第12話

 とりあえずヨシヤは当初の目的を思い出し、旅人を装ってその村に近づいてみることにした。

 ファンタジー小説にありがちな、よそ者を歓迎しない閉鎖的な雰囲気があるかどうかはとりあえず近づいてみなければわからない。

 少なくともまだ彼がいる位置からでは、人影を確認できなかったからだ。


 だが幸いにもそこにいたのは純朴な人々で、道に迷ったというヨシヤの言葉を信じ労り、歓迎してくれたのだ。


(うっ、良心が咎める)


 別段迷子という点では間違いではない。人生の迷子だが。

 妻と一緒に異世界に来たことには不安はあれど、迷いはない。ないが……正直信者獲得だの宗教の運営(?)に関してはヨシヤはずぶの素人なので、どうやっていいか迷いしかないのだ。


 そもそも信者を獲得するにもじゃあ何をしたらいいのかさっぱりなのだ。

 まずは人里におりて現地の人と知り合わなくては始まらない!

 その考えからの行動だったし、それはあながち間違いではないだろうが、正直に言えばその次を考えていなかったのだ。


(ど、どうする……)


 行商人を装って、ジャングルで手に入れた果物や鉱石を基本の売値よりもほんの少し安くして村人に販売しながらヨシヤは内心汗だくであった。

 ちなみにこの世界の貨幣価値や販売した物品の価値などについてはハナが持つ『神様ガイドブック』によって調べられたものなので、多少の価格変動などはあっても大きくは外れていないはずである。


 多分。

 そこは初心者神様向けの本なので、誤りなどないと信じたいヨシヤである。


 実際、村人達は果物や鉱物を手に取り、ヨシヤが提示した金額で買ってくれた。

 不安の一つが解消された瞬間でもあったし、フリーマーケットにも似た状態ではあるが〝ものが売れて現金を手にすることができた〟ことはヨシヤにとって大きな収穫でもあった。


 人らしい暮らしというのだろうか?

 今までハナと神域で二人きり、それはそれで彼らは幸せだったが閉塞的な環境であることは否めず、視界が狭くなっていたなあと彼は反省する。


(……人里に来て、良かったな)


 信者を獲得しなければという目的を思うと若干胃が痛くなってくるような気もするが、それでもヨシヤとしては少しだけ明るい気持ちになれたのも確かだ。


 とりあえず着替えもあと数着はほしかったし、幸いにも農村だったそこでは果物と交換という形で小麦粉やバターを手に入れることもできた。

 きっと料理が好きなハナの役に立つだろうと、彼女の喜ぶ姿を思い浮かべてヨシヤも笑顔になった。


 なんだったら持ってきた鉱石を村の鍛冶屋が欲しがったので、こちらもフライパンや鍋、それから包丁までつけてくれたのだ。

 さすがにこの場で神域に送るわけにも行かず、彼はそれらを持ってきておいた風呂敷で包んで背負う羽目になったのだがそれでもこの重みはヨシヤにとって幸せの重みであった。


 そして村の中を少しだけ見て回り、完全に日が暮れたところでこの場を去ろうとしたところでふと足が止まった。

 仲睦まじく連れ添って歩く若い夫婦の姿に、自分たちもあんな時期があったなあとほんわかとした気分になった瞬間にそれは見えたのだ。


(な、なんだ……!?)


 夫婦の上に見えるのは、車のメーターに似たなにかだ。

 二つゲージが存在していて、赤いゲージはハートマークがついていて満タン表示、しかしもう一方の人魂マークのようなものは低いところで揺れている。


(なんだあれー!?)


 明らかにオカシイ。

 そして村人の誰もが彼らの姿は見えていても、異常を感じていない。


 つまり、そう。

 自分にしか見えない奇妙な物体である、そうヨシヤは即座に理解した。


「ああー、ありゃこの村で唯一の学者さん夫婦でなあ。なんでも嫁さんが妊娠したはいいが体調が優れないらしくて、環境がいいだろうからってんでこんな田舎に越してきたのさあ」


「そうなんですね……」


 彼らの様子をじっと見ていたことで気になるのかと村人が笑顔で教えてくれた。

 それを聞きながらヨシヤはゲージを見て悩む。


(妊娠して、体調不良……ってことはあのゲージはそれに関与しているのか……?)


 ヨシヤは少しだけ考えてから、周りに人がいなくなったのを見計らって道具袋を持ち上げ、そっと開く。


「ハナ、ハナ、ちょっと教えてほしいんだけど……!」

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