、とぼけているのか、天然なのか、わからないところだ。
「ですから、常に魔法を発動する、という奴です」
「ああ、昔はやったけど、今はやっていない。疲れるしね」
「疲れるって、それだけが理由ですか?」
「他に理由はないかな」
……ハンという人は、普通の人とはどこか違う気配の人格の持ち主だけど、ここまでくると、あまりにもいい加減すぎて、評価が定まらない。
詩歌や市郎太が心服しているのだから、それなりの技能の持ち主なんだろうけど、いったい、どういう使い手なんだろう。階級で言えば、国内なら乙種一類、国際的にはA級だろうけど、今まで、そういう力量を見せつけられたことはない。
車のヘッドライトが闇の一部を切り取り、進む先だけを照らしている。
大袈裟な様子でハンがあくびをする。
「まぁ、近いうちにきみにもそれなりの魔法刀剣を渡すとしよう。おもちゃの段階も終わりってことだ」
「……え!」理解するのに時間がかかった。「本当ですか?」
「まさか、きみ、おもちゃで何年も修行するつもりだったの?」
どう答えることもできないのは、半年くらいはおもちゃで練習だろうと想像していたからだ。
帰宅する前にハンはハンバーガーショップのドライブインを利用した。車が再び走り出すときには車内にはいかにもジャンクフードという匂いが漂っている。それを消すように、ハンがタバコに火をつける。
「いいかな、義照くん。僕たちは何も、暇つぶしや遊びできみを鍛えているわけではない。きみが僕たちをコーチとして雇っているわけでもない。要は、戦力になるかならないか、それが唯一にして絶対の判断基準になる。できれば誰が相手でも大事に育てたいが、うちは今、所員が僕も含めて三人しかいない。人手はとにかく欲しいんだ。きみもそろそろ現場を知るべきだろうと僕は思って、今日は連れて行ったんだ。次は見物だけではないかもしれない」
「は、はい、頑張ります……!」
「気合があるのは結構なことだ。まだきみにできることは限られている。能力と技能を磨くこと、迷惑をかけないこと、そして死なないことだ」
……死なないこと。
それは、絶対だ。
「一応、簡易だけど生命保険には入ってあるから、少額とはいえご両親にはお金が入る。だから、気負わずに現場でのびのびやっておくれよ」
……今の発言は、問題発言じゃないか?
車は集合住宅に着き、それからは普段通りに夕食になった。
食事の後片付けをして、僕とハンはそれぞれに時間を過ごし、夜更けに眠りについた。
いつの間にか慣れているソファの寝心地に安らいだ気持ちになりながら、自分が魔法刀剣を手に取ることを想像した。
魔法使いに僕は一歩ずつ近づいているらしい。
ここまで来たのは、いろんな人の手助けもあるけど、僕が前へ進んだということの証明だと思う。
でもまだ終わりではない。
むしろ通過点、それもすごく手前にある通過点。
技を磨くこと、迷惑をかけないこと、死なないこと。
僕は何度か、その言葉を頭の中で繰り返した。
(続く)
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