第44話 玉座

 玉座、そこは国王がその威光いこうを示すための豪華絢爛ごうかけんらんな場所。

 床の真紅しんくのカーペットは汚れ一つ無く、壁には歴代の国王を模した絵がかけられ、天井からは落ちてきたら簡単に命を奪えそうなきらびやかなシャンデリアが吊られていたのだろう。


 それらは今では見る影もない。

 俺が玉座の間に入ると、そこは戦場だったからだ。


「サッサと人間は死ね!」

「させるか! 我々は近衛兵! 決してここを通す訳にはいかん!」

「関係ないんだよ! この数で押しつぶしてやるよ!」

「調子に乗るな!」


 玉座の近くでは近衛兵が何とか踏みとどまり、国王を守っていた。


 その肝心の国王は玉座の上で震えている。

 これがこの国の国王かとがっかりするが、普通は自分の命の危機を感じたらああもなるか。


 俺はとりあえず彼らを助ける為、玉座の周りにいる近衛兵の倍以上いる魔族に切りかかる。


「いたぞ! 奴だ!」

「殺せ!」


 俺が玉座の間に入って行くと、まるで待っていたかのように魔族が現れてくる。


「ちっ」


 面倒に思いながらも、俺は奴らの首を飛ばして行く。

 すると、俺の前に奴が再び現れた。


「これこれは、シュタル様。お久しぶりですね」

「ミリアム……これが貴様の策か?」

「そうですね。貴方が居なければほぼ確実に為せていた策です。どうです? こんなにもうまく行っているのは凄いでしょう?」

「そうだな。いかにしてこの国が腑抜ふぬけていたのか分かる」


 俺はにらみつけるように国王を見た。


 彼は俺が入って来たのも分からずに、ただ丸まっている。


「でしょう? 貴方もこんな国と共に滅びる必要はありません。我々と共に来ませんか?」

「この俺を勧誘するというのか」

「ええ、それほどに貴方の力は強い。四天王にも簡単に入れることでしょう。ですから、どうでしょうか?」

「断る」

「やはり……断りますか」

「俺は誰の下にもつかない」

「冒険者ギルドに所属しているのは?」

「あれは手伝ってやっているだけ。何か命令して来たら即座に抜けてやろう」

「そうですか……。分かりました。あまりやりたくはありませんでしたが、こうするしかないのですね」

「!?」


 俺の前に現れたのは、先ほどの様に首から子供を吊り下げた魔族だった。


 数は5人も現れて、彼らは皆それぞれの武器を俺ではなく、子供に向けている。


「シュタルさん。貴方の弱点はうかがっていますよ? 可哀そうな子供です。貴方が私たちの仲間にならないから、彼らは死んでしまうのでしょう」

「助けてよぅ……」

「ママぁ……」

「帰りたい……」


 子供たちは泣きじゃくっているが、その後ろの魔族は気にした様子はない。


 そんな子供達の様子を見て、ミリアムはより笑顔を深める。


「うんうん。いい悲鳴ですね。とても耳に心地良いですよ」

「これが心地よいとは……治療した方がいいのではないか?」

「いえいえ、人の悲鳴はいつ聞いてもどれだけ聞いても飽きる事のない最高の曲ですので、ああ、とても楽しみです。彼らが疲れ果て、声も枯れ、その最期の顔と悲鳴を想像するととてもとても」

「はぁ……魔族はこんな奴らばかりなのか? 正直……滅ぼした方がいいとすら思ってしまうんだが」

「おお怖い。今までの勇者も何人がそう考えた事でしょうね?」

「まぁいい。お前と問答をしている時間はない。あの子達を開放させてもらうぞ」

「それは出来ませんよ。シュタルさん。貴方は強い。それは知っています。ですが、この状況。彼らを助けることなんて不可能。そこから1歩でも動いたら、彼らの首が即座に飛びますよ?」

「じゃあ俺に何をしろと?」

「我々の尖兵せんぺいになって下さい。その為に【魔陣】には契約書を書いて頂きました。これに貴方が魔力を通して書けば晴れて私の奴隷です」

「そんな物に俺がなると?」

「ならなければ彼らの人生はここで終わることになるだけですよ?」


 ミリアムはそう言って子供達を見る。


 俺は少し考えて、口を開いた。


「……仕方ない。ペンと紙を寄越せ」

「流石シュタルさん! 安心して下さい。貴方が我々の言うことを聞いている限り、彼らの安全は保証しましょう」


 奴はそう言って近くにいる魔族にペンと紙を渡す。

 そして、そいつがミリアムの代わりに俺に持ってきた。


「……」


 俺はペンと紙を受け取り、そいつが後ろを向いた瞬間ペンを高速で突き、その風圧で魔族の顔に穴を開ける。


「は……」

「へ……」


 俺は背を向けている奴の首をついでに切り飛ばし、ミリアムに接近する。


「それはいけませんね。ですがここまでやりますか」


 奴はそう言って、俺が魔族を殺すことですらも想定道理という様に笑う。


 背筋をゾクリとする何かが走った。


 この感覚は何年ぶりだろうか。

 しかし、そんなことを考えている場合ではない。


 次の瞬間、奴の口からスキルが唱えられた。


「【技能無効スキルキャンセラー】」

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