美術室2

 カレンを追うのは大して難しくはない。

 ロイはそっと目を閉じた。

 今となってはかすかだがあの鮮血の匂いが旧館あたりから漂ってくる。

 旧館に位置する美術室までやってくると、いよいよビンゴだった。

 重々しい扉をわずかに開けて中を覗いてみると、あの黒髪がいた。

 「美術室に興味があるんですか?」

 突然現れたロイに驚きを隠せないように、カレンは目を泳がせた。

 「えっ? ああ、はい……なんとなく」

 「ここで何をしているのか、教えてくれませんか?」

 ロイの眼光に射抜かれて、カレンはやっと目を覚ました。遊びに来たわけではないのだ。

 「あの、お名前は?」

 「ロイです」

 「ロイさん、ここによく来るんですか?  あの先生のこととか知っていることがあったら教えて欲しいんです」

 「急にいなくなるなんておかしいですからね」

 「それはそうだけど」

 「可もなく不可もなくという人でした。あまり接点がないのでよく知りません。それがどうしたんですか?」

 カレンは曖昧な微笑みを浮かべてあしらおうとするも、ロイが食い下がる。

 「もっと言うと、その人とどういう関係なんですか? 転校生には関係のない話ですよね」

 ギョッとしたカレンは、後ろ手に持っいた紙を落としてしまった。

 「あっ」

 色鉛筆で真っ赤に塗りたくった絵だ。

 ロイは頭痛に襲われた。

 「そう言えば、あなたのそのアザ大丈夫? さっきから言い出せなかったんだけど」

 「ふざけているのか?」

 「え……??」

 カレンには意味がわからなかった。

 「ごめんなさい。つい、絵を描いてみたくなって」

 「ちがう……なぜ赤で塗ったんです?」

 「だって」と、カレンは外の緑を指さして行った。

 「だって、そっちの方が面白いと思って。これ、一応森のつもりなの」

 カレンは震える声で答えた。

 その瞬間、ロイの中で何かが外れた。

 愚か者のように立ち尽くしていたかと思うと、カレンに近づき、そしてそのままカレンの身体を壁際に追いやる形で、両の手でカレンの首を締め上げた。

 「ぐはっ……!」

 (え? どういうことっ?!)

 ロイの親指に手をかけ、ロイの締める手を振り解こうともがく。

 「や……め……」

 (この人、本当に殺そうとしてる……?!)

 とうして? どうして? どうして? どうして?

 彼の逆鱗に触れてしまったらしい。

 そんなことよりも、早く逃げないと。

 家で習った体術を使おうにも、息が苦しくて力が出ない。

 貧血か何かのように青白い顔をしている彼を制圧できないなんて、この人、力だけは強いみたいだ。

 カレンはこのような状況に突如陥っても、なぜか冷静にものを考えられていたが、どうすることもできなかった。

 

 その時だ。


 「やめろ! バカ!!」

 アリスだった。

 「おめーが旧館のほうに行くのが見えたから」

 それで来てみたらこんなことになって、と力づくてロイを引き剥がした。

 「げほっ、げほっ……!!」

 床に追いやられたロイもカレンも、両肩で息をしている。

 「ふざけんなよおまえ! 本気でこの人のこと殺そうとしてたのかよ」

 「……」

 ロイの見た目は落ち着いているというよりも呆然としていた。これ以上カレンに危害を加えるつもりはないものの、自分の突発的な行動に驚き、恥じてもいた。

 まさかこの自分が、初対面の人間(しかも女性)に手を上げるなんて。

 「ああ、そうだよ」

 そう言ってロイは、床に這いつくばるカレンに微かな殺気を向けた。

 「貴女、苗字は『アシュリー』で合っているんですか?この学校に来て、一体何をしに来たんですか?」

 「絵を習いに来たんです……」

 この学校では帝室主催の大会で優秀賞を取る生徒も数多く在籍している。さほどおかしい言い訳ではないが、ロイは問い詰める。

 「絵、絵、絵、絵って、さっきから絵のことしか話していないじゃないですか」

 状況が呑み込めないアリスは「ああ?」と「?」を浮かべで立ち尽くしている。

 「じゃあ、どうして私の首を絞めるなんてことをしてきたんですか?! 転校生だからって、どうしてさっきから絡んでくるんですか?!」

 この二人はグルかもしれない。下手なことは話さないでおこう、と警戒して黙っていたカレンも流石に反論した。

 「あー。わたしじゃなくてこいつがね」

 ロイを指さしてアリスが言う。

 「すみません、つい」

 「つい、って……」

 「面倒くさいことはいいからさ、もっとシンプルにいこうよ。つまりこういうことでしょ?あんたが拷問屋」

 「なっ、拷問なんて違います。何を言ってるんですかロイさんみたいに」

 「僕は一言も拷問なんて言葉は使っていませんよ。このアリスと違って」

 「あ……」

 カレンは俯くと、絞り出すように続けた。

 「私……本当に生きてたことなんてなかったんです」

 「は?」

 「はい?」

 二人は顔を見合わせた。

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