恋の駆け引きは鬼ごっこ

夜桜くらは

恋の駆け引きは鬼ごっこ

「なぁ、夏奈かな……。俺はどうしたらいいんだよぉ……」


 勝手に部屋に入って来るなり、涼太りょうたは私に泣きついてきた。


「……また、フラれたの?懲りないわね……」


 私はため息をつきながら言った。

 そう、涼太が私の部屋に入ってくる時は、大抵誰かに振られた時だ。

 しかも毎回同じ理由で振られている気がするのだが、気のせいではないはずだ。


「だってよー!今回ばかりは運命だと思ったんだぜ!?なのになんでだよ!?」


 涼太はベッドの上でバタバタしながらわめいている。……うるさい。近所迷惑になるからやめてほしいんだけど。

 まあ、今さらそんなことを気にするような間柄でもないけどさ。


「あんたねぇ……。少しは学習しなさいよ。何回も同じようなこと繰り返してればわかるでしょう?」


「うぐっ!」


 ……図星だったらしい。

 こいつはいつもそうだ。可愛い子を見かければ「運命の人だ!」なんて言って、後先考えずに告白して玉砕しているのだ。

『恋の駆け引き』なんて言葉があるけど、こいつのアプローチの仕方は、まるで鬼ごっこの鬼みたいだと思っている。引いたりせずに、一方的に追いかけるところが。まぁ、知らない人に迫られたら、女の子なら誰だって怖がるだろう。

 毎度毎度、振られる度にこうして愚痴を聞かされるのは面倒だが、それでも私がこの幼馴染みを見捨てることができない理由はただ一つ―――


「ほら、もう泣かないの!今日はとことん付き合ってやるからさ!!」


 そう、私はこいつが好きなのだ。それも恋愛的な意味で。

 小さい頃から一緒にいたせいか、異性として意識したのは中学生の頃だったが、その時には既に恋心を抱いていたと思う。

 ただ、それを本人に伝えようと思ったことはない。伝えても無駄だとわかっているからだ。

 もし仮に伝えたとしても、きっと今の関係を壊すだけだ。それは嫌だから、ずっと胸の奥にしまっておくつもりでいる。

 それに、今は親友というポジションでも満足していたりするわけだし。


「ありがどぅ~!!やっぱり持つべきものは優しい幼馴染みだよなぁ!!!」


「はいはい、わかったから離れろ暑苦しい!」


 こんな風に悪態をつくことでしか素直になれないが、これくらい許してほしいものだ。


「それで?今回はどんな子だったのよ?」


「ああ、それが聞いてくれよ!あの子は絶対俺の運命の相手なんだってば!」


 涼太の話によると、その子は隣のクラスの女子生徒らしく、今まで見たことのないような美少女だということだ。

 確かにそれだけ聞くとかなりの高スペックだと思うが、問題はそこじゃない。


「どうやって話しかけたのよ?」


「えっと確か『君の名前は?』とか、『君のことが好きだ!』みたいな感じかな」


 ……うん、予想通りすぎる回答すぎて言葉が出なかった。

 というか、それじゃあ完全に不審者じゃないの……。いきなり名前を聞いてくる男なんて怪しさ満点だし、好きと言われたところで恐怖以外の何も生まれないだろう。


「……あんた馬鹿でしょ」


「おい待て!お前まで言うのか!?」


「そりゃあね……」


 むしろここまで言わない方がおかしいんじゃなかろうか。


「……とにかく、次からはもう少しやり方を考えなさいよね」


「はい……すいませんした……」


 正論をぶつけるとすぐにシュンとなるところを見ると、本当に反省しているようだ。

 こういうところが憎めないんだよねぇ……。


「まあ、いいわ。とりあえず何か飲み物持ってくるからちょっと待ってて」


「おう、サンキュー!」


 まったく調子の良い奴である。そんなことを考えながら私はキッチンへと向かった。


***

「お待たせー」


 冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出した後、コップを二つ持って部屋に戻ると、そこにはベッドの上で横になっている涼太の姿があった。


「ちょっ、寝てるし……。しょうがないなぁ……」


 この短時間でよく寝れるな……それも人のベッドで……なんて考えつつ、私は寝ているのをいいことに、そっと彼の頬に触れてみた。

 すると、「う〜ん……」と言いながらもぞもぞし始めたため慌てて手を離したが、起きる気配はなかったようでホッとした。

 涼太は多分、これからも運命だなんだと言って、女の子を追いかけ回すんだろう。でも、いつかは誰かが振り向いてくれるかもしれない。だからそれまでは、こうして側にいてあげるつもりだ。


「私の気持ちも知らずに呑気なものね……。ほんと、ずるいわよ……」


 小さく呟くように言った後、涼太の額に軽くデコピンをした。

 こいつが鬼ごっこの鬼なら、私はとっくに捕まっている。だから私は逃げるんじゃなくて、一緒に追いかける側になってやることにしたのだ。


「早く気づきなさいよ……。バーカ……」


 こいつに私の気持ちを伝えることはないけど、隣で走る私に目を向けてくれたら嬉しいな……なんて思いつつ、彼が起きるまでのしばらくの間、静かに寄り添っていた―――。

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