第131話 リーサ


 これは俺がまだ小さかった頃の話だ。




「シュタルー! こっちで遊ぼうよ!」

「リーサ! 危ないよ!」

「大丈夫だって!」


 俺は幼馴染のリーサを追いかけて、ちょっと危険な坂を登る。

 周囲は木々で囲まれていて、普段は大人が入ってはいけないという場所だ。

 ほとんど出ないけれど、時折魔物が出るのだ。

 他にも、最近近くで戦争があったらしく、敗残兵がいるかもしれないから気をつけろ……という事を言われていた。


「ほらほら! 置いて行くよ!」

「待ってよー!」

「もー! ほら! 助けてあげる!」

「あ、ありがとう……」


 リーサはとっても笑顔の素敵な少女で、金髪が似合っている。

 切れ長な目で、明るくまるで太陽の様な人。


 俺は彼女に助けてもらって何とか登りきる。


 そして、木々をかきわけて追いかけた。


「ははは! シュタルいこ!」

「危ないよ!」

「大丈夫! ほら! もうすぐ着くよ!」


 彼女はそう言ってさっさと先に走っていく。

 俺も何とか走って追いつき、彼女が見る景色を見た。


「すごい……」


 そこはとても綺麗な泉で、中心部分まで見透せるほどに美しかった。


「でしょ? こんないい場所そうそうないんだから! 私に感謝なさい!」

「うん。リーサはすごいや」

「当然! でもシュタル。あんたも私の力になるんだからね! ちゃんとしなさいよ!」

「力を?」

「そうよ! それでいいスキルをもらえるように祈るのよ!」

「いいスキルって……リーサは何をもらうつもりなの?」

「私? 私は……【光の巫女】がいいな!」

「【光の巫女】……なに……それ?」

「えへへ……それは秘密! それよりもシュタル! あなたが【勇者】になりなさい!」

「【勇者】に!? 流石にそれは無理だよ」

「どうして? スキルは心から望んだものを反映することがあるんでしょ? ならくれてもいいじゃない! 頼んだわよ! 神様!」

「もう……そんなこと言って……」

「いいでしょ? 私達2人で色んな場所回ろうよ!」

「……うん。出来たら確かにしたいな……」

「そうそう。バスラとかセルジュ、メリアとかも一緒にいても面白いかもしれないけどね!」

「確かに、皆で旅が出来たら楽しそう……」


 俺達はそんなことを話し、のんびりと過ごす。

 それから少しして、がさがさと音がする。


「なんだろう……?」

「バスラ達……とか?」

「そんなはずない。ここのことは……私は教えてないよ」

「じゃあ……」


 俺達はじっとその音がする方を見ていると、ぬっと大きな男が3人現れた。

 彼らは盗賊かと思うような強面で、手には短剣や槍が握られている。


「!」

「おいおい。こんなところにガキがいるぞ」

「丁度いい。溜まってたんだ。遊んでいこうぜ」

「逃げて! シュタル!」

「え? え?」


 俺はそう叫んで走り出したリーサの行動が分からず、ただ戸惑ってしまう。

 その間に、俺はいつの間にか近寄っていた男に拘束された。


「おい嬢ちゃん。こいつがどうなってもいいのか?」

「っ……」

「いい子だ。こっちにこい」

「……わかった。だからシュタルには……」


 リーサがそう言って、こちらに近付いてくる。

 そして、


「ああ、ちょっと寝かせたらな」

「あぅ……」


 俺は後頭部に痛みを感じ、意識を失った。




 それから少しして、目を覚ますと嗅いだことのない異臭がした。


「な……に……」


 俺は体を起こそうとして、両手が縛られていて動けないことに気が付く。


 しかも、いつの間にか夜になっていて、周囲は真っ暗だった。

 そんな中、


「あっ……あっ……」


 俺の後ろの方では、リーサらしき声が聞こえる。

 でも、いままで聞いたことのない声だ。

 一体何をやっているのだろうか。


 なんとか体を動かして、後ろを振り返ると、そこには男たちにもてあそばれているリーサがいた。


「見ない……で……」

「リーサ……」

「お? 起きたのか? お前の大事な大事なリーサちゃんは中々いいぞ?」

「リーサ! リーサ!」

「お願い……見ない……で……」


 リーサはほとんど意識がないような状態で、枯れるほどに泣いたのか、涙の跡がくっきりと残っていた。

 彼女は服をほとんど剥ぎ取られ、乱暴された跡が暗いこの状況でも分かる。


「リー……サ……」


 俺は絶望に打ちひしがれた。

 彼女は……逃げろと言ってくれた。

 なのに、俺が……俺が逃げなかったせいで……彼女は……。


「おいおい、彼女がお前の為に体を張ってくれたんだぞ?」

「ま、諦めろ。弱いっていうことは奪われても文句はないってことだからな」

「そうそう。強い者だけが好きな思いを出来る。わかったか?」

「あ……あぁ……」

「おいおい、このガキどんだけよえーんだよ。このメスはそこそこ頑張ったのにな?」

「だな? 中々いい悲鳴だったぜ?」

「抵抗も可愛かったな。俺達は最強だからよ。無駄だったわけだが」

「さい……きょう……?」

「ああ、最も強ければ、こんなことにはならなかったのにな?」

「さ、もうメスも飽きたし、処理してさっさと行くぞ」

「それがいいな」

「おう」

「え……え……」


 男たちはそう言って、腰の短剣を引き抜くと、一切の躊躇ためらいなくリーサの心臓に突き刺した。


「かっは……」


 リーサは口から血を吐き、そのまま動かなくなった。


「リーサ……リーサ?」

「へへへ、いい顔出来るじゃねぇか。ま、その顔が最後だがな。あばよ」


 ゆっくりと短剣が振り下ろされる。

 それは後少しで俺を殺すだろう。


 何がいけなかったのだろうか。

 リーサを止めなかったから?

 彼女の言うままにしていたから?

 それとも……俺が弱かったから?


 彼女を守れるくらい、彼女のしたかったことをやれるくらいに俺が強ければ、彼女が死ぬなんてことは無かった。


 そうだ。

 俺が……俺が弱かったんだ。

 この時、やっと……俺はハッキリと意識した。


 最強になる……と。


 ずっと……ずっとずっと、これから最強を求めていく……。

 俺は……そう決めた。


 次の瞬間には、俺の全身に力が駆け巡った。


 ガィン!


 そして、俺の首筋に振り下ろされた短剣は皮膚すら切れずに弾き返された。


「なんだこいつ!?」

「固いスキル持ちか!?」

「ならさっきのは!?」


 3人が慌てているのを聞き、俺は自分が為すべきことをする。

 縛られた両手に力を込めて引っ張ると、それは簡単に千切れた。


「は?」

「な、なにもんだお前!」

「お、俺達が誰か知ってんのか!?」

「もう……関係ない」


 グシャ


 俺は彼らがそれ以上喋る前に奴らの首を握りつぶした。


 彼らはそれからしばらくは生きていたけれど、すぐに動かなくなる。


「リーサ……」


 俺はなんとか彼女を助けようと抱えて、村へと走る。


「リーサ。お願い。生きて。俺……俺……強くなるから。リーサも絶対に守れるようになるから……だから……お願い」

「シュタル……」

「リーサ!」


 動かないと思っていたリーサが動き、俺に微笑んでくれた。


 俺は彼女を抱き締める。


「シュタル……私の……最期のお願いを……聞いて?」

「さい……ご?」

「うん。私はもう……無理だから、だから、シュタル。あなたにしか出来ないこと。それは……多くの人を助けてあげて」

「なんで! なんでなんで! リーサがいないんなら……俺は……俺は……」

「シュタル。あなたはとっても優しいから、私の願いを聞いてくれるわ。そして……いつか……戦争が……魔族との戦争が……無くなってくれれば……こんなことも……なくなるの……かな」

「リーサ! リーサ!」


 彼女はそう言ったきり動かなくなり、息絶えた。


 村に戻っても、それは覆らなかった。





「リーサ……俺は……最強になる。そう……決めたんだったよね」


 俺はふらつく意識の中、立ち上がった。

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