ホムンクルスが俺の嫁 彼女を自分で造って人生やり直す

まるお

第1話 独居老人の願望

 ここは帝都郊外森に埋もれるように立っている一軒家。


「……よしっ。完璧じゃっ!」


 思わず口に出てしまった。

嬉しさをこらえきれない。 

ついに今日、長年の研究の成果が結実しつつあった。


 目の前には魔精水エーテルを浸した棺桶の様な水槽がある。

本来はケガをした人の治療を行う為の調整槽と呼ばれる物だ。

尤もここにある物はただの調整槽ではない。

自分しか理解できない魔法陣がびっしりと書かれている特別製である。

魔法陣は調整槽に満たされたエーテルに必要な量の魔力を通し続けていた。

そして今、そこにもう一人の自分が裸で浮いている。

正確に言えば自分を模倣したホムンクルスだが。


「さあ目覚めよ……わが分身よ。」


 エーテルを通した魔力を流して水槽に軽く刺激を与える。

これでいいはずだ。これで目覚める。

そのささやかな出来事がこれからの自分の人生を変えるものになるはずだ。

水槽の中に浮かぶ分身の瞼が震え、ゆっくりと開いた。

ホムンクルスが水槽の中からゆっくり起き上がる。


「おおお!」


今まで鏡越しに見ていた自分を完全な他人として見るのは妙な物だ。

ホムンクルスは焦点の合わない目でしばらく周りを漫然と見回す。

そして老人と目を合わせ、頭を下げた。


「始めまして、ご主人。自分にこう言うのも変なものですな。」


もう一人の自分ホムンクルスが自分に挨拶する。

自分の複製人間を作製する事に成功した。

有頂天になって儂は小躍りした。






 テオ・ホーエンハイムという錬金術師の人生は研究一筋という一言だけで語り尽くせる。

戦時下には軍の研究機関で、戦後も国の研究機関で。

時には寝食すら忘れて人生の大部分をつぎ込み研究に没頭していた。

画期的な発明をした結果、平民出身であるにもかからわず一代貴族に叙された。

だが、それが何だというのだ。


 人生の終盤とも云える年齢になって後悔の念に苛まれた。

自分の傍らに愛する女性がいない事にである。

全く女性に興味が無かったわけでは無い。

それどころか若い時には貴族の娘にこっぴどく振られた事もある。

その時の失恋の傷は時間が解決してくれた。

そして研究が面白くなるにつれ女性など邪魔な存在と思う様になってしまった。

若いんだから結婚なんていつでもできる。

今思えばそれは若さからくる錯覚に過ぎなかった……。


 どんな生物も究極の使命は子孫を残す事だ。

人間でも例外ではない。その為に人は恋をして番を求める。

こんな自分も女性に惚れた事はあったではないか。

自分は人の理にすら背を向けて生きてきたのではないのか?


 ……。

…………いや、それは建前だ。

本音は単純に一人でいるのがさみしくなった。

もう少し色々人生について考えるべきではなかったか。


ー このまま誰にも看取られず寂しく一人で死んでいくのか ―


 結局、愛する女性と番になるという事が生物としての男の幸せを決めるんじゃないだろうか。

何を成そうといつか人は死ぬ。自分だって平均寿命はもう超えている。

振り返ると年を取るのはあっという間だった。

短い人生の中で何を成せるかは重要だ。

しかし、一つの命としてはどうなのか? 人生に後悔は無いだろうか?

大半を引き籠って研究に時間を費やしてきた男の答えは単純だった。

愛する女性。

それが自分の人生には欠けていた。


 だが、もう遅い。

今更、後悔しても無駄だ。時間は巻き戻すことは出来ない。

普通ならどうしようもないと諦める。

しかし、

今までの自分の唯一無二の存在意義であった錬金術。

残りの人生は無から金ではなく命を生み出す事に費やす。

錬金術師としてこれ以上のテーマは無い。

そう考えなおしてから研究を一つに絞った。

人造生物の創造である。


 医療技術で既に部分的な肉体欠損を補う技術は確立されている。

自分の研究はそれをさらに進めて一体の完全体を生み出そうと云うものだ。

だが人体の一部分と丸ごと一体では規模も複雑さもけた違いだ。

言うは易し。研究は難航するかと思われたが長年の研究は無駄ではなかった。

今までに蓄えた応用できる知識や技術を駆使した結果、ある程度の目途が付いた。

手間取りはしたが何とか実験動物で肉体を丸ごと複製する事が出来た。


 時間を掛ければここまでは出来るという確信はあった。

しかし、この後の本命の難題があった。魂を生み出すことが出来ないのだ。

魂が無ければそれはただの肉人形に過ぎない。

研究を重ねていけば何かしらの閃きが出ると思っていたのだが現物と精神の問題は違う。

自我を持つ魂の創造は困難を極めた。


 長年悩んだ結果、次善の解決策を試す事にする。

そもそも人体作製には長年の研究の末に生み出した魔核を使う。

魔核は「人体のかけら」から得た生物情報を元に人形になるまで増殖を繰り返して肉体を形成する。

ならばその人物の記憶や知識、人格そのものも複写出来ないか?

少なくとも心を宿す手段としてはまだやりやすく思える。

肉体を複製する過程で自分が主人と認識する命令を脳に割り込ませればいい。

まっさらな人格ではないが自分に忠実なホムンクルスはできる。

 

 理屈は単純だが物理的領域の肉体複製と比べて困難のレベルは段違いだ。

ホムンクルス完全体の創造を決心してから色々と試行錯誤して10年弱。

齢91、何とか死ぬ前にそれは見事成功した。


「誰にも迷惑かけんし変態でもいいわい。今更モテないし。」


 技術が確立したら望みは一つ。好みの女性をホムンクルスで創造する事だ。

自分は死を待つだけの年寄りだし今更相手にしてくれる女性などいるはずもない。

なら自分に忠実な女性を作ればいい。

我ながらマッドサイエンティストの変態と自覚はしている。

世界的な衝撃を与えるだろうこの成果は誰にも公表するつもりはない。

ましてや女欲しさに執念でホムンクルス技術を確立したなどと言える訳もない。


 恋人がいないので造る。

普通は思いついても出来んだろうが自分は成し遂げる。

理論は完璧、実証もした。

後は希望の女を作るだけだ。

髪の毛一本でいい。複製したい人物の何かがあれば事足りる。

「人体のかけら」を元に自分に忠実な女性のコピーを作る。

そして今度こそ愛する女性と人生をやり直すのだ。

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